夏という季節
ミーンミーンミーン
いつまでも鳴き止まない、煩い蝉の声。
ああ。今が夏だと、それを痛感させられる。
別に、それが嫌というわけじゃない。
ただ、夏なんだと思うだけ。
「暑い」
どこからか、そんな声が聴こえる。それが自分の声なんだと認識するのに、何故か十数秒かかった。
暑さのせいで意識が朦朧としているのかもしれない。
それに、周囲の人間も同じ様に「暑い」と呟いているハズだ。
周囲の人間?
自分の言葉に、疑問を覚える。そこで、今自分がどこにいるのかを思い出した。否、再認識したと言うべきか。
今自分がいるのは、真昼間の街中だ。サラリーマン達が営業の為に闊歩し、主婦が買い物の為に出歩く。学校はどうした? そう聞きたくなるくらい、学生らしき若者達も歩き回っている。
彼らが何を求め、何をしているのかわからない。
そもそも、自分は何故こんな所にいるのだろうか?
そもそも、自分は一体何なのだろうか――?
目の前にある信号が変わる。赤から青になったそれは、盲目者を導く為の誘導音を響かせる。
ああ。ここは街だ。
人間の暮らす、賑やかな街だ。
何かが自分を狂わせる。
それは夏の狂気。熱気という、ヒトから生きる気力を奪う凶器。
ああ――
自分は一体何をしているのだろうか?
仕事?
違う気がする。むしろ、自分は本当にこの場所にいるのだろうか? そんな疑問さえ覚えてしまう。
ミーンミーンミーン
蝉の声が聴こえる。
こんな都会の海の中、どうしてこんなにも元気良く鳴いていられるのだろうか?
そもそも、彼らはこの熱気にやられないのだろうか?
〝暑い〟とは、感じないのだろうか――?
これが〝現実〟だとは認識できない。
まるで白昼夢を見ている様だ。
世界は回る。
だけど、自分は何も変わらない――
ああ。暑い……
「そう、暑いんだ」
それは自分の声だ。間違いない。聞き慣れた、間違えようもない自分の声。
なら、自分はここにいるんだろう。この狂気に包まれた世界に、今も生きているんだろう。
ああ、夏なんだな。
なぜかまた、そう思った。
今はもう、蝉の鳴き声は聴こえない。信号の音も止んでいる。
否――
全ての音が、ただの喧騒となっているだけだ。
全ての音は唯一にして、全――
そろそろ活動を再開しよう。
こんな夏の狂気で、〝死ぬ〟事はないのだから。
ああ、今は夏なんだな。
覚醒する意識の中、そんな事を思った……