表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ふゆこみかん

作者: えるむ

「なんだっていうのよ・・・」


 周りに聞こえないように小声で呟く。人生初参加の冬コミで、コミケの洗礼を今まさに受けているらしい。

 1時間以上並んでいるハズなのに一向に目的の売り場には届こうとしていない。

 ただ私はクロノスの冬コミ限定のCDとストラップが欲しかっただけなのに…こんなに並ばなきゃいけないなんて…

 周りを見渡しても私と同じような状況の子が沢山居るらしい。

 ただそのほとんどが友達と一緒に並んでいるのがちょっとうらやましかったりする。


 私はただ一人で並んでいたのだから―。


 私も一人で冬コミに来たのではない。高校の友達と3人で来たのだが、あとの二人はBLと呼ばれるジャンルが大変お好きらしく、そっち関係の物を買いにいってしまった。

 BLに興味がない私は必然的に一人で回る事になったんだけど、人の多さ、気迫など…主にコミケに参加してる人達に圧倒され目的の場所に来るのに手間取ってしまった。

 ここへ着いた時にはもう2列の長蛇の列が作られていた。会場内を移動している時は場違い感を凄く感じた―。


 そもそも私はオタクと呼ばれる人種じゃないと自分では思っている。ただ少しニコニコ動画を見るのが好きで、歌ってみたで活躍しているクロノスが冬コミで出店するって聞いたから初めてコミケというものに参加しただけなんだ。

 で、売られている物には興味もないし、ここの中を見て回ろうとも思わない。ここに並んでる子達はそういう子が多いんじゃないかな?とか勝手に思っている。

 まぁ他の歌い手も出店してるからそこを見て回るくらいでさっさと帰ってしまおうと思っているところだ。


 あとさっきから気にはなっていたんだけど、隣に並んでるデカイのはなんなのだろう?この列に居る子達は女子中高生と思われる人達がほとんどだ。

 隣のデカイのは明らかにそのカテゴリから外れている。服装はミリタリーって言うのかな…軍人さんが着るような服を全身に纏い。黒っぽいリュックを背負っているし、靴もごっついブーツを履いている。赤色のニット帽を深く被りマフラーをつけている為表情は見えない。

 この人もクロノスのファンなのかな?見た目からはそうは思えないんだけど…と―


 ぐぅ~


 この時いきなり私のお腹が鳴った。周りの人にも聞こえる大音量で…だ。

 ヤバい…超恥ずかしい…

 顔から火が出るんじゃないかと思えるほど顔面が熱くなっていくのを感じる。周りからはクスクスと笑い声が聞こえていた。

 ここに居るのがすごく辛くなった。おうちかえりたい…


 「あー・・・お腹すいたな~」


 その時、隣に居たデカイのが男性とも女性とも言えない中性的な声でいきなり独り言を始めた。

 周りの視線もおのずとデカイのに集まりだす。

 

 さっきのデカイ腹の音はお前か―と。

 一瞬なにが起こったのか分からなかった。

 なんでこの人はわざわざ周りに聞こえるように言ったんだろう…


 ――ああ、なるほど…――この人は私を庇ってくれたのか。


 私が下を向いて赤くなっているところを一番近くで見ていたのはこの人だった。

 勝手に変な人と決めつけていたけれどこの人は見た目より全然優しい人なのかもしれない―。

 無意識にその人を見つめていたら目が合ってしまった…ような気がした。

 思わず全力でそっぽを向いてしまう。

 あー…ちゃんとお礼とか言えるような性格になりたい…そんな事を考えていた。


 「あのーよければこれ食べません?」


 驚いた事に向こうから話しかけてきた。

 いつの間に取りだしたのか、手に持ったみかんをこちらに差出しながら…


「…へあ?」


 状況が掴めず真っ白な頭で変な返事を返してしまった。これまた恥ずかしい…

 よく見るとその人はマフラーの上からでも笑っているのが分かった。

 この人は私の事を心配してくれていたのかな…周りからは私は変な人に絡まれた一般人という風に見られているのかもしれない。

 ただ私はそんな変人扱いされている事を気にせず、私の心配をしてくれるその人が単純に凄いと思った。


「あ、ありがとうございます…」


 みかんを受け取った私に満足したのか大きくウンウンと頷く。

 リュックから手慣れた動作でもう一個みかんを取り出し自分でも皮をむき始める。


「あ…これ美味しい…」


 貰ったみかんは本当に美味しかった。

 お腹がすいていた事もあったかもしれないけど、今まで食べた中で一番美味しかったかもしれない。


「でしょー?これウチのおじーちゃんが作ったやつなんだよ。」

「へー…そうなんだ。いいなぁ。」

「いいでしょー。」


 あまり表情は分からないがニコニコして楽しげなのが伝わってきた。

 凄く柔らかい感じの話し方をする人だなぁ。見た目とギャップありすぎる…


「あたし、ミカンって言うんだー。あなたは?」

「あ…私はイチカ…です。」

「イチカちゃんねー。イチカちゃんはコミケとか来るの初めてなん?」

「初めてだよー。こんなに寒いとは思わなかった…」

「最初はそんなもんだよー。ホッカイロ余ってるからあげるよ。」

「え…いいの?ありがとう!」


 驚いた事にデカイの…いやミカンは女の子だった。

 背が高くて見た目がアレだったので男かと思ってた…。

 一人で並んでいた私にとって話相手が出来た事は本当にありがたかった。

 先ほどまで無言でずっと堪えていた時に比べると列もサクサク進んでいるように思えた。

 この時はもう周りの目とか完全に気にしていなかった。


「ミカンさんはクロノス好きなの?」

「ミカンでいいよー。あたしクロノス大好きでさーニコ動もクロノスの為にプレミア入ったようなもんだし。」

「あはは!マジでー。」


 いつの間にか打ち解けていた。

 私の場合、学校や周りの友達にクロノスの事で話せる人が居なかったからミカンとの話は凄く楽しかった。


「お待たせしましたー。注文票配りまーす。欲しい商品の個数と合計金額の記入をお願いしまーす。」


 忙しく駆け回ってる売り子の人から注文票を貰う。

 しまった…。ペンなんて持ってきてない…。


「ほい。ボールペン。」

「あ、ありがとう…。」

「いえいえー。困った時は助け合うのが人間だしね。」

「あははー。人間て…ボールペンありがとう。」


 素直にこの人は凄いなーと感じていた。

 最初に感じていた変な人のレッテルは完全に自分の中から消え失せている。

 ただ趣味の合う新しい喋り相手が出来たのが嬉しかった。

 そんな事を考えていると自分の番になった。


「ストラップとCDね。来てくれてありがとう!」

「あ、はい。がんばって…」


 クロノスのボーカルのあっくんにギュッと握手をして貰ったのが嬉しすぎて、あっくんの顔をマトモに見れず…小声で頑張ってとしか言えなかった。私ダメ過ぎだろ・・・。

 そうして貰った袋を手に、嬉しいけど悲しい複雑な心境で列を離れる。


「はぁー。やっと買えた…」


 マトモに喋れなかった事は一旦忘れて、目的の物を買えた事に対する安堵感が一番大きかった。

 そういえばミカンはちゃんと買えたのかな?と店の方を見てみると―。


「―アレ…誰だよ…」


 思わずそんな言葉が口から漏れた。服装からしてもミカンに間違いないのだが、赤いニット帽を今は取っている。

 さらさらロングの黒髪美人が今まさに商品を貰って喜んでいる所だった。

 あっくんとギュっと握手を交わしてこちらに向かってくるのが見えた。


「イチカー。目的の物買えた?あっくんと喋れた?あたし全然喋れなかったよー。」

「あ、私も全然喋れなかった…てかミカン…ニット帽取ると別人過ぎ…あっくんと喋れなかったのもショックだったけど、そっちのがデカかったよ。」

「何それー。」


 意外なほど自然に言葉が出てきた自分にびっくりした。

 もっと何も言えなくなると思っていたのに、今日初対面の人にこんなにも楽しげに喋れている事に。


「さて、そろそろ別の所行かなきゃね。」

「あ…そうなんだ。」


 急に寂しくなってしまった。そうだよね。―もともとここで初めて会っただけの人だし。


「あーイチカ。アドレス交換しない?あたしイチカともっと話したい。一緒にクロノスのライブとか行けたら楽しいと思うんだけど…ダメかな?」

「え…いいよ!もちろん!いいに決まってるじゃん!」

 

 必死すぎる自分にちょっと引いた。

 それでもミカンはアハハと笑っていてくれたので少し救われたのかもしれない。

 

 そうして私は冬コミで出会ったミカンと別れた。

 ミカンと別れた後は、元々一緒に来た友達と合流場所に指定していた出口へ向かう。


「もしもーしアケミ?今どこいるの?」

「あー!イチカ電話おっそい!繋がらなかったから心配してたんだよー。もうユキと一緒に出口いるから速攻来なさいよ!」

「…」

 アケミに一方的に切られた。

 まぁ欲しい物をゲットしたなら早く帰りたいのはわかるけどね。

 出口まで来るとアケミとユキが大きな紙袋を下げていた。紙袋にデカデカと描かれていた物についてはあえてツッコまないでおこう…

 合流した私たちはその足で駅へと向かいヘトヘトになりながら各々の家へと帰った。


 家に帰ってから速攻でミカンにお疲れメールを送った。

 お腹が鳴った時に助けてくれた事にお礼の内容を織り込んで―。



 大晦日が過ぎ、正月が過ぎ退屈な冬休みになり、冬コミに行って起きた事は思い出になりつつあった。

 今でもミカンとの関係は電話で話したり、メールで連絡を取ったりと続いている。

 それと2月にクロノスのライブがある。

 そのライブに二人で一緒に行く事も約束している。

 ライブに行く前に服を一緒に買いに行ったりしてもいいかもね。

 さすがにあの格好は…などと考えながらニヤニヤしている自分。


 私が初めて参加した冬コミで得たものは―

 大好きなバンドのグッズと今後も付き合って行くであろう大切な友達が一人。


 そういう意味では初コミケは大成功だったと思う。

 今度夏コミについてミカンに聞いてみようかな。

 まぁそれはまた別の話―。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 語り口調で柔らかい感じがして読んでいてとても安心しました。 長さもちょうどよく、とても心が休まります。 [気になる点] 強いて言えば、もっと内容を詰めてもいいと思います。 文を長くするとい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ