寄り道は帰りにしかしない!?
「いやー、マジでごめん」
「僕は気にしてないよ。このままだと、ずっと話しちゃってたかもだし」
「俺も気にしてないよ。明日も早いから、そろそろ帰らなきゃだし」
「いや、本当にありがとうだわ!」
あの後、石田の彼女から電話が掛かってきて、他に彼女がいたことがバレたらしい。なんと、付き合っていた二人の彼女の職場が一緒だったらしく、彼女同士が彼氏の話をした時にバレたらしい。
「俺の収入源がァァァ!」
「とんだクズだな」
「僕、友達として恥ずかしいよ」
しかしこいつには、その二枚の手札を失っても、後六枚の手札が残っている。本当にどうしようもないクズだ。
「ま、そういうことだから、じゃね」
「ああ、またな。英翔も休み取れたら連絡頂戴」
「うん、休みが僕にあったらね」
『︙︙なんかごめん』
そんなやり取りをした後、三人で手を振り合って、別々の方面に別れていった。
「俺も帰るか」
二人が見えなくなるのを待ってから、自分の自宅まで歩く。
すると、自宅周辺で座り込んでいる人影があった。
「須藤、何してんだ?」
よく見てみると、今年から三年生になった須藤紫織がいた。
「散歩。先生こそ、こんなところで何やってんの」
「いや、須藤の後ろの家が俺の家だからさ」
「え?︙︙本当だ。表札に架谷って書いてある」
こんな時間に一人で散歩とは、相変わらず変わった生徒だ。進学校である富士谷学園の中でも、上位にランキング入りをするほど頭が良く、スポーツも全国レベルだ。だが、須藤は変わった性格で、何を考えているか読めない。
「こんな時間に女性が一人でいるのは危ないぞ。早く家に帰りなさい」
「︙︙家に泊めてくれないの?」
「はぁ!?」
あまりの衝撃的発言に、気の抜けた声が出てしまった。幾ら遅いとはいえ、女子高生を家に泊めるなど、絶対にあってはならない。そんなふうに慌てていると、須藤が少し笑った。
「冗談。家に帰るから送ってってよ。女の子だから、帰り襲われちゃうかもだし」
「︙︙ったく、分かったよ」
そう言うと、須藤は前を歩き出した。俺は須藤の後について行き、不審な人物がいないか、辺りを注意深く見渡す。
「てか、須藤の家ってどこら辺なんだ」
「すぐそこにあるよ」
須藤は家の方面を指で指し示した。なんと、須藤が指した方角には、高級な家々が連なる、高級住宅街だった。指した方角に向かい歩いていくと、須藤が立ち止まる。
「ここ」
「︙︙で、デカっ!」
「そんな、大袈裟だよ」
いいや、大袈裟じゃない。これは想像を超えるほどにでかい。あまりの豪邸にジロジロと眺めていると、須藤の家の扉が開き、黒髪を後ろで縛っている綺麗な女性が出てきた。
「あ、お母さん」
「紫織、あまりにも帰りが遅いから、お母さん心配したのよ!」
「ごめん」
須藤の母親は、須藤を胸元に抱き寄せると、蛇のような眼差しでこちらを睨む。
「こんな夜遅くに紫織を連れ回して︙︙あなたは誰なんですか?」
須藤をガシッと掴み、外敵から子供を守る母鳥のように、俺を威嚇している。これは誤解をとかなければならないようだ。
「お母さん、この人は私のバレー部の顧問。私が一人でいるのが危ないからって、家まで送ってくれたの」
俺が事情を説明する前に、須藤が先に誤解を解いてくれた。その事情を娘から聞いた須藤の母は安心し、俺を見る目が優しいものへと変わっていった。
「そうなんですか!わざわざありがとうございます!︙︙あっそうだ!よければこちらを持って行ってください」
須藤母はそう言うと、家の中に駆け込んでいき、何かを持ってきた。
「こちらを持って行ってください」
「いやいや、そんな受け取れませんよ。私は、普通のことをしたまでですので」
「そんなことを仰らずに、私からの感謝の気持ちなので!」
「︙︙そこまで言われましたら、ありがたく頂戴いたします」
須藤母の勢いに押され、謎の袋に入った御礼品を受け取る。手に担ぐと想像より軽く、少し驚く。
「では私はこれで」
「先生」
御礼品も受け取ったので、家に帰ろうとすると、東堂から呼び止められた。なんだと思い、後ろを振り返る。
「あっ︙︙ごめん何でもない。先生、じゃあね」
「ああ、またな。お母様、私はこれで失礼します」
そう言って、今度こそ帰路に着く。しかし、東堂は何を言いたかったのだろう。気になる。まぁ、そんなことをうだうだ考えていても仕方がない。早く帰って、ビールでも飲むか。そう思った俺は、鼻歌を歌いながら家に向かった。
「ただいまー」
家に辿り着きいて鍵を開けると、誰もいないことはわかっていても、何故か言ってしまう。心のどこかでは、寂しがっているということなのだろうか。先程東堂母に貰った御礼品を机の上に置く。
「何入ってんだろ」
中身はハンカチとかだろう。独り身だと、案外そういうプレゼントは嬉しかったりするのだ。中を探ると、茶色の封筒が出てきた。
「え?十万円入ってんだけど︙︙」
その中身を見たせいか、夜は一睡もすることは出来なかった。