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価値の証明

上野美奈うえの・みなは、いつも朝が苦手だった。

けれど今日もちゃんと起きて、鏡の前で化粧を始めている。それは職業的な習慣というよりも、

彼女にとっての“戦闘服”を身にまとうような儀式だった。


目尻にスッとラインを引き、唇にはピンクベージュのグロス。

仕上げにシュッと香水をまとい、鏡をのぞき込む。

表情は崩さないが、その目だけが、どこか空っぽだ。


「……よし」


誰にも聞かれないような小さな声でつぶやいて、ドアを開ける。

外はまだ薄暗く、風が冷たい。


“今日も、私を証明しなくちゃいけない”


誰にもそう言われてないのに、ずっとそう思っていた。

自分の価値は、誰かに認められて、初めて存在するものだと思っていた。


彼女が宏人ひろとと付き合っていたのは、28のときだった。

7歳上の彼は、会社を立ち上げてから数年で成功を収め、テレビにも出たことがある。

年収は3,000万を軽く超え、外車に乗り、高級レストランでは予約名簿に“V.I.P”の記号がついた。


美奈はそんな彼の隣にいた。

手をつないで歩くと、他人の視線を感じた。

ブランドのバッグを持っていると、友人が「すごいね」「羨ましい」と言った。


そのたびに、美奈の中の何かがふくらんだ。

自信でも、喜びでもない。

それはたぶん、“肯定”だった。


「私、ちゃんと愛されてる」

「私、価値のある女なんだ」


そう思える根拠が、彼の存在だった。

そしてそれは、逆説的に“彼がいなければ、私は誰にも評価されない”という不安の裏返しでもあった。


それでもその恋は、突然終わった。


きっかけは、小さなことでしかなかった。

美奈が彼のスマホを勝手に見た夜。

浮気はしていなかった。ただ、美奈以外にも同じような言葉をかけている形跡があった。


問い詰めて、怒鳴って、泣いた。


彼はため息まじりに言った。


「お前って、自分の価値を全部、人の反応に預けてるよな。俺、重いんだよ」


言葉が、心に鋭く突き刺さった。

その一言で、彼は彼女の世界から消えた。


それから3年。恋愛は続けていた。

年収、職業、身長、顔、服装。

会う前に相手の“条件”を頭の中で並べては、ふるいにかけた。

「妥協したくないの。私は、自分にふさわしい人と付き合いたいだけ」


そう言い続けていた。


でも、なぜかいつも、長続きしなかった。

相手が冷めていくのか、美奈が飽きるのか、もはや判別もつかない。


それでも、別れたあとに残るのは決まって同じ感情――


「また私、誰にも必要とされてない」



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