記憶の残骸
こうして空を見上げていると、あの日の事を思い出す――
美佳と二人で、楽しく、幸せに過ごした、あの夏の日を……
○――――――――――――――――――――○
「悠一」
「ん?」
名前を呼ばれた俺は、うとうととしていた頭を振り、一瞬で目を覚ます。
机に突っ伏していたせいか、おでこが少し痛い。
「悠一」
もう一度名前を呼ばれ、半ばぼぉ~っとしていた意識を完全に覚醒させて、声のした背後に振り返った。
そこには、良く見慣れた少女が一人いた。
その少女の名前は、小木目 美佳。俺――賀川 悠一の幼馴染みであり――彼女でもある。
「どうした?」
「どうした? じゃないわよ。何度呼んでも起きないんだもん」
「んな事言われてもなぁ。って、今何時だ?」
一抹の不安に駆られ、俺は教室内の時計を見る。
「おお! もうこんな時間か!」
今の時刻は4時半。美佳とは4時に一緒に帰る約束をしていた。
美佳が職員室に用事があるから。という事で、俺は教室で待ってる事にしたんだ。なのに……
「気がついたら寝てたみたいだな」
「っていうか寝てたじゃない」
「おぅ」
「おぅ。って……悠一、あたしを怒らせたいの?」
「そんなわけないだろ。悪かったよ。ごめんな」
頬を膨らませる美佳をなだめる為に、そう言いながら美佳の頭を撫でてやる。
いつも、こうすると喜ぶんだよな。
「ちょっと、そんなんじゃはぐらかされないんだからねっ」
そう言う美佳の表情は、どこか嬉しそうだ。
「もう美佳の用事はいいのか?」
「終わったからこっちに来たんじゃない」
「それもそうだな」
俺は頷いて、美佳を促す。
「それじゃあ、帰るか」
「うんっ」
――それは、ある日の風景。
いつも通り。そう思っていた、美佳と俺との会話。
それなのに……
○――――――――――――――――――――○
あの日の夜。美佳は、その命に幕を降ろした。
いや――降ろされた。と言うべきだろう。
夜遅くに、小木目家に忍び込んだ強盗。
たまたま、目を覚ましたらしい美佳。
二人が遭遇し、大声をあげる美佳。
しかし、それを良しとしない強盗。
美佳の口へと伸びる強盗の手。
そして、美佳の胸へと突き刺さるナイフ。
ありありと、その光景が目に浮かぶ。
実際に、それを見たわけではないけど……
それでも、わかる。
その時の、美佳の表情、仕草の一つ一つが――俺の脳裏に、はっきりと浮かび上がるんだ。
あの夏の日の夜。
もう、2年も前の夜。
今でも俺は、覚えている。
幸せだった、あの頃を。