赤い箱
目を覚ませば、そこは知らない部屋だった。
見たこともない天井。身を起こして見回せば、見覚えのない家具が並んでいる。
「――――」
声を出そうとした。
だけど、出ない。
喉を振るわせようとして、なぜか力んでしまう。
ほんの少しの努力。だけど、直ぐに諦めた。
別に声を出さなきゃいけないわけじゃない。それに、出したいわけでもない。勿論、ずっとこのままじゃ困るけど。
もう一度部屋を見回す。部屋の隅にあるベッド。それが、今自分がいる場所。
部屋に窓はない。ただただ白を強調した様な真っ白い壁。目を凝らして探せば染みや汚れも見つかるのかもしれないが、別にそこまでする必要はないからしない。ただ、白過ぎて少し目が痛い。
並んでいる――そう表現したものの、大した数の家具があるわけじゃない。
自分のいるベッド。茶色の木製箪笥。そして――
赤い、ただ紅い――
バスケットボールくらいの大きさの四角い箱。
部屋のほぼ中心に、その箱は置かれている。
家具というわけではないが、その箱がやけに気に掛かる。
何の為にあるのか……
いや、一体その箱が何なのか……
箱なのだから、中に何かが入っているのかもしれない。でも、何も入っていないかもしれない。
とにかく、気に掛かった。
だけど――
近づけない。
その箱に近付く事に、恐怖を感じる。
さっきまで動かせる事が当たり前だったはずの自分の身体が、すくんで動かせない。
その恐怖はじょじょに大きく膨れ上がり、ガタガタと身体が震えてしまう。
「何を恐れているの?」
「!?」
突然聞こえた声。
柔らかい、女性の声――
さっきまで、この部屋には自分以外誰もいなかった。扉が開かれた――違う。そもそも、この部屋に扉がない。なら。この声は一体……
そもそも、自分がどうやってこの部屋に入ったのかがわからない。窓も扉もない密室空間。この部屋は、何なんだ――?
「何を考えているの?」
今度は、違う質問がきた。
声は聞こえるのに、姿は視えない。
本来なら、その声にも恐怖を覚えそうなものだが――
その声を聞いていると、なぜか心が落ち着く。
「答えてくれないの?」
違う。
答えたくても、答えられないのだ。
「声が出ない?」
そう。声が出ない。
「なら、思ってくれればいい。だって、こうして会話出来ているでしょう?」
そう言われてみれば、その通りだ。こっちの思考が伝わる様に、質問が投げかけられてきている。
でもそれなら、何を考えているのかなんて、聞く必要はない気がする。
「だって、これは――」
これは、何?
「ただの、自問だから」
自問? 何を言っているの?
「自分の心に、自分で問いかけている。ただ、それだけの行為だから」
「…………」
「ここは、私の心中――あなたは、私の心」
その言葉に、妙に納得してしまう。
自分の声を聞いて、不安になるわけがない。
そして、この非現実的な空間。
でも――
それなら、あの赤い箱は……?
「――忘れたの?」
ソレは、私達の記憶でしょう?
忘れてはいけない。
決して消えない罪。
そして、傷……
ああ――
自らを傷つけた、私の罪。
ずっと、心に残っている恐怖。
それが、赤い箱なんだ。
「さあ、起きて。もう、罪を償う時よ」
その先に何が待っているのかはわからない。
だけど――
起きよう。
全ては、それから始まる。
私の、贖罪の日々が……