この冷たさをなんとかしてくれっ 5
「――というわけだ。テストは合格。入部おめでとさん」
俺は女子生徒に近付いて、小さな肩にぽんと手を置いた。
その瞬間だ。
「っ!?」
バッ!
一瞬だった。
少女は目にも止まらぬ速さで俺の手を弾き、飛び退いた。
「え?」
俺は皆の顔を窺う。亜理紗と遥先輩も突然の事に驚いた表情。ましろは……笑っている。
っていつまで笑ってるんだお前は。まあいい、ほっとこう。
「……お、男の、人」
今まさに俺の――男の存在を知ったかの様にたじろぎ、エメラルドみたいな瞳で俺を凝視する。その目は少々泳いでいた。
いきなり触ったから驚いているのか? それとも……。
(これまたややこしくなりそうな予感がする)
俺はため息を吐くなり、頭を掻いた。
――俺と微妙な距離を空けている少女は、青空のように澄んでいる水色のショート。華奢な体つき……とはいっても、ましろより出る所は出ている。
若干だが、背も高い。
全体的に言うと、ましろ以上亜理紗未満、ってところか。
「驚かせて悪かった。俺はこの『何でもお助け部』の部長をやらされている、桐咲悠里だ」
「この人が部長……。わたしはてっきり……」
「ん? なんだって?」
「い、いえ、何でもありません。――わたしは、1年の夜桜梨多です。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をする少女。梨多は――ましろと同じく無改造の制服に胸元には緑のリボン。これといって変なところは一切ない。
正直最初の反応には驚いたが、この中でもマシな子だろう。
と、俺は安堵のようなため息を零す。
頭を上げた梨多は、また俺を……細かく言えば俺の左肩辺りを凝視していた。
どうやら、こいつに気が付いたらしい。
「その猫……」
「ああ、こいつか? 木から降りれなさそうにしてたから降ろしてやったんだ。そしたら懐かれちゃってな」
説明してやると、今度は俺の顔を見やる。気のせいか視線が冷たく感じるぞ。
あれだ。俺みたいな奴には普通懐きはしないだろとか思ってるんだろうな。――前に言われたことあるし。
(どうせ、誰も近寄りたがらない顔してますよ)
俺は肩をすくめてみせた。
「……いえ、その子。とても先輩に懐いているようですよ。懐く……というよりも、これは好意を持ってる?」
俺は肩に乗っている白猫を見る。
懐く以上、好意を持っている? 俺にはただ普通に制服にしがみ付いてるようにしか見えないんだけどな。
――ていうか待て。俺、思ったことを口に出したか? ……まあいいか。
「よくわかるな。そんなこと」
「先輩の肩にじっと動かないでいるから、もしかしたらという推測です。あと……動物には少々詳しいので」
へえ、と頷くなり俺は亜理紗達にも白猫を見せる。
女子は皆、小動物――可愛いものに目がないってのは本当だな。
遥先輩はいつもふわっとした顔がニッコリと笑う、気に入ったって感じだ。
「触っても、いいのかの?」
亜理紗は翡翠の瞳を若干ながら輝かせている。「いいと思うぞ」と俺は白猫を近付かせた。
だけど、そいつは亜理紗の手が触れそうになった瞬間、俊敏な動きで俺の頭へとよじ登る。
てか、いてててっ!? こいつ、爪立てた状態で登りやがったな。まだ成長しきれてない爪だから良いけど、爪は立てるなお願い。
「……う~」
猫に避けられた亜理紗は寂しそうな顔をして呻く。……おい、そんな上目使いされても俺は困る。そんな猫好きだったのか、お前。
まったく、どっちが小動物なんだかな。
「もしかするなら、ただシャイなだけって事もあるし。あとは考えたくねえが、親的存在だと思われてるのかもな」
「無きにしも非ず。ですね。――それより、気になることが……」
梨多は真っ直ぐに俺を見る。その目はさきほどの冷たい目とは少々違うが、怪しんでるのは変わらない。
なんだなんだ? 俺、何か悪い事したか?
「その子、どこの木にいたんですか?」
「ああ、〝裏庭〟の真ん中に立ってたとこの……」
(……あ、しまった!)
俺は自分の失態に後悔した。
「それじゃあ、女の人がいませんでしたか? 丁度、先輩と同じ制服を着ていた人なんですが」
(やっぱそれ聞くかー)
俺は心の中で頭を抱えた。予想通りの質問だ。とてつもなく答え辛い、というか答えられねえ。
――しようがない、何とか誤魔化すとしよう。
正直、嘘を吐くなんて事したくはないけど。この場合は本当しょうがない。