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のぞいたらあかんよ?

「なかなかええとこやね」

 うらびれた温泉宿を見上げてぶら子が言った。

 震度三程度の地震で崩れ落ちそうな素敵な宿だな、と俺が言うと、ぶら子は頬を膨らませてぷいっ、と顔を背けた。

「チクリンは風情ってもん知らんからキライやわ」

 いや俺とて古いものに趣を覚える感情はあるがこれはいくらなんでも古過ぎだろう、と言うと、ぶら子は、んー、とちょっと考えるそぶりで「ええとこなんやけど、確かにちょーっとふるすぎるかもかもなぁ」と笑った。

 何でも室町時代くらいから続いている由緒ある温泉で、侍に切られた鬼が湯治をしていたのが起源とされるらしい。起源が室町でも建物くらい新しくすればいいのに、完全木造のボロ屋敷。あきらかに消防法に違反してるんじゃなかろうかと思われる。

「気ぃつけなあかんな。宿こわしてしもうたら大変や」

 うむ努力しよう、とうなずいて俺とぶら子は宿に入った。


 部屋に案内されるとすぐに、ぶら子は温泉に入ると言い出した。

「のぞいたらあかんよ?」

 ぶら子、ちょっと待て、と声をかけたがぶら子は止まらずに着替えを持って部屋を出て行ってしまった。

 案内によるとここは混浴らしいのだがさてどうしたものか。

 部屋の中を見回すと、外観から思っていたよりもだいぶ上品なつくりでほっとした。

 柱や床の間などは時代を感じさせるものの畳は新しく、ふすまや障子も取っ手やさんの部分はともかく紙は張り直してあるようで清潔感があった。

 天井には白熱球がぶら下がっているので、流石に電気は通っているのだろうが、最近の宿には常備されているテレビや冷蔵庫の類はなく、それどころかコンセントすら見当たらない。ただ木で出来た丸いちゃぶ台が部屋の中央にぽつんと置かれているだけで湯のみやポットの類さえなかった。

 窓代わりの障子を開けると、山間に沈む夕日が見えた。

 窓辺に腰掛けてしばし夕日を眺める。

 ぼんやりしながらふと気がついた。これって泥棒が来たら素通りだなと。寝るときには雨戸を閉めるのだろう。いったいいつの建物なんだか知らないがこれは本当に営業許可が下りているのか疑問に思える。

 しばらくとりとめもなくぼんやりとしていたものの、山道を歩いてきて汗をかいていたし、俺も一風呂浴びに行くことにした。少し時間をつぶしたし入れ替わりになるくらいだろう。


「のぞくどころか入ってきよるなんてチクリンえろすぎや~!」

 男側の脱衣所から中に入ると、ぶら子が真っ赤な顔でばしゃんと音を立てて温泉に身体をしずめた。髪が濡れない様にタオルを頭に巻いているため身体を隠すものが無かったらしい。

 まだ入っていたのか、といったん出直そうとしたら、ぶら子が拳をぷるぷる震わせて「ぶら子ぱんちするにはお湯からでないとあかんし、ああーん、うごけへん」と言ったので、いやここ混浴だぞ、俺は悪くないと言ってみる。

「混浴?」

 そろそろぶら子があがると思って俺も一風呂浴びに来たんだがいったん出直すよ、と俺が言うと

「混浴ならしゃーないなー……」とぶら子の許可がでたので一緒に入ることにする。

 軽く汗を流して湯に入るとぶら子がすっと寄ってきて、俺からきっかり一メートル離れたところでぴたりと止まった。

 お湯が白く濁っているのが残念だ、と言うと

「チクリン、見たい?」とぶら子が言った。

 いや別に、というとぶら子は無言で俺を殴った。

 見せたいのか、尋ねるとぶら子は

「勝手に見られるのはややけど、自分から見せるのはええんよ?」と言って急に立ち上がったので、俺は慌ててぶら子から目をそらした。

「なんやーいくじなしー。見せよおもて見せてんのに、横向くのは失礼やわ」

 ぶら子がすねた声で言いながら、寄ってくる気配がした。

「チクリンにはいつも感謝しとるんよ」

 背中に何か当たっている気がするが深く考えないようにする。

「ここの温泉の効能の一つに子宝にめぐまれるゆうのがあるらしいんやけど…チ・ク・リ・ン。ためしてみる~?」

 彼女の両腕が俺の背中から回されて俺の口元を押さえる。

 二つの何かをぎゅっと押し付けるように、俺にもたれかかってくる。

 彼女の人差し指が俺の口腔に差し込まれて舌を探る。

「……チクリン、しよ?」

 耳元で熱く囁かれた言葉に、俺は頷きはしなかった。

 迷わず口腔に入り込んだ人差し指を歯で噛み切ると、まわされた両腕を取って背中のモノを背負って、石の床に叩きつける。

「ぎゃぁ、」と声を上げてぶら子の姿をしていたモノが口から血を吐いた。

 ぶら子はどこだ、と尋ねると、

「……あたしゃ女に興味はないさね」と言って、額から二本のツノを生やしたモノが笑いながら床から跳ね起きる。床に四つんばいになり、髪をふり乱してこちらを伺っている。

 いつの間にか女はぶら子とは似ても似つかぬ姿になっていた。長い髪が、湯に濡れて白い素肌にまとわリついている。白い乳房も、赤い秘所も全てさらけ出していたが、もう俺は何も感じていなかった。

 こいつは、"敵"だ。

 ぶら子に何もしていないだろうなと尋ねると「さあね」と空とぼけたので手刀で水平に切りかかる。受け流そうとしたヤツの左腕を切り飛ばして、手刀を突きつける。

 答える気がないなら、俺も尋ねないことにするぞ、と目の前の鬼に告げる。

「ヒヒヒ、おとなしく騙されて精気をよこしていれば……よかったものを」

 答える気はないようだと判断し、俺はそのまま鬼女の胸を手刀で貫いた。

 断末魔を上げようとした鬼女の首をひねって声をつぶす。

 崩れ落ちた鬼女は、煙を上げて灰になった。


 今の鬼女は温泉の伝承にあるという、侍に切られた鬼だったのだろうかと思いながら湯船で血糊を洗い流す。

 途中までは確かにぶら子だった。入れ替わったとすれば、俺が目をそらした後なのではないだろうか。

 じゃぶじゃぶと温泉の湯をかき分けて先ほど湯に浸かっていたあたりまで来る。

 ふと足に何か触れた気がして、白く濁った湯の中を両手で探ると何か柔らかいものに触れた。慌ててえいっと、つかんで引き上げるとぶら子だった。

 息をしていないが、胸に手を当てると心臓は確かに動いていた。

 大気圏突入しても平気なくらい丈夫なぶら子のことだから大丈夫とは思ったが、床に寝かせてすぐさま人工呼吸を行う。

 三度目でぶら子は自発呼吸を取り戻した。

 脈拍、瞳孔とも異常はない。

 俺はようやく安心してふう、と息を吐いた。



「あれ、温泉どこいったん?」

 ぶら子の問いに、すまん、崩れてしまったと答えると、背中のぶら子は、んー?と首をひねった。

「なんであたしチクリンに背負われとるん?」

 湯あたりかなにかで急に倒れたんだ、答えると、ぶら子はさらに、んー??と首をひねった。

「あたし温泉にはいってたはずなんやけど」

 だから湯あたりしたんだろう、と言うと

「なんであたし、服きとんのやろ?」とぶら子が言ったので俺は黙ることにした。

「ゆめやったんかなー?」

 ……のーこめんととさせていただきます、と俺が言うと

「チクリン、みたんやろ?」と背中のぶら子が俺の首を絞めてきたので、ぱんつはかせたのも俺だ、すまん、と白状したら

「チクリン、せきにんとってな?」ってぶら子が言ったので、前向きに善処いたしますと答えたら、ぶら子がぎゅっと胸を押し付けるように背中から俺を抱きしめた。

 ああ、やはりぶら子の胸は薄いなと心の中でつぶやく。

 あの鬼女の胸が、もしぶら子のように薄かったら今頃俺もぶら子も温泉にぷかぷか浮いていたかもしれないなと思いつつ山道を下った。

 ぶら子とチクリン2。逃亡の旅のはずなのになんか楽しそう。

 この二人のお話はいつか、もうちょっとまとまった形で書いてみたいものです。

 短いですが、以上でとりあえず本編としては完結とさせていただきます。

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