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新渡戸 聞治の成り上がり!?

 俺は目を疑うような光景に、唖然としているしか出来なかった。そんな俺を尻目に、先程まで緊張感が感じられなかった緑川は、急に眉を吊り上げて新聞部部長を睨みつけた。

「おや?珈琲が口に合わなかったかな?」

「……そんな世間話をしに来たんじゃないわ」

 心の中で何を考えているのかが見えない訝しげな笑みを浮かべた新渡戸の言葉を乱暴に退け、拳を強く握りながら唸るように声を出した。そんな様子に怯えることなく、新渡戸は笑みを崩さないまま俺を見ながら口を開く。

「ああ、知っているさ。私は何でも知っているからね」

「じゃあ、私が何の理由があってここに訪れたのかも分かっているのでしょう?」

「勿論さ。スキャンダルについての記事だろう?」

 視線を俺から離した新渡戸は、俺たちへ向かい合うようにして前にあるソファへと腰を下ろした。誰からも見てわかる程怒りが露わになっている緑川を前に随分と余裕な態度を示しており、その落ち着き具合が逆に怖さを引き立てる。補佐役の生徒が差し出したコーヒーを目視すると、机の横に置いてあった透明のガラス瓶の蓋を開け、角砂糖を数十粒放り込んだ。そして表面張力がギリギリのところまで働いたところで満足したのか、脚を組んで甘ったるくなった珈琲を啜った。

「そうです。私と嘉人先輩が交際しているなんていう嘘を今すぐに取り消しなさい」

「嘘……」

「ええそうよ。何1つとして真実がない、真っ赤な嘘。だから、嘘であったと情報を訂正しなさい。たかが、学生の新聞作りなんだから」

 そう強く緑川に言われた新渡戸の口元は一瞬笑みが消えるも、新渡戸は臆する事なく、笑みを浮かべたまま光のない瞳でこちらを見据える。そしてふと、彼女の瞳と鉢合わせになる。何処か遠い未来を見ているような、そんな吸い込まれそうになる不気味な瞳は、鏡のように俺を映し出す。

「……何故新聞は、不倫騒動を大々的に取り上げると思うかね?」

「……え、それは、その方が新聞社にとって利益があるからよ」

「では何故、利益が生まれると思う?」

「さっきから、質問ばかりで話から逸れているんだけど」

「……仕方ない。せっかちな君のために、結論から述べよう」

 先程から緑川に質問を投げ掛けるだけで、訂正するかしないかという結論に至ることは無い。その状態に痺れを切らした緑川は、怒りが言葉の節々に現れていた。そしてそれに対し、新渡戸はため息混じりに答えを教えた。

「それは、人が刺激を求めるからだよ」

「刺激を……求める?」

「ああ。人は気付かぬうちに全ての物事をステレオタイプ化しているんだ。そして、その枠組みに基づいて言えば、政治や世界情勢に関わるニュースよりも、芸能ニュースなどの身近な話題の方が受けがいい」

「つまり、その人間的心理を利用しているに過ぎない……と?」

 新渡戸は緑川の言葉に対し、ただ不敵な笑みを向けるだけである。だが、その表情だけで返事がどうなのかは嫌でも分かってしまう。新渡戸は立ち上がり、珈琲を片手に窓際へと歩いていくと、こちらを向くことなく話し始める。

「これで分かったかな?君の主張では、この記事を取り下げることは出来ない」

「……くっ」

「どうしてもと言うのなら、私を退部させると良い……まあ、君に出来ればの話だがね」

 新戸部にそう言われた緑川は、悔しそうに唇を噛み締めながら席を立ち上がると、逃げ出すように部室から出ていった。その様子を見て、悦に浸っている新渡戸へ俺は視線を戻す。

「嘉人先生、君は戻らないのかね?先ほどの説明で、私が記事を取り下げる気がないと分からなかった訳ではあるまいに」

「ああ、取り下げる気がないことは知っている。だから、取引をしよう。新渡戸」

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