ふと見上げた空
電車が通り過ぎる音。
車の走る音。
人々の歩く音。
数多の〝音〟を聞きながら、私はその場に立ち止まった。
多くの人々が行き交う街の只中。私は、不用意にも立ち止まったのだ。
人々は私の事を不思議に思い――或いは、邪魔者と思いながら通り過ぎていく。
彼らは私の事を何も知らない。私も、彼らの事など知りもしない。
だと言うのにも関わらず、彼らを私は同じ〝人〟というモノに分類される。それが〝種〟と呼ばれるものなのだから、それをどうこう考えても仕方のない事だ。それでも、こうして時折無駄の思索を繰り返す。
それが、〝私〟という人間だ。
その事実を、彼らは知らない。
否――もしかしたら、こうして立ち止まる私を何度も見た者もいるのかもしれない。むしろ、その可能性が高く思える。
いつも同じ場所、というわけではないが、こうして突然立ち止まる人間など、そうはいないのだろうから。一度でも見れば、記憶にも残るだろう。二度も見れば、顔も覚えるかもしれない。
私はこうして今一人でいるが、もしかしたら本当の意味で〝独り〟ではないのかもしれない。
ふと、空を見上げた。
――青く澄んでいる空。白い雲。街を照らす太陽。
私は虚空を見つめていたが、ゆっくりと瞼を閉じる。
そこには、暗闇がある。否、暗闇とは呼びきれない視界。太陽の日差しが明るさを与える、妙な世界。
そんな世界に、私は生きている。
閉じていた瞼を開け、上げていた顔を元に戻す。
目に入ってきたのは、行き交う人々。街の風景。そして、いつの間にか〝聞く〟事を忘れていた〝音〟の数々――
私は、それ以上何かを考えない様にして、再び歩き出した。
どこに行くのか――それは、ここに来る前からわかっている。だから、私は迷わない。
それが日常。
ああ――
おかしくも当たり前な、私の日常なのだ……