ある未来の一節~例えば思い起こすのは過去の想い~
「何でだろうねぇ」
大学のキャンパス。学生達が憩う為に作られたラウンジの席に陣取りつつ、私……豊笠めぐみはそんな言葉を漏らした。
目の前には、大学に入ってからの友達、春日聖が座っている。
「何でだろうねぇ」
反応がなかったので、もう一度言ってみる。
「何が?」
少し面倒そうに、聖はそう聞き返してきた。
って、それを期待してたんだけどね。聖もそれが分かってるから、面倒臭そうにしてるんだろうけど。
「人の気持ちってヤツが、私には良くわからないのですよ」
「人の気持ち? またずいぶんと大雑把ね……」
「うーん……想いって言うか……ぶっちゃけた話、〝恋心〟ってヤツ」
そう。私には昔、好きな人がいた。
誰よりも、何よりも好きで……でも、それは届かない想い。それはわかっていた。届かない事も、伝わらない事も……
違う。伝えられない事も、許されない事も……
その全てを、私は理解していた。
「だから、諦められたんだと思ってた」
でも……今となっては、そうじゃなかった気がする。
「どういう事?」
急に「だから」などと言ったからか、聖は首を傾げている。無理もないか。
「私さ、好きな人がいたんだ」
「そうだったの?」
と、意外そうな顔をする聖。
失礼な人ですね……
「あ、ごめん。何か、めぐみってそういうのに興味なさそうだから」
顔に不機嫌が出てたのか、聖が頭を下げた。
私は首を横に振る。怒ってないよ。の意味だ。
「確かに、今は興味ないからね」
まあ、仕方ない事だ。
「それで、人の気持ちがわからないっていうのは?」
「結論を言うと、どうしてあんなに好きだったのかが分からないワケよ。つまるところ、自分の感情の変化が理解出来ないって事」
私のそんな言葉に、聖は呆気に取られた様な表情を浮かべる。
「聖は、好きな人いるんだよね?」
確か、後輩云々って話を聞いた事がある。
「まあね」
「一時の気の迷いとか、その想いは幻なんじゃないかって、思った事ない?」
「ないわよ」
即答された。
どうして、そう断言できるんだろう?
「私は、ずっとこの気持ちを変わらずに持ち続けてるからね」
「でも、それが本当にいつまでも続くものとは限らないでしょ?」
「……そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。少なくとも、今の気持ちは嘘なんかじゃないし、幻なんかだとも思わない。それに……」
「それに?」
「結果が分からないのなら、良い方に考えてた方が、楽しいと思わない?」
「……そう、かもね」
うん。そうかもしれない。
確かに、嫌な方向にばかり考えるよりは、良い方向に考えてた方が良い。
その方が楽しいし、未来に期待が持てる。
「何かを恐れてたら、前には進めないわよ?」
聖の言葉が、胸の奥深くに突き刺さった。
ナニカヲオソレテイタラ、マエニハススメナイ。
私は、何かを恐れているんだろうか?
失恋……?
自分の想いが、相手に届かない事……
あの時は、勉強に打ち込む事で、気を紛らわしていた。
だから、こうして今学力の高い大学に籍を置けている。
それは自分で選んできた道だけど……
どこかで、後悔してるのかもしれない。
もし、あの時気持ちを伝えていたら……
今とは違った未来になっていたに違いない。
それでも、過去を変えられるハズはないし、変えたいとも今は思わない。
自分の選択を悔やみたくはないし、今こうして聖と出会えて、こうして大学生活を送っていられるのは、あの時の選択のおかげだから。
伝えられなかった想いは、後悔があるかもしれない。
でも、今の生活は楽しいし、この生活そのものを後悔の固まりにはしたくない。
だから、少しだけ考え方を変えてみようと思う。
あの時の気持ちは、きっと嘘なんかじゃない。
吹っ切れたのは、それが幻だったからじゃなくて、こうして〝今〟があるから。
だから、過去の〝想い〟は、思い出にしてしまっておこう。
たまには、思い出すのもいいかもしれない。
「ねえ、聖」
「なに?」
「私の初恋の話、聞いてくれる?」
今日はお互い、次の講義まで1限分空くから、時間ならある。
「しょうがないなぁ。めぐみの思い出話に、付き合ってあげるとしますか」
しょうがない。とか言いつつ、ちょっと楽しそうだけど……
まあいいわ。
「あのね、私……」