立つ鳥跡を濁せ
ぬるめBL×ヤンデレです。苦手な方はご注意ください……!
「はじめまして」
桜舞う出逢いの季節に転校してきたその男。
「北高から転校してきた、片岡 大樹です」
誰にでも飄々とした態度で、いつでもへらりと笑っていて。
「よろしくね、山科くん」
――胡散臭い男だと思った。
でも、だからこそ美しいのかと、思った。
その美しさに騙されて、俺が俺では無くなってしまうだなんて。
そんなこと、知らなかった。
――――――
転校した高校で見つけたのは、透明感の塊みたいな男だった。世界を美しいと信じてやまないような、純情すぎるその瞳。
それが何より、欲しいと思った。自分だけのものにしたい、自分だけを映すようにしたいと、思った。
「山科くんおはよう」
「あ、片岡」
おはよ、と小さく笑う彼――山科くんの瞳は、相にも変わらず透明で。
ああ、愛しいなあ。
知り合って数ヵ月がたったけれど、未だ僕らは“友達”という枠に収まっている。
その透明感を、早く僕だけのものにしたい。
ぞくり、ぞくりと。蜂蜜に混ぜたような甘い、甘い狂気が僕の胸を占める。その甘く狂った感情が、狂おしいほど愛おしい。
でもそんな狂気はいつだって、彼の隣で佇む彼女に一瞬で冷まされるんだ。
まるでそこが自分の確かな居場所だとでも言うように、その存在を誇示するように。彼女は目を細めて自信に満ちた表情で笑う。
僕はこの女が大っ嫌いだ。
その感情を山科くんの前で露にするほど、餓鬼なんかではないけれど。
はあ、とバレないように溜め息を吐き、相にも変わらず幸せそうな彼女にも、仕方がないから山科くんにしたように小さく笑いかけてやる。ほんの少し、憎悪を孕んだ瞳をゆったりと細めて、ね。
「リンちゃんも、おはよ」
「おはよう、片岡くん」
ああ、本当に穢らわしい。
百合の花のように綺麗に微笑むその笑みも、女特有の高くて甘ったるい声も。
計算してるんだろうね。やけに自信たっぷりだけれど、自分を綺麗に魅せれば世界中の男が自分に跪くとでも思ってるんだろうか。
生憎そんなことをされても、たとえ他の男が惚れ惚れとするような動作でも、僕は何も感じない。
どんなに着飾っても、何も纏わない透明感に勝てるわけがない。
山科くんの腕に自らのそれを絡めて笑うリンちゃんは、僕の世界には必要のない人間だ。
山科くんに相応しいのは、君じゃない。
今までは時期尚早だと思って傍観していたけれど、これ以上山科くんが彼女の毒牙を浴びないように。
邪魔者は、早々に舞台から降りてもらおうか。
その日の放課後、僕は山科くんの目を盗んで、リンちゃんの耳にそっと唇を寄せた。
「ねえ、リンちゃん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「ん? 良いよ」
くすぐったそうに身をよじり、僕の言葉に応じるリンちゃん。その表情はどこか煽情的で。
僕のことオトせるとでも思ってるのかな?
この僕がリンちゃんなんかに絆されるとでも?
そんなこと、天地が引っくり返っても有り得ないのにね。本当に、浅はかな女だ。
――その日から3日間、リンちゃんは学校には来なかった。
彼氏である山科くんからの電話もメールも全て無視。まあ、僕がそうするように頼んだんだけど。 そんなこと知らない山科くんは、家に出向いても会ってくれなかったと、心底心配そうに顔を歪めていた。
そしてその3日間、僕は山科くんにこれでもかと言うほど付き纏った。
始めは律儀に相手をしてくれていたんだけど、日が経つにつれ心の余裕がなくなったのか僕に鬱陶しそうな目を向け始めた。
そんな目を向けられることすら僕にとっては堪らなく愛しいのだけど、さすがにちょっと可哀想だから、そろそろリンちゃんのこと教えてあげようかな。
そう思った僕は放課後になるのを待ってから、山科くんを調理準備室へと呼び出した。
僕家庭科のセンセイと仲良いから、カギ借りるの簡単なんだよね。
あのセンセイ、ちょっと唇重ねただけで絆されてくれるから。
「片岡、何だよ話って」
リンちゃん不足で、山科くんは大層機嫌が悪いみたいだ。
でも大丈夫。
「ねえ、山科くん。リンちゃんからの伝言なんだけど」
「リンから?」
リンちゃんの名前を出せば、ほら。目の色が変わった。
そんなに彼女が大事?
妬けちゃうね。
「うん。リンちゃん、もう山科くんとは付き合えないって」
「は?」
「僕も山科くんが好きだって言ったら、譲ってあげるって言ってくれたんだ」
リンちゃんて優しいね、と屈託なく無邪気に笑ってみせた。
後半は嘘だけれど、前半は本当だ。彼女、たぶん僕に乗り替えるつもりだろうね。
たった一度の出来事で勘違いしちゃって。僕は彼女と付き合うつもりなんて全くないのに。
――ねえ、愛しい君。
僕が好きなのは、
僕が心から欲しいと願うのは、
「だから山科くん。僕と付き合ってよ」
――この先もずっと、君だけだよ?
僕の確かな心を聞いて。
僕が好きで好きで好きで堪らない彼は、はあ、と1つ、溜め息を落として。
「俺はさ、」
「うん、」
「人並みの幸せが、欲しいんだよ」
そう諭すように言葉を吐いた。
「俺が言う人並みの幸せはさ、周りから見りゃ当たり前のことだけど、男と女が愛し合って、結婚して、温かい家庭を築くことなんだよ」
そこで山科くんは一度、口を閉じる。しかし、それは話はここで終わりだということではなかった。
先ほどまでは何も映していなかった無感情な瞳に、明らかな殺意が孕んだ。
「――リンに、何した?」
地を這うような低い声。
今まで聞いたことがなかったそれを、そして恐らく彼女であるリンちゃんすら聞いたことがないそれを、僕が彼から引き出した。そんな些細なことが、場違いなほどに嬉しかった。自然と口許が綻ぶ。
「何って、少しお仕置きしただけだよ?」
彼女が少し、調子に乗っているようだったから。
詰って、嬲って、少し愛してあげただけ。
わざわざこの僕が直接キモチイイ思いをさせてやったんだから、お仕置きにしては温すぎるくらいだ。
「お仕置きって、お前な…!」
「だって仕方ないじゃん?」
山科くんはリンちゃんしか見てないから、僕の胸に疼く想いは、リンちゃんがいる限り届かない。
だから誘った。
彼女を山科くんから引き離すために。
胸焼けしそうな甘ったるい言葉を吐いて、優しく身体を引き寄せて。触れるだけのキスにリップ音を残せば、彼女はいとも簡単に堕ちた。
当たり前だよね?
リンちゃんはもとから、山科くんなんて眼中になかったんだから。
山科くんはリンちゃんなんかとは違って、美しく透明なのに。彼女は透明なんかに興味はなかった。
ただ自分に刺激を、快楽を与えてくれる男が欲しかっただけ。ある程度の条件が揃った男なら誰でもよかった。
彼女はそんな浅はかな女だったんだよ。
「僕が君と結ばれる未来に、リンちゃんは邪魔なんだもん」
唇を尖らせ、いじけたように言ってみせる。
――さあ、これが最終通告だ。
「ねえ。僕と一緒に、人並みの幸せなんかよりもシアワセな未来を歩いてみない?」
――僕のものになりなさい。
「ふざっけんなよ……!」
腹の底から響いてくるような怒りが伝わってくる。
どうやら山科くんは僕が彼女に乱暴したのだと思っているようだ。ちゃんと同意の上だったんだけれど。
まあ、そのことは教えてあげない。
教えちゃったら、僕がわざわざ彼女の肌をなぞった意味がなくなる。
さあ、もっと怒れよ。
怒りに狂って、狂気に溺れて。
「っ、お前が俺に付きまとっている限りっ、お前が生きている限り! 俺は幸せなんて手に入れることは出来ない!」
涙で潤む、闇に染まった、かつては透明だったはずの瞳。
ああ、なんて滑稽なんだ。
もう、君は透明なんかじゃない。純粋なんかじゃない。
皮肉だよね。
透明であることが君の魅力だったのに、透明だったが故に、リンちゃんが彼氏の友達に簡単に抱かれるような女だったことに気付けなかったなんてさ。
そしてそんな女に引っ掛かったから、その魅力すらも失われて。
濁った瞳は、もう透明にはなれないよ。
君がそうなるよう仕向けたのは、他でもない、この僕だけれど。
――君が悪いんだ。おとなしく僕のものになっていれば、綺麗なままで居られたのに。
ふ、と。微笑むように吐息をついた、その一瞬。
放たれた食器棚。
君の手元で光った刃。
静かに響いた鈍い音。
――鋭い痛みと共に、どす黒い赤に染まるYシャツ。
「っ、は、……は、」
綺麗だったはずの両手を真っ赤に染めて荒い息を吐き出す君を眺め、血を吐き出す唇を歪めて笑ってやった。
これで良い。これが、僕の望んだ結末だ。
この僕を拒んだ代償に。
一生消えぬ十字架を背負いなさい。
たとえそれで君がどれだけ苦しむことになっても、その苦しみで君を縛り付けることが出来るなら。
君が僕を、未来永劫忘れられなくなるのなら。
僕は喜んで死を受け入れてみせるよ。
だから、君は。
君の信じた生き方で、精一杯シアワセに生きれば良い。
立 つ 鳥 跡 を 濁 せ 。
(ただで消えてなんか、やらない。)
(罪に溺れた君を嗤って、)
(僕は静かに目を閉じた。)
【Fin】