03
空気がひんやりとしていて鳥が鳴り始め、大勢の人が本格的に働き始める頃。
「おら!」
「っ!!」
俺に向けて振るわれた拳を盾で受け止め、いつもみたいに受け流そうとしたが失敗し、もろに大きな力を盾越しにくらった俺は後ろに吹き飛ばされていた。
おそらく3回ぐらい転がってから、地面に仰向けに倒れた。
仰向けに倒れたまま大きく息を吐いた。拭うのが大変なぐらいに汗をかいている。
それに思っているよりも疲れているみたいで、体を動かすのがめんどくさい。
左手に装着している訓練用の木盾を見てみれば、罅が入っていた。
右手に持っていた木剣は、どこかに転がっているだろう。途中で落としたのだが、相手の攻撃を凌ぐのに手一杯で気にする余裕なんてなかった。
「確か、この前トロルの相手したんだったよな」
「そうですよ」
「どのぐらい受け流せた? トロルの打撃」
「確か…5回ぐらいだったと思います」
「今回俺の打撃を受け流せたのは4回だから、多分トロルぐらいだったら12回は行けるだろうな。
まあ、単純に平地で邪魔者なし絶好調って状況だから、現実そうは上手く行かねぇだろうし実際やったら10回行くか行かないかのとこでキツくなるだろうな。キツくなったり集中力が切れたら、その次の一撃でペシャンコだな」
「怖いこと言わないでください。
というかトロルよりもガイルさんの拳の方が重いっていうのおかしいと思いますよ」
俺の訓練の相手をしてくれた大男、ガイルさんは俺のすぐ近くの石の上に腰を下ろした。
ガイルさんは50代の古株の冒険者。
Bランク冒険者で今現在は新人などの訓練をしている。つい最近までは冒険者として活発に動いていたのだが、息子さんにいい加減に危険なことをするなと怒られたらしい。
それにぶつくさ文句を言ってはいたが、なにやら嬉しそうでもあった。
自分の息子に自分が働いて食わせてやるから家で寝てろって言われちまった、と少しニヤけながら言っていた。
「これでも手抜いてやってんだぞ。それにもう俺も歳だから若干衰えてきてるしな。
後やっぱりお前はスタミナ増やさなきゃいけねぇな。
まあでも、普段やってるのを続けてきゃ順調にいけると思うぜ」
「わかりました。とりあえず頑張ります。
ありがとうございました」
ちゃんと立ち上がって、ガイルさんに礼をする。
「おう、頑張れよ。俺はこれから新人の訓練だ」
俺の顔よりも大きいのではないかという手を振ってきた。
訓練ようにいくつも並んでいる木剣やらの武器の所に、俺が使っていたものを戻す。ヒビの入ってしまった盾は少し遠ざえけて置いておいた。
「お疲れ様」
「おはよう、ミリア」
水浴びをし、汗を流してると横から話しかけられた。
水を頭から被ったばっかりだったので、顔の水を払いながらそちらを見ればミリアが立っている。
その手にはタオルが握られており、ミリアは俺にそれを差し出し、俺はそれを受け取った。
タオルとかはギルドで用意してくれてカゴに入れておけば洗濯までしてくれるから本当に助かる。
「なんでミリアがタオルを?」
「父さんがタオル持ってけって。
ちょうど洗濯したあとで用意してなかったみたい」
「なるほど。とりあえず、タオルありがと」
「どういたしまして。
訓練はどう? 大変? 強くなれてる?」
「そりゃまあ、大変だよ。
強くは…うーん、まあまあってとこかなぁ。昔と比べれば大分やれるようにはなってきたってのが唯一の救いだね。
来た当初だとガイルさんの手加減した拳一発で気絶したし」
俺の言葉にミリアは思い出したように笑った。
「アレ、私も見てたけど凄かったわよね。
私、人が飛ぶ所初めて見たもの」
見ていたミリアにとっては面白い光景だったのだろうが、飛んだ俺としては笑い事じゃなかった。
拳を受けた衝撃で朦朧とした意識の中、俺の視界は空の水色で染まっていた。俺は何が起こったのか理解できていなかった時に、地面に後頭部から落ちたせいで完全に意識を失ったのだ。
サイラスも俺と同様な目にあったらしいが、痣とタンコブを生やしただけで気絶までは行かなかった。それでも動けないぐらいにまではなったはずだ。
「あの後、おっさん達に笑いものにされて酷かった」
「ちょっとタフそうな新人にはアレやるのが恒例だからね。
しかも、それを知らせるでもなく訓練だっておびき出した所にやるのが悪趣味よね」
ミリアはフフフと笑った。
ガイルさんにおびき出された時、訓練だと思って付いて行ったのだが何故か観客が多いなと不審には思っていたのだが案の定だった。
「ユート、朝食は?」
「まだ。
ギルドの食堂で食べるつもりだよ」
「私も一緒していい?」
「いいけど、ミリアは朝食まだなの?」
「父さんが家に忘れものしちゃってね。大事なものだったから朝食も食べずに来たの。
だから朝食はまだなのよね」
「それはお疲れ様。じゃあ、一緒に食べよっか」
汗と土でボロボロのグチョグチョになった服はさすがに着れないので、持ってきておいた代わりの服を着る。
使用済みのタオルを入れる籠に俺が使ったものを入れて、ミリアと共に訓練場から移動し始めた。
「そういえばサイラスは? いつもなら二人でガイルさんに突っ込んでるのに」
「昨日遅くまで起きてたみたいだし、まだ寝てんじゃないかな」
「へぇ、サイラスに比べてユートは随分早いのね」
「まあ、俺はガイルさんに訓練つけてもらうつもりだったからね。
最後吹き飛ばされて終わっちゃったけど、それまで2時間ぐらい付き合ってもらってたんだよ」
最初から最後までガイルさんにはボコボコにされていたけども。
ギルドはせっせと依頼を受けるために来た人たちで溢れ始めた頃だった。
もう少しすればただただ談笑する事を目的にしたCかBランクのおっさんたちも集まり始めるだろう。
俺たちはそこを抜け、食堂へと向かった。
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