かくとだに
雨が降っていた。酷い雨。声を掻き消す程の雨音が、傘に弾ける。耳鳴りのように鬱陶しいそれに、私は小さく嘆息した。
雨は嫌いだ。偏頭痛は酷くなるし、思考が奪われているようで気が滅入る。
視界の端で、彼が小さく笑ったのが見えた。私は雨が嫌いだと知っているくせに、わざわざこんな天気の中呼び出すなんて悪趣味すぎる。
一体何の用だ。大したことじゃなければ一発殴ってやる。……いや、本当は分かっていた。大したことじゃなければ、彼は雨の中私を呼び出したりしない。
「……話って、何?」
「……俺たちさ、」
「だめ、やっぱり聞きたくない」
狡いなあ、と彼が笑う。困ったように、笑う。それに合わせて、紺色の傘が揺れた。
狡いのはどちらだ。どうせ、別れようって言うんでしょう。私の弱さを知らないくせに、私の強がりに付け込んで。お前なら一人で歩いていけるよって言うんでしょう。
「来年も一緒に初詣に行こうって、そう言って笑ったのは誰だっけ?」
だから仕返しだ。これからの日々、彼と過ごした時間を思い出して泣かなければならない私からの、小さな仕返し。
去年は確かに見えた、来年も再来年も当たり前のように隣で笑いあう未来が叶わないのであれば、せめて初詣の季節になる度、私のことを思い出せば良い。
――「 ばいばい 」
私から別れを告げたのはせめてもの意地。
別れの言葉を吐いて、彼に背を向ける。これ以上彼の瞳を見ていたら、きっと泣いてしまうから。彼が私の言葉に何と答えたのかは、耳障りな雨の音に掻き消されて聞こえなかった。
(最後まで強がることしか出来なかった。)
(縋りつくほど子供にはなれなかった。)
【Fin】