混血至上主義の掟破り
「隣、空いてる?」
僕に尋ねてきたのは、ライラだ。彼女は狐の獣人で明るいお転婆娘だ。
「誰も座らないからどうぞ」
「えへへ♡やったね!」
「いつも僕の隣が空いてるの、知らない?」
「知ってるけど、聞くw」
「笑わないでよ」
僕もまた狐の獣人だけど、彼女とは正反対でいつもビクビクオドオドしている。狐見知りというやつだ。
「近くに寄っていい?スリスリしてもいい?」
「外だからやめて」
「『…ダドリーのケチ。』って言うと思った?」
「うん」
「ところがどっこい。問答無用でスリスリしま~す♡」
「ぎゃっ!」
こんな感じでいつも振り回されてる。だけど、そんな彼女が僕は好きだ。くすぐったさに悲鳴をあげつつも、ふさふさのしっぽと獣耳でスリスリされるのは気持ちがいい。僕も彼女にお返ししてあげると彼女も喜ぶので、二人の大切な『スキンシップ』ではある。
僕らは、狐と狸の獣人が仲良く暮らしている村に住んでいる。一般的には対立していそうなイメージがあるけど、食べ物が豊富で飢える事がないので大きな喧嘩にならないし、どちらもの獣人も穏やかな人が多い。
そんな村にも一つ掟がある。それは、『混血至上主義による狐と狸の結婚』だ。理由としては争いを治める為ではなく、かつての狸親父(村長)が狐の獣人に一目惚れして結婚を申し込んだのが始まり。できた子供が、狸と狐の両方いたので、双方の人口不足解消の為に村の掟になった。
村人達は掟を守り続けて今に至る。ちなみに僕の父は狸で、母は狐だ。外見は狐だが、性格は狸っぽい。また、妹がいるが見た目も中身も狸そのもののはずなのに…。
「ただいま」
「おにいちゃ、おかえり!わたち、いいこにしてたよ。スリスリして?」
「分かったから、こっちおいで」
「わーい!」
舌足らずな喋り方と、丸くて小さい耳と太くて短いしっぽを揺らしながら歩いてくる姿に僕はめろめろだ。
「今日は園で何をしたの?」
「えんちょせんせーによる『村の歴史から学ぶ、これからの村政』をきいたよ!」
「!?」
妹って、何才だっけ?実は僕よりかなり年上なのではと思うくらい天才だった…。
「ダドリー、おはよー♡」
「朝が弱いから助かるけど、毎朝来なくていいよ」
「寝込みを襲いたいから来てるの。スリスリ…」
「起きるからやめて」
「仕方ない。ご飯食べてからまた来る」
うちの事を紹介しようじゃないか。朝は毎日5時に起きて、隣に住むダドリーの部屋に忍び込み、寝顔をじっくり観察。まつ毛長いなーとか。鼻筋通ってるなーとか。よだれちょっと垂れててかわいい♡とか。
ダドリーに追い出された後は、狸の母と狐の父が作る大好物の油揚げをたくさん食べて栄養を取る。そして弟がいるけど、狸なのに性格は狐そのもの。『姉ちゃん、うぜぇ』が口癖の可愛げのないやつだ。
「今日も今日とて至福だったなぁ♡」
「姉ちゃん、うぜぇ」
「ライラちゃん、油揚げ食べなさいな。冷めるわよ」
「おいしい!全部食べていい?」
「姉ちゃん、うぜぇ」
「おかわりはいくらでもあるから、好きなだけ食べるといい」
「ありがとう。二人とも大好き♡」
「姉ちゃん、うぜぇ」
あんたはうちに対してそれしか言えないわけ?腹立つ。
「かわいいライラちゃんが戻って来たよ!」
「何するつもり?」
「油揚げで力をつけたのでスリ…」
「勉強を教えてくれるならいいよ」
「いくらでも教えますとも!」
ライラは獣人学校でも優秀な成績を取っている。僕は勉強が苦手なので、テスト前は彼女に教わるのがお決まりだ。過去に一度だけ、なぜ頭がいいのか聞いたら、『油揚げをたくさん食べるから』だと言っていた。僕は油揚げのパサパサ感が苦手なので、真似する事ができなかった。かき揚げの方がジューシーだし、色んな野菜が入っているので好きだ。家族でもよく食べるし、狸父のお腹はかき揚げでできていると言っても過言ではないほど膨れ上がっており、父の友人からも『かき揚げっ腹』のあだ名で呼ばれている。
勉強をして、約束通りの『スキンシップ』を済ませた後、現在の狸親父(村長)に話をする為二人で家を出た。
「おい、親父。かわいいライラちゃんからの『お願い』を聞いてくんねぇか?」
「わしはお前の親父になった覚えはないがな」
「狸親父だからいいだろうよ。それより…」
「その『お願い』とは何だね?ダドリー」
「僕達の結婚を認めて下さい!」
「は?」
「親父、耳が遠くて聞こえないのか?」
「聞こえとるわ!いちいち突っかかりおって」
「結婚させてくれって言ってんだよ!」
「『掟』を忘れとるのか、どちらかが『狸』に化けておるつもりか知らんが、結婚は認めない」
「『掟』を忘れているわけでも『狸』のなり損ねでもありませんが、僕達はお互いが好き合っているからこそ結婚したいのです!」
「ダドリーよ。『掟』の理由は知っとるな?狸と狐の人口バランスが崩れれば、平和など保てん」
僕達はその言葉に何も言い返せず、狸親父の家を飛び出した…。
「あんのクソ親父、絶対何か隠してる気がする!」
「僕も同感だよ。狐は化けるだけじゃなく、『嘘を見抜く』のもできると証明したいね」
「あっ、いい事思い付いた♪」
「是非とも考えを聞かせてほしいな」
「もちろん!ダドリーの協力が必要だからね♡」
ライラの『作戦』に感銘を受けた僕は、帰宅後、準備に取りかかった…。
翌日、僕は村の広場にこんな張り紙を貼った。文面は天才児の妹に任せたから、粗相はないはずだ。
『情報提供にご協力下さい。匿名で構いません。机に用意した紙とペンで、獣人の種類・性別・恋人や家族の有無・秘密にしている事を教えて下さい。その紙を見えない様に畳んだ状態で、ダドリーまたはライラの所までご持参下さい。謝礼として粗品をお渡しします。』
一方、うちは村立図書館で『掟』について調べていた。一般閲覧ゾーンと禁書ゾーンがあり、後者は司書に読みたい理由を述べて鍵を開けてもらって読む。ただし、一冊毎に鎖が付いており、外への持ち出しは厳禁である。
「ふむふむ…これだ!親父はもう逃げられないぞ」
『掟』の真相を掴み、ダドリーに報告する為、図書館を後にした。
「愛しのマイダーリン!会いたかった♡そっちはどう?」
「少しは来てくれたけど、『秘密はない』『恋人や家族はいない』ばっかりだよ…」
「粗品の中身はちゃんとしてる?」
「庭の新鮮な野菜だけど」
「それはナンセンスだね。野菜は皆育ててるし、現金なら正直に書くと思うよ!」
「すぐに書き直す!」
僕は張り紙の『粗品』にバツ印をつけ、『現金』と書いた。紙を補充して村人達を待つ事にした…。
数日後、謝礼変更の噂を聞きつけた村人達が、ダドリーとライラの前でアンケート用紙を持ち、行列を作っていた。
「正直に書けば、金くれるって本当?」
「野菜はあたしも作ってるから、前は参加しなかったんだ」
「列が進んだみたいだぜ」
紙を渡した村人は、皆笑顔でその場を離れて行くのが分かる。待っている村人達も噂は真実であると確信し、次々に笑顔になった。
「借金があるから助かったぜ!」
「育児費用に賄えるわー」
「ダドリー、ライラありがとう」
僕達はその言葉を聞いて嬉しくなった。元は自分達の幸せの為に企画したけど、結果として村人達を幸せにしたのは紛れもない事実だ。
「ね、言ったでしょ?金の前では誰もが素直になんの」
「さすがライラさん。人を使うのが上手だね!」
「ダドリーには無償の愛をあげるわ。スr…」
「だからここは外だってば!!」
どうやら僕は一生彼女に頭が上がらないようだ。彼女の笑顔には勝てない。
気を取り直して、集まった回答を全て読んだ。その中には様々なものがあった。
『狐の獣人(男)・狸の妻には秘密だが、掟がなければ狐の女と結婚していた』
『狸の獣人(女)・狸の男がタイプだけど、狐の男としか結婚できない為、一生独身のつもりでいる』
『狐の獣人(女)・家族や本人には話せないけど、ルームメイトの同性が好き』
『狸の獣人(男)・掟のおかげで狐の獣人と結婚できて幸せ。狸の子も狐の子も、たまらなくかわいい!』
『狐の獣人(女)・狸の獣人が好き。穏やかで優しそう。狐の元カレはモラ男で最悪』
『狸の獣人(男)・テストで0点を取ったけど親に見せてない。いつかバレそうw』
『狐の獣人(男)・ゲイである事を言えない。いじめられそう』
『狸の獣人(女)・種族や性別の区別なしに皆大好き♡理想の結婚をするには、今の掟じゃきついよね』
『ある獣人(非公開)・ノンバイナリーで恋愛対象が分からない』
意見をまとめると、掟に何らかの不満を抱えている回答が多かった。うちらにとっては大きな収穫を得られてハッピーだね!たくさんの『証拠』を抱えれば、今度こそ狸親父を論破できるはず。いざ出陣じゃ!!
「親父、出直してきてやったぞ」
「何の用だ。結婚したいなら、わしのせがれ(狸)はどうじゃ。少々婚礼期は過ぎているがな」
「少しどころじゃないだろ、親父。息子の年も忘れたのか?」
「お前はわしをボケ老人扱いする気か!覚えてるに決まっとるじゃろ」
「とにかくうちは、ダドリー以外と結婚するつもりはないの!!」
「して、ダドリー。娘(狸)の方はどうじゃ?ライラのように、カリカリしないぞ」
「僕は、ライラのそんな所も含めて好きなのでお断りします」
「まさか、末娘(狸)がいいのか?あいつはまだ赤子じゃが、時が経てば将来有望ではある」
「話聞けよクソ親父!うちらは固い絆で結ばれてるから他の獣人はありえないんだよ。ダドリー以外の狐であっても」
「僕もライラ以外の獣人には惚れない!」
「これだから狐は。次男坊(狐)も生意気で困るわい」
「これだから狸は。なんで狸率高いんだよ。次男がかわいそうじゃねーか」
「何を言う。副村長(狐)の子供らは、わしの子供らの逆の比率であり、次男坊(狐)は狐親父の愛娘(狸)と結婚しておる。じゃから、かわいそうでもバランスが崩れとるわけでもなかろう」
「ほんと腹立つ親父だな!論破してくんなよっ」
「ライラ、埒が明かないから本題に入ろう」
「うん…。親父、結婚は認めさせてもらう」
「お前達は、前に言った事をすぐに忘れるのか?」
「だからそれは建前だろ?」
「建前ではない。互いの人口不足解消は事実だ」
僕達は、狸親父に図書館の禁書で得た真実を書き写したメモと村人達に匿名で回答してもらった大量のアンケート用紙を証拠として突き付けた。
「僕達は知っています。かつての村長が、『狸と狐のハーフ』が欲しかったからだと」
「だけど、結果として産まれたのは狸と狐『そのもの』だった」
「うぐっ…」
「『掟』がなくなり、同種・異種・性別の区別なく自由な結婚ができれば人口バランスは保てるのでは?」
「実際、他の獣人カップルでも狐同士や狸同士はいるし、性別の垣根を越えた愛もある。知らないのは親父だけだ」
「わしは、先代村長の意思を継ぎたかった。いつか産まれるかもしれない『本当の狸と狐のハーフ』を見せてやりたかった…」
狸親父が初めて本音を語り、僕は複雑な気持ちになった。『本当の狸と狐のハーフ』を見たくないかと聞かれれば嘘にはなる。だけど、それは僕達『同種の結婚を遠ざける事』を示していた。長い沈黙を破ったのは、ライラだった。
「親父さぁ、むしろ自由な結婚の方が『本当の狸と狐のハーフ』が産まれるかもよ?」
「どういう事だ?」
「長い間、『混血至上主義』を続けてきたじゃん。その流れが変わって、どちらかの比率が増えたら自然と『見た目』に出るんじゃね?」
「あっ、そうか!」
僕と狸親父は腑に落ちた。今まで見た目が狸と狐『そのもの』だったのは、常に同じ比率で組み合わさった結果である事に他ならず、バランスが崩れる事により、混ざり合った姿になるのかもしれないと。
「わしはこんな簡単な事にさえ気付かなかったのか」
「頭柔らかくしなきゃ、現代を生き抜けないぞ!」
「ライラは最後までおちょくりおって。じゃが、試す価値はありそうだ」
「じゃあっ!」
「ダドリー、ライラ。お前達が先陣を切ってくれるかの?」
「はい!」
「ただ、一つだけ条件を設けよう。『本当の狸と狐のハーフ』が産まれなければ、正式な結婚は認めない。あくまでの『実験』として子作りを認める。いいな?」
こうして例外的に子作りを認められた僕達は、今まで以上に仲睦まじく過ごした。『正式な結婚』はひとまず置いておいて、彼女にプレッシャーをかけないようにするのが第一優先だ。
「ダドリー、大好き♡」
「僕もだよ。ライラ」
「スリスリ、する?」
「僕に任せて!」
「うん♡」
いつになく積極的なダドリーに抱えられたうちは、本能に抗えず彼の耳に噛みついた。その合図を皮切りに長い夜は更けていった…。
その後、妊娠したライラは、つわりに苦しんでいた。
「気持ち悪くて油揚げが食べられない…」
「つらいよね。だったら、おかゆに刻んだものを入れてみる?」
「それなら食べられそうかも」
「寝てていいからね。できたら食べさせてあげるから」
「ありがと。お言葉に甘えるね」
「…できたよ。熱いから少しずつあげる。ほら、口開けて?」
「あーん…おいしい。優しい味だから全部食べたい」
「良かった!」
僕は、日々変化するライラの体調や心の不安にできるだけ寄り添ってあげた。両家のサポートもあり、安定期に入ってからはマタニティライフを楽しんでいるように見えた。
「あっ、今お腹を蹴ってきたよ!すごく元気みたい」
「ほんとだね。もうすぐ会えるのが楽しみだよ!」
胎児に話しかけるとポコポコと動いて応えてくれるので、より愛しさを感じて温かい気持ちになった。
ある朝、ライラは激しい陣痛に耐え、無事に産院で出産した。家族立ち会いだった為、僕の幼い妹と迷走反射神経の父は家で留守番をしてもらった。ちなみに、ライラの家族は全員立ち会った。思春期の弟は最初は行かない予定だったが、狐の彼女と最近付き合い始めたので、将来を見据えて参加する事となった。弟は姉の強さに涙を流しながら口を開いた。
「『姉ちゃん、うぜぇ』っていつも言っててごめん。俺、ずっと謝りたかったけど、プライドが邪魔して言えなかったんだ。姉ちゃんの頑張る姿を見たら、自然と話したくなった」
「うちも仲直りしたかったんだ。一生喧嘩腰なのかと思ってたから、向き合えて嬉しい!」
産院から退院したライラと僕は双子を抱きながら、家に帰り勝利を確信した。赤子達の耳やしっぽは完全な狸とも狐とも違っていたんだ。つまりそれは、混血至上主義における『狐』の中に潜んでいた『狸の遺伝子』が外見の一部として現れた事を意味する。
僕は狸親父を訪ねて、赤子に会ってほしいと伝えた。
「ライラ、よくぞやってくれた。出産おめでとう」
「親父の期待は裏切らねーよw」
「ダドリーも、頭ごなしに反対して悪かった。約束通り、『正式な結婚』を認めよう!」
「ライラのおかげだよ。ありがとう!」
「お互い様だよ。最後まで諦めなかった結果でしょ?」
笑い合った僕達は村人達からの盛大な祝福を受け、結婚式を挙げた。その後、『掟』は正式になくなり、自由な結婚が認めらたおかげで村は活気にあふれていた…。
完
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