sadness world-3-
〝この世界には、哀しみが満ちている……〟
真夏の真夜中。草木も眠る丑三つ時。
夜の暗闇に紛れるかの様に、黒いコートを纏った男がいた。
男は瞼を閉じており、微動だもしない。
「…………」
沈黙。
まるで、その場には誰も存在していないかの様な希薄さ。
男は、果たしてそこに本当に存在しているのだろうか……?
周囲に人の姿はなく、誰も男の存在に気付かない。
もしかしたら、男は本当にそこにいないのかもしれない。
いるのだとしても、誰もそれを知らないのならば、やはりそれはいないのと同じ事なのではないだろうか。
「今宵も」
やがて、男は小さく呟いた。
「今宵も、哀しみが舞い落ちる」
どこかで、儚い生命の輝きが失われた。
男は、それを感知する事が出来る。
世界に点在する哀しみを、男は全て知る事が出来る。
だが、男は涙を流す事はない。どんな哀しみに溺れようとも、男はただその事実を把握するだけ。
いつの時代も。
どの場所でも。
必ず訪れる哀しみ。
そこに生命がある限り、避けては通れぬ道……
「死して尚、この世に縛り付けられる者」
霊。
彼らの起こす怪奇が、哀しみを生む。
男は、ただそれを知るだけ。
何もしない。何も出来ない。
ただ、知るだけ……
男が何を思い、何を感じているのか……
それは誰にもわからない。
しかし、男は知る事を止めない。
そこにある哀しみを、いつでも受けとめている。
ただ、それだけ……
〝世界は哀しみに満ちている〟
だから、男は涙を流さない。
とうの昔に、枯らしてしまったから……