あきらとあきら
「‥どこか、場所移す?」
和煌はそう尋ねたが、オメガ男子‥耿良は首を振った。廊下に面した窓を開け放ち、和煌から二メートルほど距離を取る。
「‥とりあえず、あんたの名前とか教えてほしい」
「ああ、私は三年十組の入相和煌。部活は剣道やってたけど、もう引退してる。親は二人ともベータ。‥そのくらいでいいかな?」
和煌の名前を聞いて耿良は驚いた。
「‥あんたも「あきら」なのか‥。俺もあきらだ、佐藤耿良。二年七組、七月にこの学校に編入したばっかり。六月までアメリカに住んでた。親はアルファとオメガ」
簡単に名乗り合って、お互いまた沈黙してしまう。まさかに名前までが同じとは思わなかった。
和煌はちらりと耿良を見た。自分よりはやや背は低いようだ。顔立ちは少し幼いが、整っている方だろう。くっと引き結んだ唇は結構頑固な性格なのかと思わせる。茶色がかった髪は緩く波打っていてその顔立ちに似合っているように思えた。
だが、身体つきはどう見ても男子だ。がっしりはしていないが、骨ばっていて当たり前だが女性らしさはない。
耿良もまたちらちらと和煌を見上げた。女性にしてはすらりと背が高い。スタイルもいいから余計に背が高く見える。さらさらとしている黒髪は艶やかで触り心地がよさそうだ。顔立ちも非常に整っていて綺麗な顔をしている。
だが、中性的な部分があってもやはり女子だ。身体つきは柔らかい印象を受ける。
この人に「抱かれる」なんて、やはり考えられない。
「とにかく、あまり学校では会わないようにしよう。‥この委員の仕事は、仕方ねえけど」
「‥うん、そうだね。私は委員長だから色々忙しいと思うし‥あんまり接点ができないようにはしようと思うから」
「悪いけど、頼む。‥番とか、考えられねえから」
そう言い切る耿良に、和煌は少しむっとした。なぜこちらが断られるような言いぶりになっているのか。こちらだって願い下げだ。
「そう、よかった。私も男のオメガなんて相手に考えてなかったから」
「‥‥けっ、そうかよ」
耿良は舌打ちをしてその場から走り去っていった。和煌はその後ろ姿を見ながら、面倒なことになっちゃったな、と思った。
文化祭は十一月初めに実施されるの実施されるので、後二か月しかない。二学期が始まってから、文化祭の実行委員は忙しく、毎週委員会が開かれていた。やらなければならないことが山積みになっているようだった。
やれやれと耿良は軽く頭を振って、配布されたプリントに目を落とした。プリントの中には細かい役割分担が書かれており、それぞれクラスの実行委員に割り当てられている。
その役割の説明を、委員長である和煌と副委員長である山霧が代わる代わる説明をしている。
耿良は自分のクラスが何の担当かを見てみた。
「‥‥支援担当‥?」
支援担当、は読めたがその前の三文字がわからない。顔を上げて質問しようとしたが、大まかな説明も終わり、ちょうど山霧が委員会の終了を告げたところだった。
他の生徒たちはがたがたと席を立って次々と会議室から出ていく。耿良は慌ててプリントをひっつかみ、山霧の元に走り寄った。
「なあ、ちょっとあんた」
山霧は眉を顰めて耿良を見た。初対面の二年生の生徒が三年生である自分に、こんなぶしつけな物言いをしてくるとは、という気持ちだった。だが、耿良はそのような山霧の気持ちなど全く斟酌することなく、自分の質問を続けた。
「なあ、これ何て読むんだ?そんで俺は何すればいいわけ?」
「‥‥お前、二年だろ?口の利き方も知らないのか?」
じろりと睨めつける山霧に、きょとんとした顔をして耿良は返事をした。
「は?‥ちゃんと聞いてるじゃん、これ何って」
「ちょっとちょっと、待って」
険悪になりそうな二人の間に、和煌は割って入った。山霧はまだ鋭い目つきで耿良を睨んでいる。
「入相、こいつ知ってるのか?失礼なやつだな」
「あー、うん、知ってるっていうか‥私が説明するから山霧はいいよ、もう帰って」
山霧は鞄を取り上げながら和煌の方を気づかわしげに見た。山霧はアルファで、隣の特進クラスの生徒だった。だが、耿良がオメガであることには気づいていないようだ。オメガの生徒ならしているはずのネイプガードもしていないのでわからないのだろうか。
和煌は大丈夫、というように頷いた。山霧はそれを見て、しぶしぶ会議室を出ていった。
「何だよあいつ、訳わかんねえな」
そう毒づく耿良に、和煌はため息をついた。
「いや、君が失礼だからね?アメリカ帰りって、‥敬語も使えないの?」
う、と耿良は言葉に詰まった。正式な改まった言葉遣いが耿良は苦手だ。本来なら日本語学校で習うべき敬語表現なのだが、耿良は面倒がってほぼ通っていなかったのだ。途中からはオメガと診断されたこともあり、両親も通うことを勧めなくなったせいで耿良の敬語表現は壊滅的だった。
「‥俺、そんなに変な言葉遣い、してたか‥?」
和煌は慎重に少し耿良から距離を取りつつ答えた。
「まあ、丁寧ではないよね。そもそも君は二年生なんだから三年には敬意をもって話すべきだよ。そういうのもわかんない感じ?」
「う‥うん、まあ‥」
和煌は改めて耿良をじっと見つめた。やはりオメガっぽい、と思うのだが、その首にネイプガードはない。今この瞬間にもふわふわとした甘い匂いが漂っているのを感じている和煌は、顔を顰めてしまった。
「‥それよりも、佐藤君なんでネイプガードしてないの?」
「え、」
耿良は口ごもった。アメリカの学校ではオメガは完全に隔離されて授業を受けていた。行き帰りは来るまでの送迎だったし、出かける時は護衛がついていた(アメリカではオメガ性の人に対する助成の一環で護衛を雇えるようになっている)。正直言って、耿良の生活の中でネイプガードの必要性を感じる場面がなかったのである。
初めて、しかも女性アルファにそう言われたことで、自分のオメガ性を再認識させられた気持ちになり、耿良は言葉が出せなかった。少し下を向いたまま黙っている耿良に、和煌は言い聞かせるように伝えた。
「アメリカでどうだったのかは知らないけど、ここは日本だし、アルファも‥まあ私も含めいるし、ちゃんと装着した方がいいよ。今も甘い匂い出してるし」
「あ、甘い匂い!?」
「うん。気づいてないの?」
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