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ショートショート11月〜5回目

アンガーマネジメント

作者: たかさば

「…省吾(ショーゴ)、これ、読んで」


 唯香(ユイカ)に差し出されたのは、一冊の本。

 本の表紙には、【アンガーマネジメント~今日から怒らない人間になるための教本~】と書いてある。


「……これは?」

「このままじゃ、ダメだと思う。…私、別れたく、ない。この本を読んで…少しでいいから、大人の対応というものを、学んでほしい」


 目に涙を浮かべて、俺を見上げる…唯香。

 最近口げんかをしてばかりだったからか、やけにしおらしい表情をしている。激しく反論してくる勝気な目は、どこにも見当たらない。


「私は、あなたが好き。でも、怒りに任せて感情を爆発させるあなたは…私の気持ちを無視して、自分の気持ちを優先させる人は、好きになれない。お願い、その本を読んで、変わって。それが、それだけが…唯一の、最後の望みなの……」

「……わかった」




 唯香と、しばらく距離を置くことになった。


 付き合い始めて…6年。俺のマンションにユイカが来て…同棲するようになって、もうじき1年。

 毎日顔を合わせ、狭い部屋で同じ時間を過ごしていたこともあり、一人きりの時間に違和感がある。

 ……何をしていても小言が飛んできていたので、静かな環境に慣れていないのだ。


 久しぶりにカップ麺を食い、ベッドの上でポテチを食いながら、唯香に渡された本に目を通す。

 読んだ感想を聞かせて欲しいと3度目のラインが来てしまったので、今日こそは読まなければなるまい……。


 ………。


 アンガーマネジメントとは、怒りをコントロールする技術のようだ。

 怒りを抑制し、より円滑なコミュニケーションをはかることが目的らしい。


 怒りをあらわにする前に数秒待ってみることで、相手に威圧感を与えない方法が紹介されている。

 一方的に怒りを撒き散らしている時間は無駄な時間であり、排除するべきだと語られている。

 怒りとは他人の言動ありきで解消するものではなく、自分自身でコントロールするべきだと書いてある。


 相手の事を思いやれば、怒りは抑えることができるものだと…。

 思考を停止させることで怒りを昇華させよと…。

 自分のルールが正しいと思わず、広い視野で相手と向き合えと…。


 ………。


 感情を抑えて、相手を思いやる…?

 言いたいことも口に出さず、のらりくらりと会話をし続ける事が…正しい?

 嫌だと思ったことを伝えず、相手に合わせて微笑みかけるだけの関係性に、愛が存在しているとでも?


 穏やかな関係…?

 言いたいことも言えずに、常に自分の意志を曲げろという事なのか?


 ………。


 読めば読むほどに、なぜ自分がこの本を読まされたのか、理解できない。

 俺は別に、意味もなく怒りを爆発させているわけではないのだ。


 好きなものを食わせてもらえなければ、好きなものを食べたいと訴える事だってあるだろう。

 掃除の仕方がなってないと文句を言われたら、自分はこれでいいと思うと言い返す事だってあるだろう。

 勝手にパソコンの履歴を消されたら、どうしてそんなことをしたんだと怒るのは普通じゃないのか?

 勝手に洗濯されてシャツがピンク色になったら、文句の一つぐらい言ってから買い物に行ったっていいだろう。


 ネチネチネチネチ…細かいことを言っては俺を苛立たせるやつがいるから、俺は怒っているに過ぎない。

 何を言っても反論されて、全く話を聞こうとしないのだから、もういいと言って終わらせることだってある。

 俺が折れて当然という態度を取られれば、誰だって機嫌が悪くなるはずだ。


 ……。


 俺は、感情を抑え込むような事はしたくない。

 顔色を窺ってヘラヘラと誤魔化すのは、気持ちが悪い。

 怒りを感じた時には、素直に口に出したい。


 自分の気持ちを差し置いて、唯香の気持ちを優先させようとは思えない。


 相手の事を思って怒りを飲みこむ?

 俺が怒りを得たことを伝えずに、信頼関係など持てるものか。

 相手の事を思って怒りが収まるのを待つ?

 俺が怒りたいと思った気持ちは、どこに行くというんだ。

 相手の事を思って我慢する?

 俺は我慢するのに、相手は我慢しないというのか。


 俺は、俺の意思を尊重し…自身の感情を手放すことなく、自分の思うように生きていきたい。


 アンガーマネジメント…?


 そんなもん、くそくらえだ!!!



「……久しぶり」

「……うん」


「省吾、なんか…別人みたい」

「いや、俺は…俺だよ」


「あの本の効果、バッチリ出ているみたいね。今は…ぜんぜん怖くないもの」

「そりゃ…俺だって四六時中怒ってたわけじゃないだろ?」


「ううん、怒ってた。私、省吾にうるせえって怒鳴られるたびに、怖くて震えて…傷ついてたんだよ?」

「……まあ、本当に…うるさかったからな」


「ねえ、なんでそういう事言うの?そんな言い方しかできないの?私はいつだって、あなたのために、あなたを思って色々と言ってあげてたのよ!だいたいあなたは少し常識がないの、子供っぽいしすぐに言い返すし!普通はもっと彼女の事、大切にするモノなんだからね?!」

「……唯香の思い通りの対応ができなかったとは、思ってる」


「わかってくれて、よかった。フフ、怒らない省吾、やっぱり…大好き。これで、また一緒に暮らせるね。もう、私ばかりが我慢する生活をしなくていいと思うと、すごくうれしい…

「いや、もう一緒には暮らさない。俺たちさ、気が合わないんだよ。このまま別れよう」」


「は?!」

「転勤願いを出したんだ。来月引っ越すことにしたから、荷物、早めに引き取りに来てくれる?契約は11月いっぱいまで、12月に入ると処分されちゃうそうだよ。カギも変えるらしいから、入れなくなる前に頼むね」


「何勝手な事…いやよ、別れたくない!私は別れない…あなたについていく!!大丈夫、省吾が変わってくれたんだから、絶対にうまくいくよ、今だって一回も怒鳴ってないもの!私、絶対に文句言わない!一生懸命、尽くすよ?!だって、あなたの事愛し…

「いや、俺は別れたい。お前が求めてるのは()じゃなくて自分に都合のいい誰かだ。そもそも俺たち相性悪いんだよ、ケンカばっかしてただろ?しばらく離れてみて気付いたけど、いなくても平気っていうか、いない方が穏やかに暮らせるってわかったんだよね」」


「なんで…なんで、急にそんな事言うの?!久々に会えてうれしかったのに、あたしの気持ちを考えてよ!!ねえ…ずっと付き合ってきたじゃない!あなたから告白してきたくせに!ふざけないで!!胸が痛いよ?!心が壊れちゃいそう、あなたのせいだからね?!ねえ、聞いてるの?!何でへらへらしてるの?!ちゃんと責任取りなさいよ!!あたしはただ…」


「まあまあ…落ち着いて。怒りすぎだよ、()()()。この本でも読んで、学んだら?」


 俺は、駅のホームでギャアギャアと怒りを撒き散らす、恥ずかしい女に…、一冊の本を差しだし。


 ニッコリ笑って、余裕を見せ付けたのだった。


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ハッピーエンド♪  d(´∀`)
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