第3章 魔法使いとして 10 罠
直哉たちは謁見室、そして脱出路の先にあった出口に到達した。だが、すでに、ウラジモスクの王たち魔族は、直前にそこから外へ逃げ出していた。
「王は、何処へ行った!」
「残念、逃げおおせたのね」
アリサと智子の悪態を聞きながら、直哉は緊張が解けたのか、再び愚鈍になり下がっていた。
「逃げちゃったのかな?」
彼はそう言いつつ、智子の指示で木刀を持ちだし、倒れている魔族の一人の脳にアクセスした。直哉がアクセスしたその魔族の脳裏には、女王の姿.....今まで出会った王族よりも一世代前の魔族の容姿が浮かんで見えた。
「これは、今まで追跡してきた王族たちの、母親なのかな?」
それを聞いた智子とアリサは少しばかり喜びの声をあげた。
「母親の姿が見えたのね!」
「その母親が王であるとすると、王族の中の親世代かしら」
「母親がいるのであれば、父親もいるということになるわね」
「母親が王で父親が王配かしら?」
「違う......この女王はここを任されている……つまり、今までの王たちと同じ地位と考えた方がいいね」
「というと、どういうことになるのかしら......ここでの女王が親世代であり今までの王と同じ地位なら、その背後の一段上にいるのが女王の夫、王族達の頭目、魔王ということになるわね」
分析結果らしい結論を得た智子は、智子とアリサが話し合っている間じゅう、空中を見つめてボケっとしていた直哉に話しかけた。
「じゃあ、直ちゃん、もう少しこの魔族の頭の中をのぞいてくれないかしら…ここの女王の後ろのイメージを探ってくれないかしら?」
「わかった......やってみる......ここの女王の背後ね......そうか、この背後のぼんやりしたイメージがそうなのかな......誰だろう、この男は......この母親の、ここの女王の夫みたいだ!」
直哉の言葉に智子が応じた。
「つまり、王の王、魔族の王族の頭領、魔王というところ......つまり僕らの目指す敵の核ね」
直哉がぼんやりと潜在意識で感じていた王達の背後の姿...それが彼らの目指すべき敵 魔王ラーメックだった。
他方、直哉は、逃げ出した女王と側近たちが、逃げ出した後もいまだにこのウラジモスクのあたりにいることを感じていた。
「女王は、まだ此処近くにいる……ここには、魔素が未だに濃く蔓延しているから......都市の近くにこの迷宮と同じように、別の宮殿か城塞がある」
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たしかに、魔素とその大きな流れは、ウラジモスクの別のところに再び出現していた。智子もそれを悟っていた。ただし、この展開は、智子にとっては、過去に経験したことのある罠とそっくりだった。巧妙に誘い込み、食いつかせ、気付いたときには体に食い込む刃......それが、智子が遥か古代に創造されたときから知っていた宿敵の印象だった。
「これは、罠ね……表に出てこないけれど...そう、表面的には人間レベルが仕組んだ罠......まるで、ここですよ、と私と直哉にささやきかけているように......わなを表面的に仕掛けているのは、おそらく大陸勢力側の人間で私と直哉とをよく知っている女ね……林梓晴かしら……でも、そんな形で人間のレベルで仕込んだと見せかけ、その奥に私の宿敵の匂いをさせている」
様々な側面の見えた罠だった。それでも、彼らはこの宮殿に鎮座した女王を追い詰める必要があった。
「直哉、智子、アリサ、あんた達を待っているわよ......あんた達が大陸勢力領域に入り込んできた時から、ここまでおぜん立てをして、この罠を仕組んで、この時を待っていたの......さあ、どうするのかしら?」
罠の横で、梓晴がほくそ笑んでいた。また、梓晴たち人間や、第一王妃ツィラや魔王ラーメックなど魔族の王族の背後では、彼らを無意識レベルで導く大魔ルシファーも、燭天使智子を討つ好機として出て来ていた。
「智子と名乗る燭天使よ、お前はあまりに露骨に直哉を導いた。我らはそれを黙ってみてはいないぞ……智子よ、それゆえ私、ルシファーが直接に出向いたぞ」
この彼こそが、長年にわたり智子が宿敵としていた存在だった。
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三人は、都市部のなかに再び潜んだ。彼らは、魔素の充満している箇所を探し求めた。こうして、次第に彼らは罠に嵌っていった。それは、直哉の正義感を利用したものだった。
背の高い魔族の男が、大陸勢力人の子供たちを捕まえて絡んでいた。どうやら、魔族は朝っぱらから子供たちを騙す口ぶりでいばりちらしていたようだった。そして、智子はそれが以前経験したシーンであることを悟っていた。どうやら、罠の仕掛人は、直哉が何度もこのようなシーンで義憤を感じていたことを見逃してはいなかった。
「お前、誰のおかげでこの町中で暮らしていけると思っているんだ?」
「はい、魔族様のおかげです」
「そうか、家畜人類たち、おっと失礼、未来の同志たちよ」
魔族は増長し、周囲の大陸勢力の大人達も相槌を打った。
「はい、同志、魔族様」
この時、魔族の視野にいきなり横切る母子の姿があった。
「おい、そこの女......その息子を此処によこせ......俺が此処でお前たち家畜人類に向けて、説教をしてやっているんだ」
母親も、その幼い息子も顔を上げずに、そのまま通り過ぎようとした。
「待て、と言っている」
「お、お許しください」
「待て、と言っているのが聞こえないのか? 女!」
魔族はそのまま背をかがめて、母親と思しき女の顎を人差し指で引きあげた。
「お前、美女ではないなあ......この醜悪さ、駆逐人類だな....この害虫どもめ」
「お、お許しを......」
周囲の大陸勢力の人間たちが、大人もこどもも、その母子を助けようとはしなかった。それどころか、大人たちがハンサムな顔に担わず、口汚い言葉を発し始めた。
「醜悪な人間、醜悪な子供め」
周囲の子供たちも、母親に庇われている幼子と同じ年齢のはずなのに、同様に醜悪な言葉で雷同し始めた。ただ一人のその幼子だけは、相槌を打たずに魔族を睨みつけていた。
「おかあさんをいじめるな! お父さんはそんなことをしたことなんてない! いったことない! そんないいお父さんだったのに、お父さんは強制的に連れて行かれ、『駆逐人類』といわれて野生の剣闘士として、なぶり殺しにされた。お母さんも、連れて行かれた。僕がそこへ行くと、お母さんの声が聞こえた。悲鳴だった。だから、ここまで僕が引っ張ってきたんだ」
それが、その子供の訴えであり、ただ一人だけが相槌を打たないことの理由らしかった。
魔族はそれを笑いながら眺め、さらに恐ろしく低音が地響きを増すように言葉を継いだ。
「幼子の極悪人よ、我々が一度捕らえた囚人を逃亡させるのかね」
「僕が、お母さんを守......」
この言葉が幼子から出た途端、魔族は人差し指で彼を弾き飛ばした。
「駆逐人類め、お前たちは始末に値する」
母親は涙を流しながら、幼い息子をかばおうとした。
「お慈悲を! お慈悲を!」
直哉の肩は、呼吸することを忘れ、怒りに震え始めた。
「だめよ......これは罠へ導く餌よ」
智子は、そう言いつつ直哉を見つめた。直哉は、子供に対しても雷同を強制するという魔族に怒りを燃やしていた。さらに群衆達にも、それをあおる魔族にもさらに怒りの視線を向けた。 智子はできれば彼を止めたかった。だが、次の瞬間、彼は彼らにとびかかっていた。
「お前たちはすでに滅びの間際にあるのに、まだ弱い者を嬲り殺すつもりか!」
彼はその言葉を終わらないうちに、母子の周りの魔族とその配下たちを雷撃によって蒸散させた。
周囲が静かになると、智子はため息をつきながら直哉に語りかけた。
「直ちゃん、これは罠への誘い込みだったのよ」
「わかっている......分かっている......でも、我慢できなかった......我慢するぐらいだったら、僕が犠牲になる!」
彼は、母子が去るのを見守りながら、そう言った。
そのときから、彼らは誰かにつけられている気配を感じ始めた。彼らは、そのまま友軍の情報に基づいて無人に見える廃墟に達した。
「誰もいなさそうだけど、確かに魔素が充満しているし、少なくとも魔族が此処に潜んでいることも確かだよ! そして、魔族がいるなら、従う雷同する大陸勢力人も、ここに潜んでいるよ!」
直哉はそう言って、廃墟の中に入り込んでいった。
「廃墟だけのように見えるけど......」
「本当に、ここに誰かいるんでしょうか?」
智子もアリサも、あまりに無用心な直哉に躊躇いの言葉をかけた。直哉はそんな言葉を気にもせずに奥に達した。すると、廃墟のあるところで、魔素の膨大な流れを見出した。それはまるで積極的な行動が、答えをもたらしたように見えた。
「ここへ、魔素がどこからか集められて流れ込んでいます……まるで、あの宮殿と同じです」
彼らは魔素の流れを追った。流れが濃く蓄積している場所を見出すと、三人はそのあちこちを調べた。だが、彼らが発見したのは、ジグザグとなっていた魔素の流れだった。
「わざわざジグザグで滞留している場所を作っているなんて......」
アリサはそう独り言を言うと、直哉が何かを考えているかのように、言葉を重ねた。
「ジグザグ......」
「これが罠ね」
智子が、様々な点を考察した結果を口にした。
その途端だった。
「燭天使、久しぶりだな」
その声を聴いて、智子が絶望の言葉を口にした。
「ここに、あんたまで来ていたのね」
「そうだ」
今まで直哉が聞いたことの無い、大地を響かせるような疑似声音が聞こえてきた。直哉は思わず声を上げた。
「誰だ、僕たちにそう声をかけるのは!?」
直哉はそう声をかけた。だが、その疑似声音は、アリサと周囲の敵陣には聞こえてなさそうだった。反応したのは、直哉のほかは、智子だけだった。
「こんなところに、ルシファー、どうやって気づかれもせずに此処に来れていられるのかしら?」
「そう、お前が少し前に油断したことがあったからね、そのとき此処に潜んだのさ」
ルシファーの指摘した智子の油断は、確かにその通りだった。
「そう......だったわね……ゴグに建設された神殿都市をほぼ壊滅させたと思ったからね」
「そうだ、お前たちはお前たちの敵をほぼ壊滅させたと思ったのだろう......確かにその通りだが、私はお前だけを敗北させればよいと考えた......お前は、今、お前の力が封じられたことを悟ったかな? そうだ、それが、お前の連れである証人直哉を倒すことにつながるからな」
「直哉が死ぬとでも思っているのかしら?」
「そうさ」
ルシファーはそう言って、智子と直哉の前から存在を消してしまった。それを見逃した智子が、独り言を言った。
「直哉は死なせないわ!」
これらのやり取りは、一瞬だった。智子の「これは罠ね」という指摘のすぐ後に、三人はいつの間にか、大陸勢力の軍勢に囲まれていた。
「お前たち、三人、降伏しろ」
その大声は、聞き覚えがあった。それは、林梓晴だった。智子はその声を聞いて身構えた。だが、彼女はすでに力が封じられていた。アリサも直哉も、周囲の大陸勢力に対抗できず、三人は簡単に捕らえられてしまった。それでも、直哉は負けじと大声を出した。
「梓晴、裏切り者め」
「直哉、まだそんなことを指摘するのかしら......そんなこと、ずいぶん昔のことよ」
梓晴はそう言って直哉を嘲笑した。だが、直哉はつづけた。
「そうさ、だが、忘れていないぞ」
「そう、それなら忘れていないのね……ラブホテルで私と物置で肌をはだけたままで体を密着させたこと......夫婦寮で浴室の私の胸と…それから下の方を見つめていたこと......をね」
梓晴は、微笑みながらゆっくり直哉に語り掛けた。直哉は、彼女の一つ一つの言葉ごとに、顔をだんだんに赤面させ、次第に顔を彼女から背け始めた。彼は、梓晴の言葉を聞くと同時に、彼女の姿態、豊かな胸、薄く毛で覆われた下半身の秘部、肌の感触、それらの一つ一つを目に浮かべてしまい、頭を抱えた。
「ぼ、僕を辱めないでくれ......思い出させないでくれ......」
こうして、三人は簡単に逮捕されてしまった。
彼らは、そのまま地下深くの迷宮ダンジョンに引き入れられてしまった。
「はなせ! この悪女め」
一列になって迷宮へと引き込まれていく間、先頭近くの直哉は未だに抵抗を続けていた。彼は、すでに彼の木刀と呪縛司の地図とを取り上げられていたが、彼はまだあきらめていなかった。
彼の大声に応じるように、梓晴の声が響いた。
「そんなに大声を出さないでよ......あとで、いい夢をみさせてあげるから......もっとも、まじめなあなたは、まず苦しむのでしょうね……もしも、あなたが私たちの誘惑を受け入れたら、苦しまずに済むのにね」
梓晴は、直哉を嘲笑しつつ、大声で直哉を辱め続けた。
その大声を聞きながら、後続のアリサと智子は、迷宮のあちこちを観察していた。大深度地下では、何処にか膨大な魔力がため込まれているらしく、それによって地下の迷宮要塞が維持されていた。
「ここは、彼らの新たな迷宮要塞のようね」
アリサが周囲を見ながら、そう指摘した。智子もそれに相槌を打ちながら、分析した。
「そうね、魔力の集積場所は、もうここだけだったわ.......膨大な魔力もため込まれている......ただ、ため込んだ施設も建物も、急遽作り上げたものね……この様子からすると、此処は彼らが最後に何とか踏みとどまった要塞に違いないわね.......ここさえ破壊すれば、大陸勢力は崩壊するはずよ」
その後も、智子とアリサはひそひそと話をしながら引き立てられていった。こうして三人は、梓晴とその一団によって女王ツィラの前に引き出された。
「よくも、私をそんな面構えで睨みつけられるわね」
女王ツィラはそう言って三人の顔を一人づつ睨みつけた。
「梓晴によれば、若い男よ、お前は若い女の肌が苦手らしいな」
「俺は、そんなもの......」
直哉は、そう言って震えながらツィラを睨み返した。ツィラは彼の視線を受け止めつつ、平然と梓晴を呼びつけた。
「そうか、それなら、梓晴、お前に三人を預ける......見事、彼らの能力を見立て、そして封じてみよ」
「はい」
梓晴は、早速三人を尋問室へと連行していった。
尋問室は、視聴覚室のようだった。そこに三人は座らされた。
「あんたたち、特に直哉と智子は、一対一の男女の愛を啓典に沿う聖なるものとして頑迷に信じているみたいだから、しっかり教育してあげるわ」
梓晴はそう言うと、何かの装置を動かして、精神感応のように、頭の中に数人の男女が絡み合うイメージと悪魔の文章とを浮かび上がらせた。
「お前の泉を、お前の好色で満たせ
お前は多くの娘たちを楽しめ
愛らしい女鹿たち
美しい鹿たちの群
数え切れぬほどの乳ぶさ
だが満足できぬか
数え切れぬほどの愛をえよ
貪欲に、溺れるほどに喜べ」
アリサには直ぐに教育の効果が現れ始め、固定された椅子から、目の前の直哉身体を弄り始めた。他方、智子は悪夢にうなされ耐えるような声を上げ始めていた。
直哉は最愛の女、潜在意識に秘めていた最愛の智子への思いを暴露してしまった。その情報をもとに、直哉には、結婚せずに智子の身体が迫ってくるイメージを与えられ、そこにアリサの愛撫を重ねて受けた。
これらの処置によって、三人は夫々に快楽を強制され、悲鳴とも快楽の声ともわからない声を上げ続けた。刺激が頂点に達した頃、彼らの頭の中にもう一度先ほどの詩が響いた。直哉たちの記憶が確かならば、その詩は、本来ならば違う表現、一人の女だけを愛することを歌い上げたはずのものだった。直哉と智子はそれを思い出し、心の中で念じつづけた。
「おまえの泉に祝福を受けさせ、
おまえの若い時の妻を楽しめ。
彼女は愛らしい雌じか、
美しいしかのようだ。
いつも、その乳ぶさをもって満足し、
その愛をもって常に喜べ」
アリサは、完全に淫靡な性格に作り替えられてしまった。だが、直哉も智子は耐え忍びとおしたのだった。
「梓晴、もうよい」
ツィラの声が響いた。途端に三人の頭に響き続けていた淫靡な詩とイメージが消え去った。
「は、はい、陛下」
「お前の試みは、失敗だということを悟らないのか......いつまで続けても、その二人の男女は靡かないではないか!」
「も、申し訳ございません」、
「梓晴、この程度の作業しかできないのかね……お前は魔族に連なる者と言えるのか? いやそうではないな!」
「陛下、お許しください」
「成算があると言って無理強いしたのはお前だぞ……おそらく、この直哉に興味があったのだろうが......それならば、罰としてお前もここで脱皮をさせてやる!」
「陛下......お、お許しを」
梓晴は、魔族の配下、つまり『家畜人類』と呼ばれる人類たちと同様に美しい顔立ちだった。それが今、縛り付けられ、衣服をはがされ、しかもその素肌が切れ切れになった。その下には、うっすらと666のハニカム模様が現れていた。ただし、胸と腰回りの部分だけは柔らかい肌が露出したままだった。そして、彼女は側近たちと魔族たちに捕らえられて、何処かへ連れ去られてしまった。
残った三人は、そのまま其処でツィラによって扱われることになった。
「へえ、お前、先ほどまでの梓晴によって与えられた仕打ちが効いているのかな.......ずいぶん震えているじゃないか......」
「この震えは、武者震いさ......」
「そう、それなら試してやろうか」
「な、なにをするつもりだ?」
直哉は声まで震わしながらも、もう一度勇気を出して虚勢をはった。だが、ツィラは、直哉の声の震えを嘲笑しながら、周囲の魔族に指示をした。
「二人の女を苦悶にかけろ! その際、この男が視線を動かす......その様子を見逃すなよ......それがこの男にとって最も大切な女だ」
彼女の指示によって、魔族が配下の大陸勢力人に指示を出した。すると、数人の大陸勢力人の男たちが衣服を脱いで裸となり、アリサと智子をツィラと直哉との間に引き出した。
「お、お前ら、何をするつもりだ!」
すでに、直哉は怒りに顔を赤くしていた。ツィラはその表情を楽しむように、まずアリサの衣服に手を掛けさせた。直哉は、幾分んか少し怒りを緩めたようにみえた。すると、ツィラはすぐに智子に手をかけるように指示を出しなおした。直哉はたちまち顔を蒼白にした。
「お、おのれ......」
「ほ、ほう、お前の最愛の女は、その智子だな」
ツィラはそう見極めると、直哉をさらに後ろ手に縛り付けさせ、彼の視線さえ智子に固定させた。彼は目を含めたすべてをうごかすことが出来なくなった。智子は悲鳴を上げた。
「い、いやぁー」
「こ、コノヤロー、お前たち、絶対に殺してやる!」
直哉の怒号が、智子の悲鳴に重なった。それを嘲笑するようにツィラの言葉が続いた。
「へえ、どうやってなのかね……今頃そんなに強い憎しみを私たちにぶつけるのかね、直哉?」
「お前、僕が憎しみを覚えるだけだと思っているのか......お前たちは愛を知らない......そうだ、お前たち王族ばかりでなく、全ての魔族は子育てもせず、生まれたらそのまま愛を覚えずに成長する......それなのに、お前達は愛を口にして利用する……聖い愛をさえ利用する......それがお前たちの最期につながるぞ......しばらくすると呪縛司が来る......彼らがお前たちを呪いの大地に呪縛する......それによってお前たちは運命が決まることになるぞ」
直哉は、この言葉とともに強く反応した。だが、ツィラはまだ嘲笑していた。木刀も呪縛司の地図も取り上げられた直哉に、何かできるはずもなかったからだった。
「ほう、呪縛司達とやらが来るまでの間、おまえは何ができるのかね?」
ツィラは、寝台を用意させた。彼女はその上に直哉とアリサを固定させ、さらに精神的な凍結を施した。彼女はその状態を確認すると、今度は彼女自身が身を乗り出して、智子の身体を遠隔操作し始めた。すると、智子はツィラによって体を動かされ始めた。
「ツィラ、あんた、私の身体をどうするつもりだ!」
智子は、まだ口だけはツィラに操られてはいなかった。だが、すぐにその口調も、ツィラの意のままになってしまった。智子の心がツィラに同調させられいわば人質のようにされたため、直哉はツィラに手を出せなくなった。
この時、智子は自身の身体が、この時空から間も無く消え去る事を悟った。彼女の目の前の大魔ルシファーが、智子の苦しみが直哉の永久的な覚醒をもう少しで呼び起こす寸前であることを予期し、彼女の身体を消し去る準備をし始めたからだった。それを悟った智子は、この時しか直哉の愛に応えられないと考えて、智子自身が積極的にツィラの意のままに任せたのだった。
「なお……ちゃん......」
「直哉、お前の最愛の連れは、もう私の意のままに動くようになったよ」
ツィラが智子の喋りを聞きながら、直哉に微笑みかけた。智子は自ら装具を外し、ベルトを緩め、装束をすべて脱ぎすてた。彼女は、ゆっくり直哉に向き直ると、今度は身動きできない直哉の木刀を優しく取り上げ、装具・装束をゆっくりと外していった。二人とも最低限の布だけになると、智子のぬくもりがまるで直哉のぬくもりと溶け込むように、二人の身体がゆっくりと重なった。彼女はそのまま自らの最後の布を脱ぎ去ると、直哉の最後の布をも取り去ってしまった。
「直ちゃん.......」
直哉は、後ろ手に縛られながらも、裸になって迫る智子から顔をそむけた。智子は熱で虚ろになった視線を直哉に向けながら、後ろ手に縛られた彼の縄を解くと、彼の両手を掴んで彼女へと誘導した。その時の彼女の口調は、熱っぽく湿っていた。
「なお……ちゃん......」
「母さん、やめてくれ......母さんは父さんと結婚したんだろ!」
直哉は両手で智子をとどめた。だが、智子はすがるようにして直哉になおも迫った。
「直ちゃん、私の夫すなわち貴方のお父様はもうすでに召されているのよ......だから、私には操を立てるべき夫はいないのよ」
「そんなこと言っても......」
すると、抵抗していた彼の両腕は緩み、智子の身体を抱きしめていた。智子は彼の反応を確認するようにして、語り掛けた。
「思い出して......私のこの身体は、あなたが啓典の民へ遣わすという啓典の父の指示を拒んだから、あなたの傍に伴うように初めからあなたのために人間として、とりあえず仮に作られた存在だったのよ...」
「じゃあ、なぜ、僕と結婚してくれなかったのか!」
直哉は腕を止め、智子を見つめた。
「あなたは若すぎたから......だから、貴方の家族になるために、貴方のお父様の再婚相手の連れ子だった姉になり、また貴方のお父様と結婚してあなたの母になったのよ」
「そうだよな......僕と智姉、姉さんは僕の家族だ......だから、禁忌を犯してはいけない」
直哉はそういうと、彼女の額にキスをして、もう一度智子に考え直させようと、彼女を見つめた。智子はそれを十分に認識しつつも、彼女がもう一人の女にすぎないことを、彼にわからせたかった。
「それも違うわ......私は、もうあなたの姉さんでもないのよ」
「それはちがう……頼むからやめてくれ」
「私は、もう一人の女としてあなたの前にいるのよ」
「ま、待ってくれ......」
直哉は最後の抵抗を示した。女王ツィラは、この二人のやり取りを嘲笑しながら、嘲るように直哉に告げた。
「ほほう、直哉たち、良い傾向だ......さあ、私が今操っているお前の女とお前は、このまま結婚してしまえ........勝手にお前の神「啓典の父」とかいう神の前で、私が結婚成立を宣言してやるよ......さあ、それでは結婚も成立したし、最後の一押しを、お前の女に強いることとするよ」
女王ツィラは、そういうと、再び智子を制御すると、智子は彼の奥底へと手を伸ばしはじめた。
「直ちゃん、結婚したからあなたに告げるというわけではないのだけれど、私の時間はもうほとんど残されていないの......」
震えている直哉に、智子は語り掛けた。直哉は智子の目を見つめ返した。
「ど、どういうこと?」
「私たちは、ゴグに建設された神殿都市を追い詰め、このウラジモスクを壊滅した......それをよく思わない存在によって私は無力にされてしまったのよ......そのために、私はこの時空に存在できなくなってしまう.......」
智子は、訴えるように直哉を見つめた。直哉はまだためらいを示した。彼女はそのまま彼の後ろへと手を伸ばした。彼は、彼女の大胆な行為に驚きつつ声を上げた。
「うう、そ、そんなところに手を......」
「私にすべてを任せて……そうよ....やっと素直になったのね....…だから、教えてあげる……私の本当の名前は、『燭天使愛』......かつて私は、かつて燭天使『智』と呼ばれた大魔を求めて行動していたのよ......だから、智求すなわち智子と名乗っていたのよ」
「そんなことって......」
「あなたは、この地に来るときに啓典の主に従わず、かたくなでした。そのために、貴方が啓典の民へ遣されるために、常にあなたの傍に伴ってあなたを愛するように、目的が変更された存在なの....だから、最期のこの時に、せめてあなたへの愛を全うしなければならないのよ......だから......私を受け入れて......お願い…」
智子の懇願は、過去の罪を思い出した直哉の意識をよみがえらせ、最終的に彼の心を開かせた。
「わかったよ......智姉、僕の最愛の女性…僕は今、啓典の父の名によって、君への永遠の愛を誓う」
「私もよ」
智子は彼にキスし、裸体を晒して直哉に体を預けた。直哉は、彼女の動きに応じて彼女に自らをそっと沿わせた。こうして、二人は無言で接吻しつつ体を重ねた。
「え?」
直哉は、行為の最中に驚愕した。それは、彼女の下半身の奥に触れた時に悟った。
「そう、分かった?」
「智姉、これってどういうこと?」
「私は、本来の智子、人間ではないのよ......この身体は人間の身体に似せて、私に与えられた力によって形成できたものなの......だから、わたしには内性器が無いの......すでに私は無力にされたから、この身体もこの時空からもうじき消え去ってしまうのよ......」
「そんな、智姉、そんな、そんな」
彼は、何をしてよいかわからず、智子に接吻を繰り返した。そして、彼女はついにその姿を実空間から消し去ってしまった。
「智姉!、智姉!」
直哉は叫んだ。




