06
魔術を発動させた後、俺は反射的にそちらを振り向いていた。
「何か、こっちに来る」
でかい、何か。
よく分からない。それなりの速度で移動しているので形を細かく捉えきれていないのだが、おそらく人型。
だが、人と比べると随分に大きい。
近いわけではないが、遠いわけでもない。しかし、すぐに此処に来てしまいそうな距離。
「確かに、なにか来てますね」
俺の言葉に反応して、シリウスも再び探知魔術を行使したのか俺と同じ方向を眺めている。
だが、周りは多く木が存在し、高低差がある此処では近づいてくる何かを視認する事は出来なかった。
そんな俺とシリウスとは別に、探知系の魔術を使えないサイラスは俺達二人の言葉を聞いて不思議そうにしていた。
「何かまずい気がする」
「それには僕も同感です。見つかる前にここを離れましょう」
そんな会話をした瞬間、近づいてきているものが今までとは比べ物にならないぐらい早くなった。
それに驚き反応する前に、何かは現れた。
飛び出してきたのはカーリックが4から5匹ほどの群れ。
それを見て驚きつつも、一瞬だけ安堵した…しかし、その奥からヌッと手が伸びてきて一匹のカーリックを捕まえた。
その瞬間捕まえられたはずのカーリックは巨大な顎に生え揃えられた歯に砕かれていた。
そして、次にはその何かと目があった。
俺達が何かを感じるよりも先に、そいつはカーリックの血肉をまき散らしながら咆哮を上げる。
「…っ!?」
俺は未だに相手がなんなのかを理解できないでいた。
『サイラス、ユート! 下がりなさい、オーガです!』
咆哮に耐え切れずに耳をふさいでいた俺の頭に直接声が響く。
シリウスの『伝心』だった。
俺がチラリと目の前のオーガを確認した時、もうその時には腕が振るわれていた。
とっさに盾を構えれば、視界がグチャグチャになった。
サイラスはオーガの振るった腕でユートが吹き飛ばされるのを目の前で見ていた。
「ユート!!」
吹き飛ばされた仲間の名を呼ぶが、すぐに気づいた。
オーガは既に標的をこちらへと移していることに。
「…おァ!?」
咄嗟に後ろへ跳ぶ。
その目の前をオーガの腕が通過し、その先にあった木が爆発するかのごとく拳に砕かれた。それを見てサイラスは息を呑んだ。
そこへさらにオーガの追撃が襲ってくる。
それにサイラスは剣を構え、応戦しようとするがオーガの足元が爆ぜ、体勢を崩したオーガの攻撃はサイラスの横を通り過ぎた。
「オーガを相手に真っ向からやり合おうとしないでください。
死にたくはないでしょう」
「悪いシリウス」
サイラスは杖をオーガに向けて構えているシリウスの近くまで下がる。
ユートが吹き飛ばされた方へ視線を向けるが、すぐにオーガの唸り声を聞き、オーガをまっすぐと見据える。
オーガの体はボロボロだった。
矢が背中や腕にいくつも刺さり、浅いものから深いものまで多種多様な切り傷も多い。おそらく何かに…いや、完全に冒険者に襲われ傷を負いながら逃げてきたのだ。
オーガは怒りの篭った目でサイラスとシリウス…つまり冒険者をを睨みつけるように見ていた。
「多分、ユートは大丈夫でしょう。
死んではいないはずです。現に少しではありますが、動いているようですし…こっちに復帰できるかは分かりませんが」
「ああ、そうだな…目の前のコイツ、どうする?」
オーガは息を大きく吐いていた。
怒りに満ちた目はギラギラと光り、口から吐かれる息は血のせいで鉄の匂いを発しているのが距離をとっているサイラスにも分かった。
「逃げるのが一番です。
しかし、身体能力の差を考えると簡単には逃げられないと思います。ユートがまともに動けない場合は回収する必要もありますし」
「やっぱ、そうだよなぁ。
オーガの弱点ってなんだっけか?」
「ユートが軽く調べてましたが、オーガは力任せの攻撃が多いので大体大振りになるのでそこをかわしながら切りつけていき、弱った所を首を切断。
それか一気に魔術で倒す…ですが、どちらも今の僕達にとって難しすぎますね」
「どっちかと言えば、まだ魔術でしとめる方が有力だな」
サイラスは目の前のオーガをしっかりと見据えていたが、シリウスはチラリとユートが吹き飛ばされた方向を確認した。
「いえ、仕留めるまではいかないと思います。相手は既に傷を負っているとはいえ、僕の魔術ではまだ火力不足かと。
今回は魔術で僕達が逃げられる具合にまで弱らせましょう。
なので、詠唱するための時間稼ぎよろしくお願いします。たぶん二人なら出来るでしょう」
「おう、とりあえず任せろ。
巻き込まれないよう下がっておけよ」
オーガが咆哮を上げた。
土を巻き上げながら、オーガは猛突進してくる。そのオーガに横からナイフが飛んできたが、それらは全てオーガの皮膚に弾かれ何処へと飛んでいった。
ナイフを気にした様子もなく突き進むオーガに横から飛びついたユートが首に向けて剣を振るうが、その振るった片手剣はオーガの皮膚を切り裂くことはなく火花を散らしただけで終わった。
「かった…ッ!?」
やっとそこでユートに気にかけたオーガは腕を振るう。
ユートは後ろに跳び、折れて倒れた木の上に着地する。そこにオーガは攻撃をしかけようとするが、既に懐にサイラスが飛び込んでいた。
「ふぅん!」
オーガの横腹を抉るように横薙ぎに剣を振るったが、それはオーガの横腹に少し食い込んだだけで切り裂くまで至らなかった。
オーガの腕が振るわれる前にサイラスは後ろに下がった。
(…サイラスの方も斬れないか)
「ユート、とりあえず時間稼ぎな。シリウスメインで行くから」
「了解」
ユートは額の傷から流れる血を服で拭った。
オーガに吹き飛ばされた時、咄嗟にガードしたおかげで直接ダメージはくらっていないが、吹き飛ばされて木の枝を巻き込みながら吹き飛んだせいで所々浅く切れているし、背中から木にぶつかり勢いが止まったせいで相当なダメージを負っていた。
オーガはユートとサイラスを交互に睨みつける。
ユート達はオーガに一緒に狙われないように、ある程度距離をとって対峙していた。
ユートとシリウスじゃオーガ相手にまともにやり合うのは危険だ。なので、数の利を活かして相手を混乱させる作戦だ。
そんなユート達にオーガは更に怒りを感じたようで、恐ろしい唸り声を上げる。
オーガはサイラスに攻撃を仕掛けようとしたのか、サイラスへと突進しようとしたがすぐそこにナイフが飛んできて、オーガの皮膚に弾かれた。
オーガにとってはどうでもいい、気にする必要ないものだった。
しかし、それだけでもオーガの怒りは爆発したのか今までよりも大きく咆哮を上げた。
「うっせェ!」
オーガの後頭部に向けてサイラスが剣を叩きつけていた。
サイラスに向けてオーガは拳を振るう。オーガの頭に剣を叩きつけるために跳んでいたサイラスは避けることが出来ない。
サイラスは剣を盾代わりにする事を選び、剣をオーガの拳と自分の体の間で構えた。
そこにユートが腕を振り回そうとしているオーガの足に剣を思い切り叩きつけ、それでは足りないという感じに更に蹴り叩き込んだ。ユートの込めた力に対して本当に微々たるものでしか無いが、オーガの足がユートの攻撃によって動かされる。
「んぐっ!」
サイラスはオーガの攻撃を剣を盾代わりに受け吹き飛ばされたが、最初のユート程ではない。
「大丈夫か?」
「問題ない。ありがとな、ユート…ちょっと口の中切った」
サイラスは起き上がり体に引っかかった折れた枝やらを払いのけ、唾と血の混ざったものを吐き出した。
『二人共、離れてください』
「おっ」
サイラスが短く声を漏らす。
その後何かを言うでもなく、ユートもサイラスもオーガから距離をとった。
オーガはそんな俺達を追うわけでもなく、自分の周りに浮いている炎の輪を見ていた。
「…『フレイムリング』」
その輪が一瞬で縮まり、獲物を中心にした炎の柱が上がりオーガを呑み込んだ。
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