思えば、あの頃は……
「そう言えば、粕賀来てねーな」
粕賀。その名前を聞いたとたん、私の鼓動は高く波打った。
粕賀祐樹。私の初恋の相手で、一昨年までの恋人。
「そのうち来るだろ?」
「そーだな」
と、その話を打ち切ってその場を離れていく数人の元クラスメート。
今は中学3年の時の同窓会。
私達は今年二十歳を迎えて、来年の頭には成人式が待っている。
そんな身分の男女役30人が、こうして昔を懐かしんで集まってきている。ほぼクラスの全員が参加。
ただ、私情で遅れている人間が何人かいるだけ。
祐樹も、その中の一人らしい。
残念な気持ちと、安堵感が半分ずつくらい。
会いたい。会って話したい。
そう思って、私はここに来た。
でも、会うのが怖い。そうも思っていた。
それでも来たのは、やっぱりもう一度会いたかったし、単純に昔の友達に会いたいって気持ちもあったから。
でも……
やっぱり、いざとなると気後れしちゃう。
あー!
私ってば臆病者!
なんて自分を罵ってると、背後から声をかけられた。
「野乃原」
「はひっ!?」
突然の事で、思わず変な声をあげてしまった。
うぅぅ。恥ずかしい……
「おいおい。そんなに驚くなよ……」
そんな事言われても、考え事してる時に、いきなり後ろから肩を叩かれたら……
って、この声は……
おそるおそる、私は振り返る。
ああ、やっぱり……
「祐樹」
「おぅ。久し振りだな」
「う、うん。久し振り」
何だか、凄く普通……拍子抜けするくらいに……
「元気だったか?」
「まあ、ね。祐樹は?」
努めて明るく、普通に会話を続ける。
あ、もしかして……祐樹も、演技なのかも。そんな考えがふと思い浮かんだけど、すぐにかき消す。
そんなわけ、ないもの……
「元気だったぞ。まあ、それだけが取り得みたいなもんだし」
と、笑って見せる祐樹。
そう。この笑顔……
この笑顔が、私の好きな……
って、未練たっぷり……
自分が、イヤになってくる。
「ねぇ、祐樹」
「ん?」
私の雰囲気が変わった事に気がついたのか、祐樹も真剣な顔つきに変わる。
「彼女と、うまくいってるの?」
そう。祐樹は、他に好きな人が出来たから。と、私を振った。そりゃあもう、豪快に……
確かに、祐樹に告白したのは私だし、祐樹が本当に私の事を好きでいてくれたのかはわからない。でも、少なくとも表面上は私に応えてくれた。
ただ、それ以上に好きな人が出来てしまった。それだけの事……
『ごめんな』
あの時の祐樹の言葉が蘇る。
ごめんな。その一言がとても重くて、ああ、この人の心は私の届かない所に行っちゃったんだな。って、痛感した……
だから、私は一晩泣き明かしたんだ。
「うまく、いってるよ」
「そっか」
極力平静を装って、私はそう言った。
それは、ある種の決意。
「もしうまくいってない様だったら、私と寄り戻そう。って誘うつもりだったのに」
と、苦笑する。
それは作った笑いだったけど、きっと祐樹には届いていないはず。
そんな些細な心の変化に気付ける程、祐樹は敏感じゃない。
「何言ってるんだよ……ま、元気そうで何よりだよ」
「うん」
「よし! 遅れた分を取り返さないとな! つーわけで、俺は飯を食う。んじゃ、また後で!」
そう言ったそばから、祐樹は早歩きで料理に向かって行った。
ホント、変わらないな……
中学2年の夏に恋をして、中学3年の冬。卒業式の日から付き合い始めて……
高校3年間。ずっと一緒にいたみたいなもの。ずっと、一緒にいられると思ってたのに……
今は、そばにいる事すら出来ない。
思い出は、所詮思い出。
祐樹にとって、それは過去でしかない。
たとえそれが、私にとってかけがえのない宝物でも……
たとえそれが、私にとって今も続いている想いだったとしても……
私の想いは、祐樹には届かない……
永遠を信じられたあの頃。
私は、恋をしていた……
今は永遠なんてないって知ってしまったけど、それでも恋は続いている。
あの頃は叶った恋だけど、今はもう叶わない。
私は一人で、会場の外に出る。
夕方頃から始まった同窓会も、今は落ち着いてきている。
それでも、外はもっと静かだ。
外気の冷たさが心地良い。
私は、無言で夜空を見上げる。
そっと瞳を閉じた。
それでも……
まぶたの隙間から零れた涙が、そっと頬を伝った……