交差点~ある未来の一節~
「あーあ。どこかにいい男いないかなぁ」
それはどこにでも転がっている様な、日常のひとコマ。
三石里香は、いつもと同じ様にそんな言葉を漏らした。
「里香、相変わらず男運悪いんだ?」
「久し振りに会った友人に言うセリフかな、それ?」
高校時代の親友・皆瀬雪奈の言葉に、苦笑混じりに返す里香。
高校を卒業して、それぞれが違う道を歩んでいる。
里香はそのまま某企業に就職。今はOLとして働いている。
一方、雪奈は進学。服飾の専門学校である。
「そうねぇ……最近は、あんまり出会いそのものがないかなぁ」
「そうなの?」
「そうなの。大体、会社の連中はお相手がいらっしゃいますので」
それは嫌味を込めた口調。あくまでも、里香は同僚でしかない。そういう事なのだろう。
「まあ、一緒に飲みに行くくらいはするけどね」
「って、里香……まだ、19でしょう?」
「19も20も変わらないわよ。それに、あたし社会人だし」
「……はぁ」
「ちょっと。何深い溜息ついてんのよ……」
「別に」
呆れただけ。とはあえて言わず、雪奈は自分の頼んだ紅茶を口に運ぶ。
今自分がいる場所を再確認する。
駅前にある喫茶店。確か、名前はルポアール。どういう意味かは知らない。
なぜここにいるのか。それは、旧友である里香に、会いたいと言われたから。わざわざこうして出向いたと言うのに……
「だって、開口一番がアレじゃあね……そりゃあ、溜息だってつきたくもなるわよ」
「えっと……久し振り。わざわざごめんね」
「わざとらしい……」
「ゴメンナサイ」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。そして、どちらかともなく漏れてくる笑い声。それは初め苦笑混じりではあったが、じょじょに心の底からの笑い声になる。
「懐かしいね。このノリも」
「そうね。こんなノリ、里香としかやらないもの」
「あたしも。雪奈とだけだよ」
と、再び二人から漏れる微笑。それは正に微笑ましい光景と言えよう。
「それで、何か用でもあったの?」
「うぅん。ちょっと、会いたかっただけ。ダメだった?」
「別に構わないけど……今日は講義ないし。って言うか、里香会社は?」
「今日は仮病で休み」
「…………」
里香の返答に、思わず言葉を失う雪奈。
「仮病も立派な病気です」
「何言ってるのよ……」
「いいのいいの。たまには、さ」
「……まあ、私がとやかく言う事じゃないけど」
「そうそう。ところで雪奈?」
「なに?」
「富笠君とは、まだ続いてるの?」
「うん」
即答。昔なら色々と照れていたのだろうが、何の屈託もなく、のぼるとの仲を公言出来る様になっていた。
「成長したねぇ」
「? なにが?」
「いえいえ。こっちの話。それより、いいねぇ。雪奈は」
「恋人がいるから?」
「まあね。自分の事を想ってくれてる人がいるってのは、すごくいい事だと思うよ。というより、すごく羨ましい。っていうのが本音かな」
にゃはは。と、変な苦笑を浮かべる里香。
「うん……そうだね」
里香の前半の言葉に、真摯に頷く雪奈。おそらく、その事を身に染みて理解しているのだろう。
「どこかにいい男いないかなぁ」
「また言いますか……」
「また言いますよ。あ!」
「なに?」
「いい男発見! ほら、あの信号のところ!」
里香が興奮気味に指差しながら叫ぶ。雪奈はその先を追うが、スクランブル交差点に、多くの通行人が見えるだけ。里香が誰の事を指しているのか、さっぱりわからない。
「ダメねぇ、雪奈は。まあもっとも、雪奈は〝のぼる君〟だけいればいいんでしょうけど」
「ええ、そうですよ。私には、のぼる君がいればいいんです」
「……ホントに成長したねぇ。あたしゃ嬉しいよ。でもちょっと悲しいかも」
「なに言ってるのよ……」
「もう雪奈で遊べないと思うと……うるうる」
「怒るよ?」
「ゴメンナサイ」
雪奈の真剣な怒りに、直ぐに謝る里香。その辺は親友だった仲。多少疎遠になっていたとは言え、互いの性格を理解している。
余計な諍いは起こさない。
「さて、と……」
そう区切って、里香は席を立つ。
「出るの?」
「うん。あ、ここはあたしが持つからさ」
「え? いいよ、悪いし……」
「いいからいいから。ほら、雪奈は学生で、あたしは社会人。お茶代くらい、払わないとね」
「……うん。ありがとう」
「いえいえ。こっちこそ、わざわざありがとう。久し振りに会えて、楽しかった」
「うん」
二人は一緒に店を出て、軽く向き合う。
「それじゃあ、ホントに今日はありがとね」
「うぅん。こちらこそ、ごちそう様でした」
そう言って頭を下げる雪奈。
「いえいえ。それじゃあ、またね」
「うん。じゃあね」
こうして、二人は別れた。
それぞれが歩んだ道のり。それはただ突き進めば交差する事のない道だけど、一度交わった関係は、いつか、どこかでまた交わる事が出来る。
お互いがそれを望めば、簡単に叶う。
だから、別れを哀しむ必要はない。
だから、出会いだけを喜べばいい。
それが、人と人の繋がりというものだから……