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世界の裏側担当――世界は交代制で維持されている。今日は、私の最終勤務日だ。

掲載日:2026/01/01

 世界は、自然に存在しているわけではない。


 それを知っている人間は、ほとんどいない。


 私は、その世界を支える部署で働いていた。

 世界運用局。

 その中でも、最も地味な部署だ。


 世界の裏側担当。


 表側担当が、奇跡や成功を配置する。

 英雄の誕生。

 歴史的発見。

 感動的な再会。


 それに対して、裏側担当は失敗を処理する。


 ニュースにならない事故。

 誰にも感謝されない犠牲。

 統計にも残らない不幸。


 表で輝く出来事の裏には、必ず帳尻合わせが必要になる。

 それを引き受けるのが、私の仕事だった。


 たとえば、飛行機事故を一件回避するために、別の場所で交通事故を一件発生させる。

 英雄が一人助かるために、名前も残らない誰かが一人死ぬ。


 不公平だが、合理的だ。


 世界は、そうやって維持されてきた。


 私は四十年間、その仕事をしてきた。

 誰にも知られず、誰にも褒められず。


 そして今日、定年の日を迎えた。


 最後の勤務日。

 私は引き継ぎ資料をまとめていた。


 そこに、通知が届いた。


 世界運用、終了。


 最初は、誤送信だと思った。

 だが、上司は淡々と言った。


「世界は、今日で終わる」


 理由を聞くと、彼は少し考えてから答えた。


「コストが合わない」


 それだけだった。


 人口は増えすぎた。

 調整は複雑化した。

 感動よりも、不満のほうが多くなった。


 世界を維持する価値が、なくなったのだという。


「じゃあ、人類は?」


 私が聞くと、上司は肩をすくめた。


「自然終了だ」


 破壊もしない。

 爆発もしない。


 ただ、裏側の調整を止める。


 帳尻合わせが行われなくなった世界は、ゆっくりと崩れる。

 奇跡は起きなくなり、失敗だけが積み上がる。


 私は気づいた。


 なぜ、私が最後の担当者なのか。


 裏側担当は、常に余剰だった。

 世界が順調なほど、存在価値が薄れる部署。


 最後に残るのは、無駄な人間だ。


「最後の仕事だ」


 上司は言った。


「裏側を、完全に停止しろ」


 私はスイッチの前に立った。


 これを切れば、誰にも知られない不幸が、一気に表に出る。

 事故は事故として起き、誰も救われない。


 だが、世界はまだ少しだけ持つだろう。


 私は、スイッチを切った。


 何も起きなかった。


 世界は、静かだった。


 上司は満足そうにうなずいた。


「いい仕事だった」


 それが、私が人生で聞いた唯一の評価だった。


 私は帰路についた。


 夕焼けがきれいだった。

 誰かが空を見上げて、感動しているかもしれない。


 だが、その感動を支える裏側は、もう存在しない。


 明日から世界は、少しずつ壊れる。


 だが、誰もそれを「終わり」とは呼ばない。


 ただの不運。

 ただの偶然。

 ただの現実。


 世界の裏側は、今日で終わった。


 それを知っているのは、

 もう、私一人だけだった。

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― 新着の感想 ―
四十年にわたって誰にも感謝されない不条理な調整を引き受けてきた主人公の孤独と虚脱感に言葉を失いました。輝かしい幸福の裏で必ず誰かが犠牲になるという冷徹な等価交換を淡々と遂行してきた彼の人生はあまりに静…
2026/01/01 15:14 退会済み
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