そよ風
春。
日差しはうららかで、人々の評定さえも穏やかに見える。
そんなある日の事、俺……日迎透は、いつもは通りもしない道を歩いていた。
大学に通う様になってから1年が経過し、少しは新しい生活にも慣れてきたので、たまにはと思い普段使う道とは違う道を通ってみたのだが……
「迷った」
時間には余裕を持たせて家を出たと言うのに、もはや講義には間に合わない時間だ。
俺に与えられた選択肢は三つ。
一・遅れてもいいから講義に向かう。
二・このまま帰る。
三・このままどこかに遊びに行く。
一を選んだ場合は、このまま道に迷いながら進むか、一度引き返すかの選択肢が新たに現れる。
……いや、むしろ選ぶ気はない。
つーわけで、二か三だな……
さて、どうしたもんか……
「あの」
うーん。このまま帰っても、特にする事ないしなぁ。
「すいません……」
かといって、そんなに遊び回る程金があるわけでもないし……
「すいません!」
「うわっ!?」
急に耳元で叫ばれ、俺は思わず飛びのいた。
「あー、びっくりした……って、何かようですか?」
声をかけてきたのは、長い黒髪が印象的な美人系のお姉さん。
つーか、あんた誰よ?
「ごめんなさい。声をかけても、反応がなかったもので……」
「いや、まあそれはいいですけど……で、何か?」
「はい。えっと、道を尋ねたいんですけど……」
道を尋ねたい? そりゃあこっちの台詞だ。
「ごめんなさい。俺、道に迷ってるんです」
正直に話す俺。うーん……俺って恥知らず?
「え!?」
何だ、その「え!?」って言うのは……
俺を愚弄する気か? ああ、俺はバカさ。
「あなたもですか……?」
「あなたも? って、まさか……」
「えっと、そのまさかです……」
顔を真っ赤に染め、俯く。
うーん。まさか、こんな偶然があろうとは……
もしかして、この辺って遭難者多し?
「とりあえず、駅方面で良ければ何とかなりますけど?」
「あ、本当ですか?」
「まあ。自分が来た方向くらいなら覚えてるんで」
「そうですか……凄いですね」
いや、凄くないだろ……
「それじゃあ、行きましょうか?」
「ええ。お願いします」
と、頭を下げる。ふむ。行儀の良い人だ。
「あ、俺透って言います。日迎透」
「私は、秋村由乃です」
お互いに自己紹介をし、改めて歩き出す。
駅までの十数分。俺と秋村さんは他愛もない世間話に花を咲かせた。
駅に着いて、俺達は別れる。秋村さんはしきりに俺にお礼を言ってきたが、大した事はしてないので特に気にしないでもらう。
俺自身、ここに戻ってくる必要はあったわけだしな。
……何て言うか、一過性の風みたいな人だったな……
ただ、その風には勢いはなくて、暖かなものだったけど……
そう、たとえるならまるで……
そよ風みたいな人だった……