消えた想い
「あ、あの……」
「?」
「好きです! 付き合って下さい!」
そんな風に告白されたのは、いつの事だっただろう?
それは初めての出来事で、物凄く驚いた記憶はある。だけど、正確に〝いつ〟とは覚えていない……
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「ねぇ、徹」
「ん?」
恋人という関係から、ほんの少しだけ前に進んだ相手――綾香から名前を呼ばれて、俺は首だけで振り返った。
2LK風呂トイレ付き。そんな俺たちの部屋。狭いけどリビングとして機能している場所で、テレビを見ていた時の事だ。
「あたしたちが付き合い始めた頃の事って、覚えてる?」
「ん~。まあ、何となくは」
「なによ、それ?」
俺の返答に、苦笑を浮かべる綾香。
ちょっとだけむくれたみたいだけど、別に気にする程でもない。綾香はサバサバした性格だから。
「どうしたんだ? 突然」
「ちょっと、昔の事を思い出しちゃって」
「ふーん。ところで、綾香はちゃんと覚えてるのか?」
「当たり前じゃない。あの頃は、あたしにとって人生で最高の思い出ベスト3には入るんだから」
「ベスト3って……それなら、後の2つは?」
「それは内緒」
何だよ、ソレ。そう呟く俺を見て、クスクスと微かに浮かべていた笑みを深める綾香。次第に、割と本気の笑いに変わっていく。
「おい。笑いすぎだぞ。何がそんなにおかしいんだよ?」
「だって、徹ってば本当に何にも覚えてないんだもの」
どういう事だ? ハッキリと――というわけではないけど、俺は覚えてるのに……
何を言ってるんだ?
「わからないの?」
「だから、何が?」
質問を質問で返した。それは、本当に綾香の言葉の意味を理解できなかったから。だけど、綾香は急に真顔になり、俺をじっと見据える。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。普段なら、苦痛に感じる事なんてないハズなのに――今はこんなにも、沈黙が苦しい。
「だって、あたしたち――付き合ってなんていないじゃない」
その言葉を聞いた刹那、何かが割れる音がした。それは現実ではなく、俺の心の中で……
「何を、言ってるんだよ……?」
否定して欲しい。今のは冗談だって、そう言って欲しかった。だけど――
俺は、気付いていた。いや――思い出してしまったんだ。
「だって――あなたを好きだった、そしてあなたが好きだった〝綾香〟は、もうこの世にはいないんだから」
その言葉を聞いた瞬間に、俺の意識は、飛んだ……
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「ごめん、ね……ありが、と……とお、る、くん……」
そんな声を聞いた。
掠れて消えそうで、ただ弱々しい声。
聞き取るのがやっとで、でもとにかく否定したくて……
「大丈夫だから!」
無力な俺は、ただそう呟くしかなかった。
それは、突然の事故。初めて告白されて、OKして、初めてのデートに日だった。
待ち合わせ場所に遅れた俺。急いで向かったその場所に待っていたのは、居眠り運転のトラックに轢かれた、綾香の姿だった……
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ああ、夢を見ていたんだな。
ゆっくりと開いた目。その先に見える見慣れた天井。自分の部屋だ。ゆっくりと覚醒していく意識の中、俺は今まで夢を見ていたんだと自覚した。
叶う事のない未来。もしかしたら、そうなっていたかもしれない未来。
だけど――
頬を、涙が伝った。
自然と、涙が流れていた。
日が経つにつれ、忘れるどころか、俺の中で綾香の存在は大きなモノに変わっていった。
だからかな、あんな夢を見たのは……
記憶にはない綾香の言葉、態度にどこか恐怖を覚えながらも、俺は起き上がった。
これからも、俺は生きていく。綾香のいない世界で。
たまにこうして、悪夢にうなされながらも……
それが、俺の日常なのだろう。