09.革命前夜 記憶喪失の彼が最後に下した決断
青年は思い出した。己の名と、自身が異世界の住人であることを。
退屈な男子高校生・渡一夜は魔人にそそのかされ、魔王が人間を支配する異世界へ転移。同時に、元の世界での記憶を全て失ってしまう。
カズヤは「この世界にはいない珍しい生物」としてオークションにかけられ、警備隊の青年・ナハトに助けられる。ナハトは魔王に忠誠を誓う警備隊でありながら、革命軍のリーダーとして暗躍していた。
カズヤは助けてもらった礼に手を貸し、魔法戦術の才能を開花。行方不明だったナハトの妹・ナイエを救い、ナハトが最も信頼する相棒にまで成長する。
カズヤは転移者が残した〈遺物〉を集めるうちに、自身も転移者だったことを思い出す。日に日に募る、「元の世界に戻りたい」という思い。ついには他の仲間には内密で、ナイエに元の世界へ戻る魔法の開発を依頼する。
革命戦争、前夜。仲間が決起集会で賑わう中、カズヤはナイエに呼び出される。
革命前夜。カズヤはナイエに「話がある」とパブの裏へ呼び出された。
パブでは革命軍の仲間が決起集会と題した宴会を行い、騒いでいる。いつもは真面目なナハトも、今日ばかりは宴会に加わっていた。
「ナイエ、どうした?」
黒いローブの少女。三日月の金細工が鈍く光る。魔法火に照らされていなければ、闇に吸い込まれてしまいそうな儚さを秘めていた。
「できた」
「できたって、何が」
「あなたを元の世界に帰す魔法」
世界から音が消える。魔人に異世界へ拉致され、一年。カズヤはこの瞬間を待ち焦がれていた。
(やっと……帰れる)
世界に音が戻る。仲間達の騒ぐ声。現実に引き戻され、ハッとする。
明日、革命軍は反乱を起こす。
カズヤがいたから、ここまで来れた。明日の戦いも、カズヤが主な戦力となる。今、元の世界へ帰るわけにはいかない。
「ありがとう。明日の戦いが終わったら、お願いできるか?」
ナイエの表情がかげる。口を真一文字に結び、首を振った。
「ダメ。使えるのは今しかない」
「今って……」
仲間達の笑い声。グラスを打ち付け合う音。明日の不安を忘れようとしてか、どこかわざとらしい。
「今は今。待てても、夜明けまで。戦いが始まったら、もう元の世界には戻れない。因果律が確定し、この世界の人間として運命が決まる。明日の革命戦争は、この世界の特異点……その事象に関われるのは、この世界の住人だけだから」
「だが、俺がいなくなったら、みんなは!」
ナイエは断言した。
「死ぬ、確実に。そして、革命も失敗に終わる」
以前、ナイエは予言した。
革命戦争は時期尚早。カズヤがいなければ、革命は成功せず、革命軍は確実に敗北すると。カズヤがいることで、未来は未知数に変わるのだと。
「みんなを置いて帰れるわけないだろ!」
「でも、カズヤだけは助かる! 記憶だって、元の世界に戻れば、完全に思い出すかもしれない! カズヤはこの世界の人間じゃないんだから、私達と心中しなくたっていい!」
怒りをあらわにするカズヤに対し、ナイエも声を荒げる。
常に冷淡な少女が、らしくもない。さいわい、喧騒がナイエの声を掻き消し、仲間の耳には届かなかった。
「仮に、元の世界に戻ったとして、こっちの世界の記憶はどうなるんだ?」
「多次元不可侵の制約で、異世界での記憶は持ち帰れない。元の世界に戻った瞬間、こっちでの記憶は全て失う」
己の身の安全と記憶を取るか、この世界の未来と仲間の命を取るか。カズヤはナイエに背を向ける。
「……少し考えさせてくれ」
「待ってる」
ナイエはカズヤを見送った後、涙をこぼした。
§
パブには戻らず、真っ直ぐ宿に帰る。ベッドに寝そべると、そのまま意識を失った。
夢を見た。カズヤは制服を着て、元の世界の街を歩いていた。
「カズヤ、何してんだよ」
「早く来いよ」
友人が呼んでいる。制服を着た、人間の友人。顔はぼやけているが、友人だとカズヤには分かった。
「今行く!」
カズヤは走り出す。背後から悲鳴が聞こえる。戦火の熱と、焼けこげる臭い。そして、誰かがカズヤの名を呼ぶ声。
(行くな! 戻れ!)
カズヤの意思とは裏腹に、制服を着たカズヤは振り返りもせず、友人のもとへ去っていく。
遠ざかる自身に手を伸ばしたところで、カズヤは目を覚ました。外は白み、夜明けが迫っていた。
§
革命軍の仲間はパブで眠りこけていた。死屍累々と表現するに相応しい。今日が人生で最後の日になるかもしれないのだから、あれくらいハメを外させてやってもいいだろう。
ナイエは店の前にあるタルの上に腰かけ、待っていた。目の周りが赤く腫れている。
「決めた?」
カズヤはうなずいた。
「俺は残るよ。ナイエやナハト達を見捨てられない。それにこのまま帰って、全てを忘れたとしても、何かが欠けている感覚はずっと残ると思う」
「……そう」
太陽が差す。眠りこけていた仲間達が目を覚ます。夜明けだ。
§
その後、革命軍はただ一人の犠牲を払い、勝利を遂げた。魔王による圧政は終止符を打ち、世界は平和を取り戻した。
カズヤ・ワタリ、あるいは渡一夜。仲間の命と異世界の平和を願い、犠牲となった転生者の名を、人々は未来永劫忘れることはない。




