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ギブアンドテイク


 数日前までキープアウトの黄色いテープが張られていたその場所は、すっかり更地になっていた。

「呆気ないもんだな」

 本来なら、この先四年間の生活拠点となる場所だった場所。通学路とは逆方向なので、そう足繁くは通えなかったが、火事から二週間ほどでここまであっさりと更地になるものだとは。

「世知辛いね~」

「ですよねー」

 思わず相槌を打ってから、ぎょっとして横を見る。そこにはほんの小一時間前まで大教室で隣り合って座っていた人が、アイスクリームなんぞ舐めながら笑っていた。

「ケイさん、なんでここに」

「だって、うちすぐそこだもん」

 あっち、と指差した先にはコンビニがあって、どうやらそこで買い物をした帰りと見受けられる。

「めぐみクンこそ、どーしてここに?」

 きょとん、と小首を傾げる様は、まるでオカメインコのようだ。そういやこの人には、入学前から続いた一続きの災難について、なにも話していなかった。

「話すと長いんですが」

「じゃーあらすじだけでいいから」

 あらすじときたか。

「掻い摘みますと、ここに住む予定だったのに、来てみたら焼けてました。先に送った荷物も台無しでした。仕方ないのでウィークリーマンション借りてますがそろそろ更新で金もないしどうしよーかーなーとははは」

 言ってて悲しくなってきた。

「あはー、そりゃー大変だったねー」

 そんな一言で済まさないで下さい。

「災難続きなめぐみクンに、これあげるよー」

 さすがに哀れに思ってくれたのか、ケイさんはビニール袋から取り出したアイスをほいと渡してくれた。今日は少し暑いから嬉しいけれど、それにしても『豆乳メロンバー』って一体。

「あそこのコンビニはスイーツの品揃えがイマイチでね、少し遠いけど3丁目の角にあるコンビニまで行けば充実してるんだけど、そっちはちょっとお高くてね~」

「はあ、そうなんですか」

 やけに熱の入った講釈を聞き流しつつ、開けにくいパッケージと懸命に戦っていると、

「ねーねー、めぐみクン。ここも『ゆめみの1丁目11番地』?」

 いきなりすっ飛んだ話題に顔を上げれば、ケイさんはすぐそこの電信柱をじっと見つめていた。

 貼り付けられた電柱広告に記されていたのは、近所の内科の名前と、『ゆめみの1-11』の文字。

「はあ、1-11ですね」

「部屋番号って覚えてる?」

「101でした」

 ぽん、と小気味いい音が響く。

「なるほど! 謎は全て解けたよ明智君!」

「なんか混ざってませんか」

「いいからいいから、来てきて」

 そのままずるずると引っ張っていかれた先は、まさに目と鼻の先の、こじんまりとしたアパートだった。大分年季が入っているが、オンボロというよりはレトロという言葉で表現したい雰囲気を醸し出している辺りが、なんだかケイさんらしい。

「入って入ってー」

「はあ、それじゃお邪魔しま――」

 玄関に入った途端、いきなり目に飛び込んできた段ボール箱がひいふうみいよ、合計五箱。玄関にうず高く積み上げられたそれは、開けられた形跡もなくうっすらと埃を被っている。

「ケイさんも引っ越してきたばかりですか」

「ううん、去年から住んでるよ。それよりこれこれ、この伝票のとこ見て」

 細い指が示すピンク色の伝票に目を凝らすと、そこにはやけに見慣れた文字が躍っていた。

「……佐藤、高志?」

「あ、そこもだけど、住所のとこ」

 言われて上の段を見ると、やけに整然とした数字が並んでいる。ああそうだ、新住所が決まった時に、1揃いとは縁起がいいと根拠もないことを言われたんだっけ。……って。

「……1が多い」

「だよねー。1-11と来たから、次も11って書いちゃったんだね」

 『ゆめみの1-11-11-101』。一つ多く書かれた『1』が引き起こしたミラクルは、所謂『縁』というやつだったのかもしれない。

「受け取った時、寝ぼけてたりバタバタしてたりでちゃんと確認しなくてねー。キジトラさんに連絡しようと思ってすっかり忘れてたんだ。やー、持ち主が分かって良かったよかった」

 ラッキーだったね、と笑うケイさん。誤配の荷物が延々と玄関を塞いでいたことなど、この人にとっては些細なことなのだろう。その邪気のない笑顔を見ていたら、なんだか肩の力がすっと抜けた、そんな気がした。

「うちのアホ親父が本当にすいませんでした。それじゃこれ、すぐに持って帰りますんで――」

 ピカッ

「わ――」

 ケイさんがシルエットになった、と思った瞬間、轟き渡る雷鳴。一瞬遅れて、魂消る悲鳴をかき消さんばかりの雨音が背後から押し寄せてくる。

「わ、やば」

 慌てて後ろ手に玄関を閉めれば、ケイさんが日頃ののんびりさとはかけ離れた駿足を以て障害物だらけの部屋を駆け抜け、窓という窓を閉めまくる。ついでにそこら辺に無造作に干してある下着類もさり気なくしまってくれませんか、目に毒です。

「はー、びっくりした」

 ようやく全部の窓を閉め終わって戻ってきたケイさんは、ぜーはーと息を切らしながら雷苦手なんだ、と頬を掻いた。

「この雨じゃ持って帰れないね」

「はあ。すいませんがもうしばらく預かってもらえますか? てか、小さいものだけでも持って帰りますんで、ここで開けさせてもらってもいいですか」

「うん、手伝う」

 そうして、二人で手分けして段ボール箱を台所に運び入れ、手当たり次第に開封してみれば、中から出てきたのは――

「米だけ――!!」

「缶詰各種にひじきとわかめと、これはインゲン豆?」

「あああ、『週間・世界の帆船』と『週間・サグラダファミリア』まで一緒に詰め込まれてる……」

「わ、かわいい毛糸の帽子と手袋だー。これ、手編み? こっちのおっきいお玉みたいのは何だろう?」

「それ親子丼用の鍋です。母さん使わないからって入れたな、親父! うおおおお、これだけ余計なもん送ってきて、食器はおろか箸一膳すら入ってない!」

「部屋中のものを詰め込むだけ詰め込んだって感じだねー。こりゃ、実家帰ったら部屋すっからかんなんじゃない?」

 ありえる。あの親父なら十分にありえる。季節外れの真冬用衣類まできっちり入ってる辺り、帰省してみたら部屋がない、なんて事態になってそうだ。

「うーん、今日持っていけそうなのはこの乾物くらいかな?」

 徳用ひじきの袋を掲げたケイさんのお腹がグーと鳴った。あはは、と笑ってお腹を押さえる。

「食べ物見たらお腹空いちゃった。なんか買い置きあったかなー」

 がさごそと台所の棚を漁り出すケイさん。やけにきれいな台所は自炊の場というより物置き場と化しているのがありありと見て取れる。三ツ口コンロとオーブンレンジのむせび泣きが聞こえてきそうだ。

 棚は収穫ゼロだったらしく、今度は冷蔵庫を開けて検分を始めたが、こちらも芳しくなかったようで、

「とろけるチーズと卵しかない」

 泣き笑いの顔でへたり込む姿を見たら――動かざるを得ないじゃないか。

「あの、台所と冷蔵庫の中身使っていいですか」

 唐突な申し入れに、ケイさんは途端に目をキラキラと輝かせて、

「何か作ってくれる?? わーい、ありがとー!!」

 こう手放しで喜ばれると、なんだか気恥ずかしい。

 そして、冷蔵庫と段ボール箱の中身で適当に作った和風ツナチーズリゾットを、鍋いっぱい分ぺろりと平らげたケイさんは、幸せそうにお腹をさすりながらこうのたまった。

「おいしかったー。めぐみクンが毎日ご飯作ってくれたら天国だよー。そーだ、部屋余ってるから、ここに住んじゃえば?」

「はい?」

 どうしていきなりそうなるんだろう。この人の突飛さには大分慣れてきたと思ったが、これはまた予想外の配球だ。

「うーんと、何て言うんだっけこういうの。あ、そうそう。ギブアンドテイク?」

 この場合、giveは空いている部屋で、takeは家事労働力ということか。


 ……確かに、そろそろ本腰を入れて部屋探ししなきゃいけないとは思ってたけど。

 正直、この段ボール五箱を搬出するのはかなり重労働だけど。

 料理するのは嫌いじゃないが一人前作るのは半端で面倒だなとは思ってたけど。

 三ツ口コンロとオーブンレンジが魅力的だけど。

 部屋の隅で悲しくほこり被ってる掃除機がめちゃめちゃ気になるけど、けど……!


「じゃあ――ちゃんとした引っ越し先が決まるまで、ご厄介になってもいいですか」

 ああ、言ってしまった……。もう後には引けないぞ。

 これが吉と出るか凶と出るか、それは分からないけれど。

「やったあ! これからよろしくね、めぐみクン!」

 飛び跳ねんばかりに喜んでいるケイさんを見ていると、ごちゃごちゃ悩むのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

「それじゃ、晴れて同居人ってことで!」

 にゅっと出された手を、恐る恐る握り締め。

 そうして俺達は、二人で一つの表札を掲げることとなる。


「佐藤 恵」


 一つの名前の、表と裏。

 こんな生活も、悪くない。

 ……多分。


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