プロローグ
ブログから転載。
俺の平穏な生活はことごとく壊れた。
――いや、壊された。たった一人によって。
△
それは春の入学式も終わり、ピッカピカの1年生達がそろそろこの『私立真上学園』にも慣れてきた初夏。
晴れて俺も2年生という、ちょっと調子に乗り掛ける頃合だ。
可愛い後輩を持つというと、それはもう嬉しがる奴もいるだろう。嫌がる奴もいるだろう。
ちなみに俺はどちらにも属さない。故に一人で平和に過ごすのが好きだからな。
だから、前の学校ではずっと帰宅部。面倒事は大の苦手。
助け合いなんてもってのほか、委員会だって入った事はない。
この学校でもそうだ。俺は何も入らない、それは歪まない――はずだった。
放課後、他の皆が部活なり下校なりして、空いた教室。
俺は授業で疲れたんで、疲労が回復するまで自分の席でじっと座っていた。
「ねえ、アンタ。今のところ何も部活に入ってないのよね?」
そこへ、セミロングの金髪(この学校は頭髪を気にしない)を手で分けつつ、右から突然問いかけてくるこいつは――神崎ましろ。ソプラノの中でも微妙に低いトーンの声が特徴。
付け足すと、一応俺の幼馴染だ。
「ああ、入ってないけど?」
俺はましろの方へと振り向きながら答える。
その言葉を待っていたとばかりのそいつは、長いまつげの瞼を見開き、海の様に鮮やかな青い瞳を陽気に輝かせていた。
まるで、こいつの性格をそのまま映すかのように。
俺はその時、後悔する。疲れててもすぐに帰れば良かった。とか、もう少し違う答えを出すべきだったと……。
「じゃあ、この……」
「俺は部活なんかに入る気はない。他を当たってくれ」
言葉を言い切る前より先に断っておいた。
「まだ何も言ってないじゃない」
むすっとした顔で俺を睨む。そんな目をしても俺は動じないぞ。
「いや、今の話の流れから大体は推測出来る。どうせ俺を部活に勧誘しようとしたんだろ?」
「そうよ、勧誘よ! 悪いの?」
こいつ、開き直りやがった……。
「ああ、悪いね。ったく、いつも面倒事を連れて来や――」
「あの時の写真」
俺の言葉を遮った一言。たったその一言で俺の運命は変わった。――最悪の方向へと。
ましろは右手にその物をひらひらと見せびらかす。
(何であんなもんをまだ持ってやがるんだ、こいつは!? 確かにあれはフィルムごと燃やしたはずだ! ……ちっ、そういうことか)
すっかり忘れていた。こいつは〝そういう事が〟出来るんだって事を……。
「ふふんっ、私の〝言葉〟に出来ない事はないわ!」
「相変わらず卑怯だよな、お前」
諦めた俺は肩をすくめながらため息を零す。
「卑怯で結構よ!」
ない胸を張ったところで、別に偉くはないから。
「……そんなんだから、いつまでたっても彼氏が出来ないんだぞ?」
「そ、そんな事アンタには、か、かか、関係ないでしょ!?」
ましろは顔を赤く染めながら、テンパったように両手を左右にぶんぶん振る。
(いや、結構関係あるんだよな、これが)
早く彼氏作って、俺をこの理不尽な仕打ちから守って貰いたいからね。――彼氏さんに。
大人しくしていれば、こいつは幼馴染の俺から見てもとても可愛い。
だから、あとはあの性格をどうにかすれば、どれだけの男が振り向くか……。
「弄られ続けてる幼馴染としては結構重要な事なんだけど」
「ああ、はいはい。もうその話はお終い! はい、終了!」
それにしても、勧誘するだけならお得意の言葉を使えばいいのに。
……ああ、そっか。それはモノにしか出来ないもんな。
「で? 俺はどうしろと?」
「私の部に入りなさい!」
――やっぱり部活関連か。
「……ちなみに何部?」
「――『何でもお助け部』よ!」
「あ、すみません。帰ります」
机の横に提げている自分の鞄を取り、俺はドアへと向かう。
「この部はね……って! ちょっと待ちなさいよ!?」
待てと言われて待つ奴はいない。
(なんだよ『何でもお助け部』って。そんなうさんくさい所なんか入れるか!)
俺はドアを開けようと手を伸ばした。
「――〝施錠〟(ロック)」
ガチャン!
あれ? 開かない。おかしいな、教室のドアに鍵なんて付いてないはずだぞ?
「……これで逃げられない」
その場が一瞬にして凍るかのような冷たく低い。そんな呟く声が聴こえたのは俺の後ろからだった。