第1話 0.1%の隠された事実で、窮地の依頼人を救え!幼馴染コンビが、冤罪を暴く
日本の刑事裁判における有罪率は、99.9%
いったん起訴されたら、ほぼ有罪が確定してしまう
このドラマは、そうした絶対的不利な条件の中残りの0.1%に隠された事実にたどり着くために難事件に挑む弁護士達の物語である。
―――99.9 刑事専門弁護士―――
「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」。かつて刑事法の権威だった元東京大学総長の故平野龍一博士が述べた言葉だ。
桐生秀次郎は、弁護士会の重鎮たちが並ぶ会議場で、その言葉を発した。時期弁護士会会長を狙うと噂の老獪に、注目が一手に集まる。
「ドラマでも報じられた今、日本の刑事司法に強い注目が集まっている。我が桐生法律事務所でも、冤罪事件には強い関心を持っている。今まで冤罪事件というと、個人規模の弁護士が挑んでいたが、我が法律事務所では新たに【冤罪対策室】を設置しようと思う。個人の弁護士の活躍を、事務所全体でバックアップしようと考えている」
「それは、素晴らしいと思うのですが、いくら日本有数のローファーム桐生法律事務所をしても、99.9%の壁を破るのはそう簡単ではないのでは?
有罪事案の刑事事件でさえお金にならないのに、さらにお金にならない冤罪事件を扱うというのは、なかなか至難の業ですぞ。
弁護士会会長を狙うパフォーマンスなら、厳しい立場に立たされますぞ。」
海月&マッキンゼーのマエージングパートナーの海月は、ライバルである桐生の発言に懐疑的だ。
「安心してくれ。冤罪対策室にふさわしい人材を、アメリカから日本に呼び戻すことが決まっている。
弁護士資格も持つ政和大学刑事訴訟法准教授の男性弁護士だ。
それを我が事務所の刑事弁護ルームから私が選んだ弁護士とタッグを組んでもらい、事実発見に当たってもらう。」
「なるほど、そうですか。お手並み拝見をいこうじゃないですか」
他の老獪達も、期待の目というより、懐疑的であざ笑うような目だが、桐生秀次郎は自信ありげに席に着いた。
数日後
「また示談がうまくいかなったのか」
刑事弁護ルーム室長の新井は、ため息とともに侮蔑の目を向ける。
「いくらあの政和大法学部在学中司法試験合格の才女でもね、弁護士が示談もまとめられなかったら使い物にならないぞ。弁護士失格だ」
「申し訳ありません。どうも被害者を目にすると躊躇してしまって」
桐生珠希は、頭を下げる。もう、刑事弁護ルームに入ってから、100回は同じように頭を下げている。140㎝代の小柄な身長も相まって、どんどん委縮してしまう。
「君はそもそも人とのコミュニケーション能力に問題があるように思えるな…過去にトラウマがあるのは聞いているが、もっとしっかりしてもらわないと」
新井は、紙の束を丸めて、陰湿に机をたたく。
「まぁ、私が説教できるのも今日で最後だがな」
「え?」
「人事異動だ。そんな桐生君は、【冤罪対策室】に配属になった」
「冤罪対策室…ですか?」
そういえば、秀次郎さんが新たに立ち上げるとか言っていたな。
「あぁ、マネージングパートナー直々の推薦だ。君はそこに新しく来る弁護士のサポートだ。せいぜい頑張ってくれたまえ。
私はこれから接見だ。忙しいので失礼するよ」
そういうと、新井はバッグを手に取り、出て行ってしまった。
荷物をまとめて刑事弁護ルームを出たものの、紙に記された場所は、事務所の奥のいわゆる窓際だ。
元々倉庫として使われていたのだろう、まだ冊子が残っているが、簡易的な黒板と椅子が二つ用意されている。
片方の椅子に荷物を載せると、部屋を見渡す。
もう一人の弁護士の席には、まだ何も置かれていない。
今日来ることになっているが、まだ約束の時間より早い。
掃除好きがうずき、自分の荷物を片付けると、早速部屋の掃除を始めた。
スーツだというのにお構いなしで、掃除を始める。
埃にまみれていた部屋が、ものの30分で奇麗になっていた。
掃除に熱中しているときは考えなかったが、掃除が終わるとふっと一抹の不安がよぎる。
また新井室長のような陰湿な人だったらやだな。
「交渉ができないんて、私って弁護士失格なのかな…」
不安に混じり、黒板を掃除し始めると
「久しぶりだな」
後ろから声が聞こえる。聞きなれた懐かしい声
後ろを振り向くとそこにいたのは、長身で濃い紺色のスーツをまとった男だった。
「まこっちゃん?」
「あぁ、久しぶりだな」
まこっちゃんこと、桐生真琴が手を挙げる。
その懐かしい顔に、思わず顔がほころぶ。
桐生真琴は、幼馴染で幼稚園から大学まで、末には司法修習までずっと同じだった。
そして幼馴染であり、『弟』でもある。
珠希は幼いころに母親を病気で亡くし、父親と二人で過ごしてきた。だが、中学校の時に、父親が事件で殺害されてしまい、身寄りのない珠希を桐生家が養子として迎えてくれた。誕生日が珠希のほうが1か月くらい早かったので、姉になる。
そして、桐生家こそが、曾祖父、祖父の桐生秀次郎、父親の桐生公平、桐生真琴と4代続く弁護士家計の一家で、このローファームの1族だ。
「帰ってくるなら連絡くれたらよかったのに」
「すまない、留学先のアメリカの大学を出たのがフライトぎりぎりで、飛行機に乗ったら安心感で寝てしまった。
じいちゃんにもなるべくギリギリまで公表しないように言われてたからな。ほら、新規立ち上げの冤罪対策室が、両方親族というのもあまり事前には公表したくなかったらしくてね。」
「何はともあれ、じゃあ冤罪対策室長はまこっちゃんなの?」
「あぁ、一応そうなる。これからよろしく頼む。っておい、大丈夫か?」
珠希は安心で気が抜けてしまった。床にへたり込んでしまった。
「大丈夫。久しぶりに会えて、よかった」
「大丈夫…?なら、何よりだ。そうそう、いち早く事務所に来て大きな荷物だけおいて、早速だが検察庁の同期にお土産を私に行きたいのがだが、少し出てもいいだろうか?
すっかり、掃除を任せてしまったみたいだしな」
「もちろん大丈夫だよ。私も軽く埃をはたいてから一緒に行こうかな。今日は特にやることないし」
「分かった。じゃあ、一緒に行こう」
珠希はスーツの埃をはたき、化粧を見直し、準備を整えた。
東京地検に入り、エントランスに着くと、同期の中島が待っていた。
「久しぶりだな、元気にしていたか? これ、お土産だ」
真琴は、アメリカの自由の女神の像を渡す。
「あぁ、ありがとう。って、これ像の形をしたチョコレートかよ。
相変わらず、甘いものと刑事訴訟法にしか興味ないんだな。こっちは元気だよ。そっちこそ、また刑事訴訟法の研究でアメリカまで行ってきたんだって?
あんまり検察批判はやめてくれよ」
「別に中島を批判したいわけではないが、まだまだ日本の刑事司法には問題が山積している。
そうだ、これ新しい名刺だ」
真琴は、今日初めて渡された名刺を、中島に渡した。
「どれどれ、おいおい【冤罪対策室】だって。お前の法学部目指した最初の事件も冤罪事件だったし、何かの縁だな。そうか、検察と戦う気なんだな」
「冤罪事件が好きというより、事実が知りたいだけだよ。検察官が事実を突き止めてくれれば、僕はやることなしさ」
「言ってくれるじゃないか。まぁ、俺個人の意見としては、検察の手違いで冤罪を生み出しそうになったら、止めてくれる人がいるのは心強いけどさ。
俺も、検事として当たり前だが、冤罪には反対だからさ」
「さすがは中島だな」
「ところで、真琴の後ろに隠れているちびっ子は誰だ?」
「え? ああ、珠希だよ。同期だろ」
「あぁ、珠希ちゃんかぁ。久しぶりだな」
「こ…こんにちは」
挨拶だけすると、すっと後ろに隠れてしまった。
「こっちも相変わらず、コミュ障治ってなんだな。まぁ珠希さんらしいけど」
そんな雑談をしている中だった。
60代くらいの女性が、エントランスに入ってきて、何か叫んでいる。
それを警備員が抑えている。
「おい、なんだあれ?」
「あぁ、松菱部品社長殺害事件の被告人の母親だよ。
冤罪だと訴えている。極めて有罪に近いがな」
「冤罪?」
「あぁ、殺害現場に被告人の指紋、血液、指紋のついた凶器、そして被告人は酔っぱらってなんも覚えてないときた。」
「起訴の条件はそろっているというわけか」
「あぁ、いくら何でもこれはひっくり返らないぞ」
「そうか」
「まぁ、珠希さんは違うみたいだけどな」
「え?」
後ろを振り返ると、さっきまでいた珠希は被告人の母親の前に座っていた。
「相変わらず、変わってないな…お前の幼馴染は、泣いている人がいたら救いたくなる正義感の強い弁護士だな。ほらお前も行った、行った!」
中島に背を押され、真琴も母親のもとに向かう
絶対冤罪だ。息子がそんなことするはずない!
香椎一美は、必死に訴えた。
弁護士に相談しても、情状酌量を求めるのがベストと、無罪判決目指して戦ってくれない。起訴・不起訴を決める検察官に話をしようにも、警備員に止められてしまう。
うちの子は絶対にやってない…なのに…このままでは、ほぼ確実に有罪になってしまう。これが日本の刑事司法なの?神様、いるなら私を助けて
そんな中、目の前にスーツを着た少女が立っていた
「冤罪事件ですか?」
少女は、ハンカチとともに1枚の名刺を出してきた。
「桐生法律事務所 冤罪対策室?」
「えぇ、話は少し聞きました。松菱部品社長殺人事件の件ですよね。
任せてください、息子さんが無実なら、事実を明らかにします。
私たちに任せてくれませんか?」
珠希は、救世主のような温かい笑顔で、母親の手を握った。
「先生は、うちの子の無実を証明してくれますか?」
「はい、任せてください」
かくして、冤罪対策室最初の事件捜査が始動した!
真琴と珠希は、早速母親の依頼を受け、留置場に向かった。
面会室で対面すると、被告人『香椎和也』は若いのに、髭が伸び髪がぼさぼさで、年齢より老けて見えた。
「こんにちは、お母さまより弁護を引き受けました、桐生法律事務所の桐生真琴です」
「桐生珠希です」
珠希はもうコミュ障のかけらもなかった。被告人に向き合う弁護人の本気の目だ。
「香椎和也です。今度の弁護士さんは、僕の無実を信じてくれるんですか?」
香椎の目は疑心暗鬼に満ち溢れていた。
「あなたが無実なら、事実を明らかにしてみせます」
「でも、俺はもう起訴されているだろ…有罪率99.9%でどうにかなるのか?」
「確かに、無実を証明できる確率は0.1%です。でも、0.1%でも可能性が残っているなら、私は戦います」
「…分かった。弁護士さんを信じよう」
どうやら珠希は、信頼を勝ち得たようだ。
「早速ですが、事件の概要を教えてください」
場が温まったところで、真琴が切り出す。
真琴と珠希はノートを出し、準備を整えた。
「例のドラマみたいに、生い立ちからですか?」
「えぇ、話していただけるならなるべく詳しく」
事件の概要はこうだ
被告人 香椎和也 26歳
事件当日、香椎さんは会社で夜遅くまで社長と同じ部署のメンバーで飲み会をしていた。
午後9時過ぎ頃、香椎さんは酔いが回りソファーに横になった。
そこからの記憶はない。
そして目が覚めると、1階の倉庫で寝ており、手には社長の血の付いた香椎さんの仕事用スパナが握られていた。そして、横には社長の死体が横たわっていた。
死亡推定時刻は、午後9:30~午後10:00
香椎さんの疑われた原因は、他にも現場に争った痕跡のあること、香椎さんの頭に血と打撲があり、現場に香椎さんの血痕が残されていたこと。
香椎さんの携帯電話から、社長である松菱重信さんに電話の履歴が犯行時刻前にあること。つまり、香椎さんが松菱社長を呼び出した可能性が高い。
さらに、香椎さんのSNSには、会社での鬱憤が書き込まれており、動機も十分にあった。
さらに、香椎さんは酒癖が悪く、以前居酒屋で喧嘩騒動を起こしたことがあり、今回の殺人事件も酒に酔った感情的な犯行の線が濃厚であること。
「検事さんに何度も記憶がないって言ったんです。でも、何度も何度も朝から晩まで同じような取り調べされて、何度否定しても話を聞いてくれなくて…気が滅入ってしまって…
しかも、俺のせいで親父やおふくろも誹謗中傷されているって聞いて、完全に参ってしまって、調書にサインしてしまったんです。」
「そうだったんですか…それは辛かったですね。もう大丈夫ですよ」
珠希が温かく声をかける。
桐生法律事務所
「なかなか厳しい状況だね」
冤罪対策室の黒板に状況を図示した珠希が、ため息をつく。
「あぁ、だが気になることがいくつかある。早速現場に行ってみよう」
「早速現場だね!分かった」
真琴と珠希はタクシーにのり、松菱部品に向かった。
「あ! ごめんお金ない…まこっちゃん奢って」
タクシー代は金欠の珠希には払えず、真琴が支払った。
金欠の原因は、成功報酬型の弁護士業務でなかなか成果を上げられなかったのが原因だ。久しぶりの幼馴染、かつ弟に奢りを頼むなんて、珠希が恥ずかしくなった。
松菱部品につくと早速、飲み会で一緒だった香椎さんと同じ部署の方の話を聞いて回った。
まずは、香椎さんの上司でもある浅野部長だ。
「普段の香椎さんの様子はどうでしたか?」
「いやぁまじめに働いていたよ。だが、まじめだからこそ、同僚との衝突も多かったかな。なんというか、自分がこうと決めたら、融通できないタイプなんだよね。それで、会社への鬱憤がたまって今回の事件を起こしたんじゃないかな」
「そうですか。因みに、飲み会での香椎さんの様子はどうでしたか?」
「いやぁ、僕は最初だけ参加して、家に帰ってしまったよ。だから、事件のことはあまり知らないんだ」
「分かりました。ありがとうございます」
次に、同僚の峰岸さんに話を聞いた。
「普段の香椎さんは、どうでしたか?」
「普段はまじめだけど、やっぱり酒が入ると喧嘩騒動を起こす癖があったね。
あとは、女性社員のお尻を触ったこともあった。
酒癖の悪さは、かなりあったと思う」
「そうですか、当日もかなり酔っていましたか?」
「そうだね。かなり酔っていったよ。ただ、普段よりは気分の上下が少ない穏やかな酔い方だったかな…いつもは、もっと笑い上戸のようにうるさかったから…」
「そうですか、ありがとうございます」
他の同僚の方にも話を聞いたが、どれも似たり寄ったりだった。
同僚と上司に話を聞いて終わり、早速調書と現場を照らし合わせていく。
現場は1階の会社を出て少し離れた倉庫だ。
第一発見者だった警備員の永松さんや、同僚の峰岸さんに同行してもらった。
「早速ですが、このスパナは現場に香椎さんが握っていたんですか?」
検察の調書のコピーに写されたスパナの写真を見せる。
「えぇ、間違いありません。このスパナです。」
「香椎さんが普段仕事をしているのは、どこでしょうか?」
「えっと、2階ですね。」
「2階ですか。では、このスパナの同型のスパナは1階にありますか?」
「いやぁ、この形のスパナは2階でしか使わないね」
峰岸さんが質問に答える、
「そうなると、おかしいな」
「おかしい?」
珠希が不思議そうにこちらを見る。
「今回、香椎さんの衝動的な犯行なのに、わざわざ2階からスパナをもってきている」
「じゃあ、衝動的に見せた計画的犯行?」
「いや、このスパナは相当大きい。こんな大きなスパナを持ち歩いていたら、流石に誰か不審がるだろう。実際、峰岸さんは香椎さんがスパナを持っているのを見ましたか?」
「いやぁ、確かに見てないな。これだけ大きなスパナだから、持っていたら気づくはずだけど」
「確かに、不自然だね」
珠希も同意のようだ。
「では次に、監視カメラの映像を確認させてもらえませんか?」
真琴と珠希は、場所を変え事務所に向かった。
「えぇ、事件のあった日の分は警察から保管するように言われているので、見せることは可能なのですが…」
事務員の今井が少し言葉に詰まる
「どうかしましたか?」
「経費削減で、会社の一部しか録画されてないんですよね。映っているのは、事務室の前を通る香椎さんの姿くらいですかね」
「事務室の前を香椎さん通ったんですか?」
「確かに検察の調書に書いてある。この事務所の前を通って倉庫に向かう香椎さんの映像が、検察が犯行に向かう姿と解釈いているみたい」
「なるほど、その映像見せてもらってもいいですか?」
「かまいませんよ。どうぞ」
今井は、パソコンの前の席を空け、椅子を譲ってくれた。
そして、珠希用にもう一つパイプ椅子を用意してくれた。
監視カメラの映像を見ると、確かに午後9:00に事務所の前を通っている
だが、だいぶ千鳥足で、フラフラしている。
「峰岸さん、この時のことって覚えていますか?」
「あ!確か、いつもより酔いが早いから、外の自販機に水を買いに行きつつ、外の空気吸ってくるって言って、部屋から出て行ったね」
「なるほど、この行動が犯行に向かったようにも見えるというわけか
他にも何か手掛かりになることが映っているかもしれない。
もう一回再生してもらえますか?」
「分かりました」
真琴と珠希は、防犯カメラの映像を何度も見た。
特に不審な点はないように見えたが、10回目の時小さな違和感が生まれた。
「この香椎さんが角を曲がった後に映る、黒い物体なんですかね?」
「どれですか?」
今井や峰岸が、画面に注視する。
「確かに通った後、監視カメラの端に黒い物体が映っていますね」
「もしかして…香椎さんの靴」
真琴の頭に一つの推測が浮かんだ。
「この角の場所、見せてもらってもいいですか?」
「分かりました。こちらです」
今井の案内で事務所の角に向かうと、壁に赤黒い跡が残っていた
「これ、血痕じゃないか」
「そうだね。でも、どうしてこんなところに血痕が」
「僕の予想だと、ここで香椎さんは転んで壁に頭をぶつけたんじゃないかな」
「なるほど、香椎さんの頭の傷は殺害時の争った時にできた傷ではなく、このときにできたのか」
「あぁ、念のため血液を鑑定してもらおう。民間の法科学研究所に連絡を頼む」
「分かった」
「そして、その時に脳震盪と酒で意識を失った。いや、さっき峰岸さんが言っていた『いつもより酔いが早い』ことを考慮したら、睡眠薬を混ぜられていたかもしれない」
「なるほど。もしかすると、意識を失った状態で誰かに運ばれて倉庫に連れていかれたのかもしれないね」
「あぁ、その線はあるかもしれない。ほかに監視カメラの映像はありますか?」
「いやぁ、警察と一緒に確認したけれど、誰かが香椎さんを運ぶ映像はなかったですよ」
「そうですか…」
「そういえば、一階入り口の監視カメラが事件の日を含めて3日間ほど止まっていたみたいですね」
「1階の入り口ですか?」
犯人が、1階の監視カメラに写ったら困ることでもあったのだろうか…
真琴は次の策を模索し始めた。
松永、峰岸とともに、今度は現場となった倉庫を見ていった。
倉庫は、一階の入り口から倉庫までは、距離にして500mほど。入り口を出て、会社の壁を進み、角で曲がって日陰のある奥まったところにあった。
倉庫の近くは警察の現場検証の跡が残っており、閑散としていた。
「倉庫の中には、特に何も残っていませんね」
「えぇ、現場検証の際に邪魔な荷物はどかしましたので」
「倉庫にも監視カメラは…ないみたいですね」
「ふむ…代わりになりそうなものがあればいいんだけど」
真琴は倉庫と入り口の間を往復する。
すると、倉庫と入り口の間には、駐車場があるのに気が付いた。
「駐車場…もしかして、誰かのドライブレコーダーの中に映像が残っているかも」
真琴は早速、社員の協力のもとドライブレコーダーの映像を確認した。
ドライブレコーダーの映像の確認には、かなり手間取った。
午後1時に松菱部品に来たのに、もう夜の8時になってしまった。
珠希が会社の給湯室を借りて作った手作りの苺サンドイッチを食べながらだったので、多少の苦労の軽減にはなった。珠希のサンドイッチは、甘みがちょうどよくおいしい。
会社を閉める時間になり、会社を去った。
「どう、収穫はあった?」
珠希が洗い物を終えて、部屋に戻ってきた。
「あぁ、あったぞ。香椎さんを台車で運ぶ浅野の姿が、カメラに写っていた。時刻は9時頃。」
「それって、浅野さんが今回の犯行にかかわっている可能性があるってこと?」
「あぁ、これで検察に再捜査の依頼ができる。
とりあえず、事務所に戻って、これまでのデータを並べて、検察に再捜査の依頼の準備をしよう」
僕と珠希は、社員にドライブレコーダーのメモリーカードを返し、会社を出た。
それから二人は事務所に帰り、パソコンでまとめた。
事務処理能力は珠希のほうが高く、数時間かかるであろうところが1時間で終わった。
おかげで、早く帰ることできた、
次の朝、昨晩まとめた資料を手に担当検事に面会に向かった。
「どうも担当検事の田村です」
田村は、中肉中背の少し腹の出た背丈で、底意地の悪そうな顔をしていた。
「これまでにまとめた資料です。この事件、冤罪の可能性が出てきました」
田村は資料を読み込むと、ニヤァと笑い
「いや、これは浅野の犯行はありえないですね」
「ありえない、どうしてです?」
「浅野部長は家から午後9:30に電話している。
その姿を奥さん同士の仲のいい松菱氏の奥さんも家に泊まりに来ていて確認し、データも残っている」
「しかし、電話だけならどこででもできるでしょう?」
「いや、家の給湯器の音声も入っている」
「なるほど、ではそのデータいただいてもいいですか?」
「どうぞ、まぁ調べても無駄でしょうけど」
「分かりました。ありがとうございます」
真琴と珠希はデータをもらい、早速事務所で録音を確かめた。
検察を出た時だった。
携帯電話に依頼人の香椎一美から連絡が入った。
香椎和也の父、香椎重道が持病の心臓病で入院したとのことだった。
それを真琴と珠希は、留置場に行き、早速香椎和也に伝えた、
「そんな…親父が倒れるなんて…
先生、早く俺を出してください。
親父には苦労ばかりかけさせてしまって、ちゃんとお礼も言えてないんです。
こんなことで、親父の顔を見れないんて、辛すぎます
どうか、助けてください。お願いします」
和也は、頭を下げ必死に訴えてきた。
「全力を尽くします。だからあと少し頑張ってください」
珠希が励ますように、温かい顔でエールを送った。
検察に可能性を潰され辛い時でも、ちゃんと相手を思って励ましになるような表お嬢をできるのは、さすがは珠希である。
「お世話になっています。松菱部品の浅野です。明日の注文は、明々後日以降に到着でお願いします」
このセリフの最中に、「お風呂が沸きました」という給湯器の音声が入っている。
「確かに家でとった音声っぽいね」
珠希が落胆した声を上げる。
だが、真琴には気になる音があった。
「この最後のほうに聞こえる謎の音なんだろうか」
真琴は珠希にイヤホンを渡し、音を聞かせる
「確かに、この音気になるね」
「研究所にこの音声の解析も依頼しよう」
「分かった、やっておくね」
真琴は珠希に解析依頼を頼んだ
「あとは、浅野部長と社長の関係さえ分かればいいのだが…」
「社内調査かぁ…それは、私たちには難しいよね」
はぁ、と二人でため息をついた時だった。
「やっと、私の出番のようだな」
後ろを向くと、桐生秀次郎が立っていた。
「よくここまでやったな。ここからは、組織の力を頼ってくれ。社内調査は、私から企業法務部に依頼しておこう」
「ありがとうございます」
こうして、結果が出るまでの数日が過ぎた。
結果が出た日から数日後、第1回公判が開かれた。
法廷に入るのは、久しぶりでネクタイを入室の際再度締め直した。
「弁護人、証人尋問をお願いします」
証人は、勿論浅野部長だ。
「はい、弁護人の桐生真琴から質問します
証人は、事件当日の午後9:00頃何をしていましたか?」
「はい、帰る前に部下の香椎和也さんが外の風を浴びたいというので、台車で外に連れ出しました。
外に連れ出した後は、そのまま家に帰りました。」
「分かりました」
流石に検察に資料を見せたからには、検事から台車のことは聞いているのだろう。台車の件は真っ当な理屈で返ってきた、
「では、午後9:30頃は何をしていましたか?」
「はい、午後9:30には、家から電話をしていました」
「裁判長、ここで証人の記憶喚起のために弁10号証の音声を流しても構いませんか?」
「どうぞ」
珠希が、電話の音声を流す
『お世話になっています。松菱部品の浅野です。明日の注文は、明々後日以降に到着でお願いします』
「この音声で間違いないですか?」
「はい、間違いありません。」
「本当に間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
浅野は鬱陶しそうに、答える。
「裁判長、ここで弁10号証の音声を鮮明化したものを流したいのですがよろしいですか?」
「どうぞ」
真琴は珠希に合図をする。
すると、珠希がパソコンから音声を流し始めた。
「ここで一時停止」
丁度『お風呂が沸きました』の後で音を止める。
「この給湯器の音声の前の音を拡大します」
すると、録音機の音声を再生するかのような再生ボタンの音が聞こえる。
「ここで、本件給湯器の音声が、法科学研究所より、録音機による音声の再生という鑑定書の弁11号証を提示します」
「証人、これはどういうことですか?」
「ふん、確かに録音機を使ったが、それすなわち現場にいたとは限らないだろう。」
浅野は開き直って堂々としている。大したたまだ。
「では、続きまして弁10号証の最後の方の音声を拡大した音声を流します」
『お世話になっています。松菱部品の浅野です。明日の注文は、明々後日以降に到着でお願いします』
この音声の明日の注文は…のところで、『根本運輸です。松菱部品さんに納品に上がりました』
という音声が入っている。
「きっと、いつものことで聞きなれているため、気にも留めなかったのでしょう。
しかし、今流した音声の通り、この根本運輸さんの音声が聞こえるのは、松菱部品の会社の敷地内だけなんですよ。
なお、弁12号証として、根本運輸さんの配送記録を提示します。」
「異議あり! 本件とは関係のない主張です。浅野氏が会社にいることをなぜ偽る必要がある?」
「え?分からないんですか?僕が言っちゃっていいですか?」
「どうぞ」
田村は、半分キレ気味である。
「本件は、浅野さんが会社のお金を横領していたことに事を発します。会社の金を横領したことがばれた浅野さんは、社長の殺害を決める。また、同時にDVを受けていた松菱社長の奥さんと共謀して、酒癖の悪かった被告人の犯行に見せかけようと企て、被告人に睡眠薬を飲ませ、酩酊させる。その後、被告人が運悪く自分で歩いてしまい、壁に頭をぶつけ出血し気を失う。その状態の被告人を倉庫まで連れていき、同時に社長を被告人の携帯電話で呼び出し、被告人のスパナで社長を殴打し殺害する。浅野さんの指紋がなかったのは、手袋をしていたからでしょう。被告人の現場の指紋は、気を失った被告人の手に色々触らせたからでしょう。そして、被告人の頭の傷を見て、争った形跡を浅野さんは作り、あたかも争った際にできた傷であると思わせた。
以上が、今回の犯行の全容です。
弁護人からは以上です」
すると、浅野はクソっと証言台をたたいて、泣き崩れた。
その後、検察は起訴の取りやめを決めた。
おかげで、香椎さんはすぐに釈放されることができた。
だが、担当の田村にとっては、検事人生にバツが付いた。
井上哲郎検事正に呼びされ、刑事部長検事の松本孝明とともに、謝罪に来た。
「今回の起訴取り下げは検察の威信を、深く傷つけた。深く反省したまえ」
「申し訳ございません」田村と松本は、深く頭を下げた。
平和台病院
真琴と珠希は、釈放された香椎和也を連れて、彼の父親の病室に連れて行った。
「「和也!」」
「おふくろ、親父!」
和也は二人に向かっていって、抱き着いた
「よかった! 本当に良かった!」
「和也の無実が証明されて、本当に良かった」
「俺も親父に会えて、本当良かった。」
香椎一美は、ボロボロと涙を流して感動している。
「先生、本当にありがとうございました」
3人はこちらを見て、深々とお礼をした。
それを見てボソッと
「今回の事件は、珠希が声かけたから解決した事件だ。
珠希は立派な弁護士だ」
真琴がつぶやいて、親子の団らんを邪魔しないように珠希を連れて部屋を去った。
部屋を出ると、追いかけるように珠希が近づいてきた。
「今回の事件、私何もできてないよ…」
「いや、珠希の協力がなければ解決できなかった。
それに、最初に声をかけたのも珠希だ。
やはり、珠希には弱者を救いたいという熱い正義感があるのだろうな」
「それをいうなら、まこちゃんこそ凄いね。また冤罪事件の事実を暴いたね。
もうあの最初の事件から10年たつのか」
「そうだな…久しぶりに本田家の墓参りにいくか」
「うん」
僕と珠希は、病院のタクシー乗り場に向かった。




