07
ユートもサイラスも炎の柱を見上げていた。
火柱から、ユート達の方まで熱気が届いてきており、ユートは微かに顔をしかめた。
「すご…あつっ」
「めっちゃ派手で綺麗だな」
「正直、このぐらいじゃダメージ負わせられた気がしませんけどね。
詠唱し始めてから思いましたが選ぶ属性の魔術を間違えた気がします」
炎の柱は周りの木よりも高く昇っていて、柱の周りの木を黒く焦がしていた。
ユートはそれを見て、燃え移らないか心配したがそれよりもシリウスの言葉が聞こえてきたので、そちらを気にすることにした。
「なんで? 超かっこいい魔術なのに…」
シリウスの言葉にサイラスが質問をする。
ユートも含めサイラスも目の前の魔術を見て、何に不満があるのか不思議でいた。
「いえ、僕程度の火属性の魔術ではあの皮膚を微かに焦がす程度しかやれてないのでは…と。
というか逃げるための魔術なら雷属性の魔術を使って体を麻痺させたほうが断然良かったですね。何も考えずに魔術を選んでしまいました」
「あー」
今口に出された心配を裏付けするかのように、オーガが炎の中から現れた。
先程の言葉にユートもサイラスも納得する。
シリウスの炎はオーガの皮膚を少し焦がした程度で、更に怒りの色を濃くした眼でユートたちを見ていた。
最初からずっと、その眼で睨みつけられているがユートは慣れることが出来ないでいた。
慣れる必要はないのだが。
「今度は雷属性の魔術でやります。先ほどの魔術よりも強力なものをぶち込みましょう。
なので、よろしくお願いします」
「ああ、時間稼ぎは任せろ」
「一発一発避けるのもヒヤヒヤもんだけどね…もう寿命20年は縮んでるわ」
ユートは左腕をぷらぷらと振りながら、そんな事を言った。
サイラスもユートも汗で服がびっしょりだった。二人共肩で息をしている。
格上の生物と戦っている以上、余力を残した動きで体力を温存などという考えは出来ないでいた。こちらの攻撃はいくつ与えてもダメージにはならない。
しかし、あっちの攻撃を受ければ一撃で行動不能まで持っていかれるだろう。
そのために、ユートやサイラスはオーガの動きを邪魔することを第一に考えている。サイラスが先ほど一撃食らった時もユートが横から力を加え、本来の威力よりも大分弱めることに成功していた。
オーガは唸り声をあげながら、倒れた木を片手で持ち、ユート達のいる方へ投げてきた。
「っと!」
飛んできた木をサイラスが振り上げる形で剣を振るい、弾いた。
弾いたと言っても、あくまで軌道を変えただけなのだが…サイラスはさすがに木を弾くなど初めてで、手に伝わってきた痛みに顔を歪める。
その横をユートがオーガへと向けて走り抜けた。
シリウスが詠唱を開始する。
(とりあえずは斬る。
ダメージ与えられなくても斬って怒らせて、攻撃対象を一つに絞らせないようにする! かつ相手の攻撃は全部回避!)
ユートはそう考えながらオーガへ向けて駆けていた。
そこにオーガの大きな手が迫る。ユートは左斜めに向けて加速する形で避け、すぐに方向を変えオーガの横腹を切りつける。
当然斬ることは出来ない。
後ろへ下がろうとしていたユートの視界にちらりとオーガの顔をうつった。
「…っ」
「ォ…ラァァ!!」
ユートが何かにハッと気づいたのは反対側に迫っていたサイラスが剣を振り回そうとしていた瞬間だった。
今までとは違う。
まだ立っているものや既に倒れているものも含めた木々を揺らし、大小含め周りの全ての石を転がす…人間の芯まで揺さぶる咆哮があたりに響いた。
「…っ!?」
ユートは耳を抑える。頭の中で何かが外へと出ようとしている様にガンガンと激痛が襲う。
それはサイラスやシリウスにも襲っており、今も襲う咆哮のせいでユートには聞こえなかったがサイラスはうめき声を上げ、シリウスは詠唱を途中で止めてしまっていた。
どのくらい経ったのかユートには分からなかった。
だが、いつの間にか咆哮は止み、オーガが自分の方へと腕を振るおうとしている。その眼には怒りが篭っている。
しかしそれと同時に最初はなかった冷静な何かもあった。
(…避け、なきゃ)
まだハッキリとしない意識のまま、そんな事を考えたがユートは動かなかった。いや、動けなかった。
本人は気づいていないが、ユートは力が抜けて膝をついていた。
もう既にユートの体は限界にまで来ていたのだ。
ユートは最初に受けた攻撃は盾で防御したとはいえ、正真正銘今のオーガの出来る本気の一撃だった。
サイラスが食らった一撃…つまりユートに邪魔されて威力の半減したオーガの一撃などと比べるまでもない威力があった、
盾で殴られた時の衝撃や吹き飛ばされた勢いを防げるわけでもなく、逆によく今まで動けていたのかが不思議に覚えるほどにユートはダメージを受けていたのだ。
現に左腕はまともに使えない状態で、ユートは今まで左腕と盾を使わないように意識して戦っていた。
「ユートォ!」
サイラスの大声で自分を呼ぶ声でハッと我に返る。
オーガがユートに向けて振るっていた腕にサイラスの剣が上から振り下ろされ、オーガの腕は地面に叩きつけられていた。
サイラスはさらにオーガの腹へと向けて剣を振るう。
オーガの腕を地面に叩きつけられた事に自分自身驚いていたが、それよりもユートからこいつを遠ざけること考えていた。
そのためオーガの腹に向けて剣を振るい最終的にひるませた後にユートを引きずってでも後ろに下がろうとだけとっさに考え、動いていたわけだが。
「っ…!?」
しかし、それが絶望的なほどまでに無理な事だという事をサイラスは悟った。
オーガの腹へと向けて振るっていたはずのサイラスの剣が根本からポッキリと折れて、サイラスの目の前を通過し、どこかへと飛んでいった。
そのサイラスの目の前にはオーガの拳が見えていた。サイラスに避ける暇など無く、サイラスは自分が死ぬという事が理解できた。
しかし、それは横から入ってきたものに遮られすぐに見えなくなった
(…受け流す!)
迫ってくる拳に向けてユートは盾を構えていた。
半ば倒れこむような形でサイラスとオーガの間に割り込んでおり、万全とは決して言えない体と体勢でオーガの拳をしっかりと見据えいた。
すぐに盾に衝撃が伝わってくる。その衝撃を感じた瞬間にユートは攻撃を受け流すために盾を動かそうとしたところで、ユートの耳に変な音が聞こえてきた。
それが盾が砕ける音とユートが理解する前に、ユートは木に背中から打ち付けられ、サイラスは地面を転がり、二人共そのまま動かなくなった。
「サイラス! ユート!」
シリウスが叫び声と表現しても可笑しくはない声で二人の名を呼んだ。
ユートとサイラスの二人がオーガの拳を食らう理由になった特大の咆哮、それで一番被害を受けたのはシリウスだった。
詠唱途中だったものが強制的にキャンセルされ、咆哮を食らった後は頭がズキズキと痛み、集中できず魔術なんて撃てる状態ではなかった。
そして気づけば、シリウス以外の二人はオーガの攻撃を受け倒れて動かず、死んだのか生きているのかシリウスには分からなかった。
その二人へとオーガがゆっくりと近づいていく。
「っ…『サンダーボルト』!」
シリウスはとっさに雷属性の魔術で初歩となる攻撃魔術を放っていた。
オーガはまだユートとシリウスに意識を向けている…という事は、まだ二人は生きている可能性が高い。
ならば、二人にオーガを近づけさせるわけにはいかなかった。
もしかしたら二人共既に死んでいて、ただオーガが何かの気まぐれで二人に近づいただけかもしれない。そう一瞬考えもしたが、そんな事はシリウスにとってこの際どうでも良かった。
オーガに雷が激突する。
雷はすぐにオーガの体に広がり、内側からオーガの体を傷つけるが、少し動きを止めた程度でほとんど、意味がなかった。
オーガはシリウスの方に目を向けた。
その後、一瞬サイラス達の方も見たが、いつでも殺せると判断したのだろう…シリウスを改めて睨みつけるように見て、その次の瞬間にはシリウスへと向けて突進する。
ほとんど詠唱の必要のない初級の火の魔術である『ファイアボール』をシリウスが放ちオーガの顔が爆発したが、オーガは無傷で気にした様子もなくシリウスに迫る。
今シリウスが使える魔術でそれなりの威力持つ『フレイムリング』でさえ皮膚を焦がした程度だ。そんなものが効くわけがない。
「…くっ」
シリウス…というより魔術師は強力な敵とのタイマンは滅法弱い。
強力な敵を倒すには強力な魔術を放つ必要がある。しかし、魔術は強い分だけ長い詠唱が必要になる。
無詠唱を行えない限り、詠唱をする時間のせいで強力な魔術なんて放てないのだ。
だから、基本的に剣士などと組んで魔術師は魔物の討伐をするようにしている。
だが、その剣士…つまりサイラスとユートは倒れて起き上がることはない。
シリウスの目の前には防ぎようのない巨大な死が迫っている。シリウスは眼も閉じることも出来ず、ただそれを見ているだけだった。
「…ふざけやがって」
目の前から死が迫る中、誰かもよく分からない声が聞こえた。その声には、ただ純粋に怒りしか乗せられていない。
その瞬間にオーガが今までとは進んでいた逆の方へと吹き飛ばされていた。
オーガが吹き飛ぶ原因となったのは一人の男だった。
「俺が可愛がってる後輩をよくもやってくれたなァ!」
その男が吠えた。
既に半分引退状態のBランク冒険者、ガイル・キリングが怒りを露わにして、吠えていた。
この話を書いていた時に思ったんですが、ユートとサイラスを中心に書いていたせいでシリウスが役立たずっぽくなってますよね。
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