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1.異変に気付いた一日目①

 ある日突然、周囲の人間が猫になってしまったら?



 そんな、荒唐無稽なIFを想像したことがあるだろうか。



 *  *  *  *  *



 今日は朝から可笑しかった。


 何がどう可笑しかったかというと、まず一つに、目覚ましがあり得ない時間に鳴った。聞き慣れた電子音に目を覚ましてみれば、外は真っ暗。時計を確認すれば、午前四時ときた。いくらなんでも早過ぎだ。

 とはいえ、せっかく起こしてもらったので、僕はのそのそと布団から這い出て、大学へ向かう仕度を始めた。


 薄暗い車道を、一台の自転車が爆走する。

 この辺りは学生街なので、夜明け前は人通りが少ない――というか、ない。日付が変わる頃までは元気だった学生も、この時間には就寝中というわけだ。おかげで、何の障害物も気にすることなく、悠々と車道を走っているのである。


「っと」


 遠くで青信号が点滅し始めた。それに気付いた僕は、ペダルを思い切り踏みつける。腰を浮かし、いわゆる立ち漕ぎ姿勢となって、交差点を突っ切ろうとしたところで、


 さっと、黒い何かが目の前を横切った。


「うおっ!」


 辛うじて避けたものの、バランスを崩して自転車は近くの電柱へ激突した。結構な衝撃が僕を襲う。


「った……」


 なんだったんだ、一体。

 痛みに堪えながら、黒い物体を確認しようと周りを見回す。そいつの正体は、すぐに判明した。


「猫か……」


 暗闇に紛れて、一匹の黒猫が僕を見ていた。暗いところでは猫の目が光って見えると聞いていたが、本当にそのようだ。爛々と輝く目で見つめられれば、やましいことがなくても落ち着かない気分になる。

 そいつは、猫らしく「ニャー」とだけ鳴くと、民家へ入り込んでいった。そのことに、僕はやけにほっとした。



 学生証さえあれば、大学には二十四時間、自由に出入りできる。正確に言えば、僕の所属する文学研究科には、だが。


「ふぅ」


 八階分の階段を一気に上がった僕は、研究室の目の前で大きく息を吐いた。さすがにキツかった。

 こんな時、最上階にある研究室が恨めしい。夜間はエレベーターが止まっているので、階段を使うしかないのだ。こっちの身にもなってくれ、学生課。

 僕はキーボックスから取り出してきた鍵を鍵穴に差し、研究室の扉を開けた。カビ臭さが鼻をつくが、慣れたものだ。古い本の香り、といえば悪くない。

 そうは言っても、こんなところで四十六日生活しているのだから、相当不健康だと言わざるを得ないだろう。色々と悪いものを吸っていることは間違いない。


「さて、と」


 何をしよう。

 しばらく考えた後、結局論文を読むことにした。研究室には、常に雑誌の新刊が置いてある。わざわざ図書館に行く必要がないので、大変便利だ。

 僕はそのうちの一つ、未読であった雑誌を手に取った。普段は適当に読んでいるCランク雑誌だ。こういう日でもなければ、時間を取って読むこともない。


「んー」


 読み始めて三分経ったか、経たないか。僕は早くも眠気を感じ始めていた。変な時間に起きたせいだろう。


「ふぁ……」


 欠伸が出る。ああ、駄目だ。猛烈に眠くなってきた。身体がふわふわする。

 一応断っておくが、僕は論文を読んでいる途中で眠気を感じることは滅多にない。じゃあ今の状態をどう説明するのかというと、それは単純に、この論文がつまらないからだ。つまり、僕の所為じゃない。

 立ち上がり、本棚に雑誌を戻す。次からは、やっぱり適当に斜め読みにしよう。


「ふぁーぁ」


 二度目の欠伸。いよいよ末期らしい。

 再び椅子に座ると、両腕を交差させて枕を作る。もう無理、限界。おやすみなさい。

 すぐに、意識は遠のいた。





新和(にいな)さーん。授業始まりますよー」


 頭上で声がする。この声は、同じゼミの四年生・安永(やすなが)さんだ。

 いつも授業開始ぎりぎりに来る彼女がいるということは、本当に授業が始まる直前だということだ。それに気付いた僕は、慌てて起き上がり、目を開け――。


「うおっ!」


 固まった。


「どうしましたー?」


 安永さん(?)は、不思議そうな顔でこちらを見つめている。「どうしました」って……それはこっちの台詞だよ。

 僕は口をあんぐりと開けたまま、まじまじと彼女(?)を観察した。


 いないはずのものが、いる。あり得ないことが起こっている。


 でも、確かにそいつは喋っていたのだ。安永さんの声で。


「先、行ってますよ」


 彼女(?)はすたすたと去っていく。白い尻尾を揺らしながら。


 僕は目をこすった。何度もこすった。ついでに頬もつねった。しかし、残念ながらその映像は消えてくれなかった。


「なんなんだ、一体……」


 本当に、何が起こったんだ。


 彼女は、猫になっていた。



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