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ダークネス イン ザ ティース  作者: 望月 健一
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第8章

 1:


 数日後、堤雄二は栗山太一と山崎のラボで会うことにした。山崎からの情報を基に、これからの対策を練るためだ。堤は山崎のラボに到着すると、すでに栗山が待っていた。


「堤先生、山崎さんの解析結果を見て、これがどれほど深刻な問題かを改めて実感しました。荒木という男、ただの元傭兵というだけではなさそうですね。」


 堤は頷きながら、栗山に問いかけた。「荒木について、さらに調べる必要がありますね。あなたの繋がりを使って、信頼できる人にこの件を相談できませんか?」


 栗山は少し考え込んだ後、頷いた。「そうですね。警察内部には、まだ信頼できる人間もいます。私が刑事だったころ、面倒を見ていた植草というヤツがいます。あいつだったら力になってくれるかもしれない。荒木が関与している可能性がある以上、彼らの力を借りるのが得策でしょう。ただ、すべての警察官が信頼できるわけではありません。慎重に行動する必要があります。」


「そうですね、信頼できる人間を選んで協力を仰ぐしかありません。」堤は少し不安を感じながらも、栗山の言葉に希望を見出していた。


「まずは私が荒木についての情報を集め、そして植草に話を通してみます。」栗山は堤にそう約束した。


 2:


 それぞれが独自に動き始めたある日、堤が診療所に出勤すると、驚くべき光景が目に飛び込んできた。診療所の中が荒らされ、器具や書類が散乱していたのだ。誰かが診療所に侵入し、何かを探していたに違いなかった。


「一体…これは…」


 堤は言葉を失い、すぐに嘉門や佐藤を呼んで状況を確認した。彼らもまた、診療所の無惨な姿に驚愕していた。


「これはただの泥棒の仕業じゃないな…」嘉門が低い声で呟いた。「市川先生の件と、例の歯が関係しているのかもしれない。」


「そうですね、プロの犯行のようです。何か特定のものを探していた可能性が高い。」堤は診療所内を見回しながら、さらに警戒心を強めた。


 堤は栗山に連絡し、診療所が何者かに荒らされたことを告げた。


 嘉門は警察に連絡し、しばらくするとサイレンとともにパトカーが診療所前に止まった。


 警察による現場検証が始まると、栗山も診療所に到着した。


「もしかしたら、私たちが荒木を探り出したことに気づいたのかもしれない。」


 この一件を受けて、嘉門は診療所をしばらく休診することに決めた。壊された機器のこともあるが、なによりもそれぞれの身の安全を確保するためだった。


 堤たちはこれが偶然ではないことを理解し、事態が本格的に動き出したこと、そしてもう後戻りができないことを実感した。


 3:


 診療所の休診が続く中、堤は自宅で情報を整理しながら今後の対策を考えていた。そんな中、深夜にも関わらず小野田沙希から電話がかかってきた。


「先生…実は最近、誰かに見張られている気がするんです。家でも安心できなくて…怖いんです。」


 小野田の声は震えており、その不安が堤にも伝わってきた。「今、どこにいるんですか?」


「先生の家の近くです。実は、不安で先生に会いたくて…そっちに向かっているんです。」


 小野田が今いる場所を具体的に説明していたその時、突然電話の向こうから悲鳴が聞こえ、通話が途切れた。堤はすぐに家を飛び出し、小野田がいるはずの場所へと急いだ。


 幸いにも堤のマンションのすぐ裏手まで小野田は来ていた。昼間は人通りがそれなりだが、夜になると人通りが少なくなる。堤が到着すると、小野田が路上に倒れているのを見つけた。彼女は足を痛め、苦しそうにしていた。


「沙希さん、大丈夫ですか!」


 堤は彼女を支えながら起こし、自宅へと連れて行った。深夜のため、周囲には人影もなく、ただ冷たい風が吹いているだけだった。


 4:


 堤の自宅に到着すると、小野田はソファに横たわりながら、まだ息を整えていた。堤は彼女に毛布をかけ、落ち着かせようとした。


「一体何があったんですか?」


「車が…突然近づいてきて…轢かれそうになりました。そんなに暗い道ではなかったので安心していたんです。そうしたら、突然・・・。」


「何か覚えていることはありますか?」


 堤は小野田に聞いた。


「傷・・・、街灯に一瞬だけ照らされた顔が見えました。左の頬に傷跡がありました。」


「左頬の傷・・・。もしかしてこの男ですか?」


 堤は山崎からプリントアウトしてもらった荒木の写真を見せた。


「この男です!間違いなくこの男でした。」


 突然小野田が声をあげた。


 堤はその答えに愕然とした。荒木が直接彼女を狙ってきたのだ。堤はさらに質問を重ねるが、小野田は自分の歩いてきた道ですれ違った人の特徴、車の色や車種だけでなく、ナンバーなどもすべて記憶していた。


 堤は驚愕しながらも小野田を気遣いながら話をした。小野田はやがて涙を浮かべた。


「先生…私、実は昔から一度見たものを忘れることができないんです。今日のことも、彼の顔も…全部頭に焼き付いてしまっています。いいことも悪いことも。それが私を苦しめることもあるんです。忘れたくても、忘れられない…」


 堤はその告白に心を揺さぶられた。小野田は瞬間記憶能力を持っていたのだ。彼女が抱える苦しみと、彼女を守るために自分ができることを考えた。そして、彼女の手を優しく握りながら言った。


「沙希さん、僕はあなたを守りたい。なんとしても。だから、しばらく僕には近づかないほうがいい。僕の知り合いに言って、警察に保護してもらえるよう話してみます。」


 小野田は堤の突然の言葉に動きを止めた。堤も決心したように口を開いた。


「沙希さん、実は僕も…ある能力を持っているんです。音に過敏で、人の感情や心の動きが音として聞こえてしまうことがあるんです。それが時には役立つこともありますが、ほとんどは苦痛です。音を聞きたくない時でも、耳を塞いでも聞こえてしまう…その感覚は私にとって、とても辛いものなんです。」


 小野田は堤の告白に目を見開き、驚いた表情を浮かべた。しかし、すぐにその顔は優しさに満ちたものに変わった。


「先生も…ずっと苦しんでいたんですね。」


 堤は頷きながら続けた。


「だから、沙希さんの苦しみが少しでもわかる気がします。僕はこの能力で事件を解決していきたい。でもとても危険なことだと思います。だから僕の近くにはいないほうが・・・」


 そこまで堤が言いかけた時、突然小野田が堤を抱きしめた。


「私は先生から離れません。危険だったら尚更。さっき先生が言いましたよね。なんとしても守りたいって。それは私も同じなんです。なんとしても先生を守りたい。」


 その言葉に、堤は返す言葉が思い浮かばなかった。小野田は体を離して堤の顔を見つめながら続けた。


「私のこの能力も、先生の役に立つ時が来ると思います。私は先生から離れない。だから一緒に戦いましょ?」


 小野田はイタズラっぽく微笑みながら続けた。


「だって、私ももう無関係じゃないですよ!」


「それは・・・そうだけど」堤は言葉が続かなかった。仕方なく堤は意を決して


「じゃあ、約束してください。自分の身の安全を1番に考えること。僕が逃げてと言ったら逃げること。それから・・・」


「絶対に二人とも生き残ること」小野田が続けた。堤もそれに応えて言う。「絶対に・・・二人で生き残るんだ。」


 小野田が冗談めかして「私たちは二人とも、変わり者ってことですね」


 と言って子供のように微笑み、そっと瞳を閉じて唇を上げた。堤も顔を近づけ唇を優しく重ねた。


「この記憶は忘れられない・・・。」小野田がつぶやいた。


「僕もだよ・・・。」小野田の鼓動を感じながら堤は答えた。


 その夜、二人は互いの気持ちを伝え合い、深まる絆の中で共に朝を迎えることとなった。

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