サヨナラなんて聞きたくなかった-後編-
「おじゃましまーす」
「おぅ」
初めて上がる慎也の家。緊張しないわけがなくて、さっきから胸の高鳴りが止まらない。
それでも、必死で平静を装う。変に好奇心を出して、嫌われたくないから……
「俺の部屋、2階だから」
玄関を上がって直ぐ左に、階段がある。
2階に部屋があると言っておきながら、慎也は廊下を真っ直ぐに進もうとする。
「先に上に行っててくれ。飲み物持って行くからさ。ああ――階段上がって直ぐ左にあるのが、俺の部屋だから」
そういう事か。
納得して、私は「うん」と頷いた。
多分、この先にはキッチンがあるんだろうな。
そんな無意味な予想を立てながら、私は階段を昇る。
階段を昇りきると、確かに左側に部屋があった。ドアは閉じられている為、中の様子はわからない。
「開けて、いいんだよね?」
自問しつつ、おそるおそるドアを開ける。
「――――」
これが、慎也の部屋かぁ。
部屋に入った私は、思わずきょろきょろと部屋を見回す。
一言で言うなら、普通の部屋。意外と片付いているのが、何となくおかしく思えた。
「お待たせ」
突然の慎也の声に、驚いて振り返った。
当たり前だけど、そこには慎也がいて、両手で飲み物とお菓子を乗せたトレーを持っている。
慎也の向こう側には、空いているドア。
そう言えば、ドア閉めてなかったっけ……
「ドア開けといてくれて助かったよ」
「そう? まあ、閉め忘れただけなんだけどね」
「だと思ったよ」
慎也の言葉で、一瞬沈黙が生まれた。でも、それは直ぐにお互いの苦笑で消される。
「まあ、その辺に座ってくれ」
「うん」
頷いて、私は窓際にあるイスに座った。
慎也は折りたたみ式のイスを取り出し、私の向かいに座った。
それから、しばらくとりとめのない話をして――
それだけで、私はすごく楽しかった。ささやかかもしれないけど、幸せだとさえ思えた。それなのに――
「なあ、美穂」
「なに?」
それは、あまりにも普段と変わらない口調だった為、ごく普通に聞き返した。
「別れよう」
「え?」
信じられなかった。
普段と同じ会話から、いきなりそんな言葉を聞く事になるんて……
「何で? いきなり、何言ってるの?」
「…………」
「私、何か気に障る様な事した?」
「……してないよ」
「じゃあ、何で!?」
わけがわからない。
何で、よりにもよって今日なの?
今日は、付き合い始めて半年の記念日なのに――
「俺、引っ越すんだ」
「え?」
「親の転勤で、海外に行く事になった」
何を言っているの……?
慎也、私にわかる様に言って――
「俺一人ここに残るわけにもいかないんだ。もちろん、美穂を連れていけるわけもないし……」
「いつ、帰ってこれるの?」
「わからない。少なくとも、10年はかかるらしい。だから――俺の事は、忘れた方が良い」
どうして?
どうして、忘れろなんて言うの?
「私、待ってるよ? いつまでだって、慎也の事――」
「ダメだ。10年だぞ? 俺なんかのせいで、美穂の10年を無駄にさせるわけにはいかない。それに――」
それに、何?
「俺が、耐えられないんだよ」
「――――」
もう、何も言えなかった。
私じゃあ、慎也の気持ちを繋ぎとめておく事が出来ないんだと。そう、確信してしまった。
「わかった」
「…………」
「でも、私は忘れないから」
「え?」
「じゃあ、またねっ」
慎也の返事も聞かずに、私は部屋を飛び出した。
これ以上、辛い言葉は聞きたくなかったから……
○――――――――――――――――――――○
それから1週間後、慎也は言葉の通り引っ越していった。
あの日からの1週間、慎也とはあまり話さなかった。話しても、日常会話程度。
だけど、それで良いと思った。私は、十分に慎也との思い出を持っているから。
「慎也」
その名前を呟く。
放課後、一人残った教室で……
貴方は私の元から去っていってしまったけど、私は忘れない。
この別れは、一時的なものだと信じているから。
「待ってるよ」
遠く、海の向こうにいる慎也に向かって――
私は、小さく呟いた。