11.猫が叶えた五日間(宇佐美千帆の話)
高くなった日差しから身を隠すように、宇佐美千帆は木陰へと移動する。通称「並木通り」と呼ばれるこの通りは、今日も二人組の男女で賑わっていた。
「んーっ」
思い切り伸びをすると、草むらの中から猫の鳴き声が聞こえた。
「あ、いたいた」
しゃがみ込み、さっそく黒猫を撫でる。いつものように、猫は目を細めて気持ち良さそうに喉を鳴らした。
宇佐美は猫を抱き上げると、木陰になっているベンチを探して、そこに腰掛けた。猫は膝の上に乗せて。
これが、彼女と猫の定番の位置だった。
「そうだ。新和くんね、大したことなかったんだって。ほんと良かったよ」
宇佐美は猫に向かって話し続ける。
「ありがとね」
そう言うと、猫は再び「ニャァ」と鳴いた。
まるで返事をしているかのようなタイミングの良さに、宇佐美はやっぱり、と確信する。数日前から思っていたことだが、どうやらこの猫は人間の言葉を解するらしい。
「キミのおかげだよ。新和くんが元気になったのも……あんな風に喋れるようになったのも」
あと数分もすれば、新和はここにやって来るだろう。病室での約束通りに。
並木通りで会う――そんな約束を取り付けることが出来たのも、この猫のおかげだ。
「でも、もう大丈夫だからね」
だからこそ、これからは自分一人でやってみようと思う。
宇佐美は猫の頭を撫でた。
この猫が人語を解するだけでなく、願いを叶えてくれているのでは、と思うようになったのは数日前だ。
最初は猫相手に悩みを語っているだけだったが、だんだんと願望を口にするようになっていた。
例えば、好きな相手からは忘れられているっぽい、とか。
例えば、彼には、他の人ばかりではなく自分を見てほしい、とか。
するとどうだろうか。今まで挨拶程度にしか会話をしていなかった新和から、突然話しかけられたのだ。しかも、何度も。この五日間で、彼との距離はぐっと縮まったと言って良い。
そういえば、「安永さんみたいになれたらいいな」と話した時には、新和から本当に「安永さん」と呼ばれてしまい、驚いたけれど。
思い出して、宇佐美はふふと笑った。そんな願い、どうやって叶えたのだろう。
だから新和が病院に運ばれた後、宇佐美は真っ先にここへ来た。猫にお願いをするために。
新和くんを助けてほしい、と。
新和くんを苦しめているものがあるのなら、それを取り除いてほしい、と。
果たして、その願いは聞き届けられた。病室で彼の元気そうな姿を見たとき、どれだけ嬉しかったことか。
「だから私も、頑張らないとね」
猫が叶えてくれた五日間を無駄にしないために。
彼女の決意が伝わったのか、猫は三度「ニャァ」と鳴く。それが自分を勇気づけようとしたもののような気がして、宇佐美はありがとう、と言った。
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