この冷たさをなんとかしてくれっ 3
「う~ん……」
「っ!」
彼女が不意に出した唸り声で、少女は我に返った。
さっきまで見惚れていた少女。
倒れている人がいた場合、どう対処するかという基礎的行為を忘れていた。
それを今更になって気づいた恥ずかしさ。目の前にいる者により与えられた緊張によって、胸の高鳴りが収まらない――が、意を決することに。
「……大丈夫ですか?」
なるべく揺らさないように、声をかけながら彼女の肩を2・3回叩く。
さきほど、彼女は微弱ながらも声を発していた。
ということは、ちゃんと呼吸はしている。あとは意識が戻ればなんとか……。
だが、叩いても反応がない。
悪化でもしてしまったのかと、少し近づいて確かめてみようと試みた。その時。
「えへへ、ましろちゃ~ん」
「ええ!?」
ガシッ! とばかりに突然と抱き付いてきた彼女に、思わず大声をあげて驚く少女。
明らか自分ではない名前を聞いた少女は、知り合いと間違えたのだと思い――
「も、申し訳ないですけど。わたしはましろという方ではないですよ。……でも、良かった。意識が戻ったみたいで」
と弁解もしつつ背中をさする。
すると彼女は、澄んだ碧眼をぱちくりと瞬かせる。
そして、少女の顔を凝視した。
「……あら、本当。ごめんなさいね、勘違いしちゃったわ」
少女を放し、微笑む彼女。すっと吹いたそよ風が、彼女の髪を揺らす。
ゆるやかになびく金色の髪。それを掻き分ける仕草でさえも、美しい。
少女はその光景を見て、またしてもドキッとしてしまった。
「い、いえっ、気にしないで下さい」
「ふふっ、ありがとう」
「――あの、つかぬ事をお聞きしますが、なぜこんな所で寝ていたのですか?」
「うーん、そうねー。……右足を捻ってたからじゃないかしら?」
「……? え、ええと、とりあえず足を怪我しているんですね。それじゃ、保健室へ――」
「あら、いいわよそんなの。それよりも……貴方は、『何でもお助け部』へ入部届けを出しに行く途中だったんじゃないかしら? 早めに向かった方が良いわよ?」
「えっ、な、なぜそれを……?」
少女は驚きの表情を浮かべる。
彼女は少女に微笑み返すと、後ろに立つ大木を見上げた。
「――お姉さんには全部お見通しって事よ。……それに、〝あの子〟のことは任せなさい。だから、ね?」
「は、はい。わかりました。……それでは」
少女は渋々立ち上がると、そのまま校舎へ走っていった。
見送った彼女は、左手に隠してあった紙を取り出す。
それは、さきほど少女に抱きついた時、ポケットから盗った『何でもお助け部ご案内』と書かれた広告紙である。
内容は、『部活目的はとりあえず助ける! 入部してくれた人にはもれなく、この可愛いキーホルダーが付いてきます!』とだけ。
ちなみにそのキーホルダーとは、目が点の黒い猫(?)を象ったものだ。……これは可愛いと言えるのか?
「ふふっ、それにしても、悠君も隅におけないわねー。――ごめんごめん。……わかってるわよ。あの子の前にだけは出てきちゃダメ、でしょ?」
微笑みながら、木の葉達を見上げる形で芝生に寝転がる。
「別にお姉さんは構わないけど、貴方がねー。……そう? なら、せいぜい興奮しないよう頑張りなさいな。――それと、あそこにいる〝子猫〟ちゃんの事も頼んだわ。それじゃ、おやすみ、悠君」
そして――彼女はゆっくりと、瞳を閉じた。
△
葉っぱの隙間を縫うように、チラチラと陽射しが眩しい。
(そろそろ戻らないとうるさくなりそうだな)
俺は起き上がると、自分の後ろにある木を見上げる。
良い環境内で育てられてるおかげか、これは余裕で5メートルぐらいはあるんじゃないか?
「結構高いんだなっと」
一番近い枝に目掛けてジャンプして掴む。
そして、そのまま逆上がりして、更に上の枝へと飛び移る。
これを繰り返し、難なく目的の所まで登り着いたな。
さて、お困りの子猫ちゃんはどこだ……。
――にゃあ、にゃあ。
お、いたいた。
毛並みが揃っている白い猫が枝にしがみ付いたまま動こうとしていない。
まあ、おそらく登ったまでは良いけど、下りられなくなったっていう。……例のお決まりだな。
(あいつは、この子を助ける為に登ってたんだな……)
「さあ、おいで」
にゃぁん……。
声には反応してるが、ピクリとも動いてくれないからしょうがない。
「何もしねえから、大人しくな。よし……そのまま暴れるなよっと」
俺はそっと近付き、猫を両手で持ち上げて、木から飛び降りる。
――今度は無事に着地成功だ。