第3章 魔法使いとして 8 ノボシビルスク中央城塞の指令者、王ジャバル
直哉が気がついたとき、彼の上に倒れこんでいた味方たちは息絶え、すでに冷え切っていた。直哉は、上に覆いかぶさっている人間たちの身体をやっと押しのけることができた。だが、顔を出した洞穴の暗闇のなか、直哉の周囲に誰の呼吸の音も聞こえなかった。
直哉たちは一日前、かれらのリーダーと会話をし始めたばかりだった。おそらく味方になってくれたかもしれない彼らは、今は全てが殺されてしまった。直哉は、智子やアリサも殺されてしまったのかもしれないという恐怖に駆られて、手と体を震わせながら暗闇の中を手探りで進んだ。
「ねえ、母さん…… ねえ、アリサ…… どこにいるの? 返事をしてくれ!」
彼は、手に簡易カンテラがぶつかったのを感じた。倒れてはいるが、まだ燃料が残っていた。彼は背中に縛り付けていた木刀を持ち出すと、上下に何度も振った。それとともに、木刀が止まって刺した先に、火花が散った。それによって、先ほどのカンテラに灯が灯った。
直哉は辺りを照らしながら、犠牲者たちを整然と葬った。彼らの身体を運び出しながらの作業の途中、直哉はようやく暖かい身体をいくつか見つけた。智子とアリサ、そして味方となるべく話し合っていた反対派リーダーの副官イワノフ・ツイオルコフという名の若者を見出した。その若者は、負傷していたものの、透明セルのような戦闘防護服を身に着けているおかげで、なんとか息をしている状態だった。
「生き残っているのは、僕と君たち、合計4人のようだね」
直哉たちがなぜ助かったのか、偶然のように見えたのだが……それは、直哉が呪縛司の地図を身に着けていたためだった。イワノフとアリサとが生き残ったのは、智子の傍にいたからである。そして智子は、呪縛司達と同種の存在であるために、生命が奪われることなどありえなかった。
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洞窟から、何とか脱出した4人だったが、反対派の本部が壊滅してしまった今は、隠れる場所を探すことが必要だった。別の安全そうな洞くつに行き着いた彼らは、改めて互いの紹介と情報交換をつづけた。得られた彼らの共通認識は、彼らの状況が極めて絶望的なことだった。
「ここの仲間たちは、残念ながら全滅してしまった......」
直哉たちはあきらめてはおらず、智子がイワノフのつぶやきに問いかけた。
「あなたたちの本拠はここだったはずですよね」
「ああ、ここは我らの本拠だった......しかし、こうなっては、僕もあんた達も、我らとともに戦っている別の群れに助けを乞うしかないと思う……」
「まだ味方がいるのね……それは、どこに?」
「我ら反対派がいたこのウラジアジアから、遥か西の沿湖首都ノボシビルスクだ......そこは、魔族たちが全世界から魔素を運び込んでいる地脈の集束中継基地になっている......そこから、大きな地脈がウルムチ、アスクを経てカラコルムの山々へと至っているといわれているんだ......今ごろ、その破壊工作のために我らの友軍が展開しているはず……ただ、そこはここからはるかに遠いところだ......」
イワノフはそう指摘しながらも、これからの行程を思ってか、表情は思案顔だった。
「できれば、僕はそこに集結している反対派友軍に合流したいと思う……友軍の精確な現在位置は、はるか遠くのことでもあり、現在は不明だ......先ほどの警備隊を派遣した大陸勢力側には、ノボシビルスクに防衛部隊がいるけれど、彼等も把握していないらしいし……」
大陸勢力領域の移動は、困難を極めた。イワノフは大陸勢力領域内部の人間ではあった......反対勢力の構成員らしく、あまり美男子と言える方ではなかった。また、直哉もハンサムではないがゆえに、ハンサムな男女がそろっている大陸勢力体制側の人間たちと、明らかに見た目が違っていた。直哉たち二人の男たちは、監視員や監視システムに簡単に摘発されてしまうに違いなかった。4人は夜間だけ動くことにし、大陸勢力のパトロール兵たちを警戒しながら、タイガと氷の山々の続くシベリアのけものみちを西へ移動していった。
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こうしてノボシビルスクの郊外に近づいた時だった。向かう前途にはいくらか高い丘があり、そこからは、大陸勢力の三角旗を掲げた大規模な部隊が展開している陣形がちらりちらり見えた。彼らは、既に反対派勢力がこの地の地脈を狙っていることに、気付いていたに違いなかった。すでに彼らは、湖の崖に築き上げられた大城塞を中心にして防御陣形を敷いていた。ただ、その陣形は湖を背に三方に向けたものであり、どこから攻撃があるかを彼らが予測できていない、つまりどこに敵がいるかを把握していないことを示唆していた。
「これでは、我々もどこへ行けばいいか......」
イワノフは考え込みながらそう言った。智子も分析を重ねるようにつづけた。
「あんたの友軍が、陽動部隊と本隊とに分かれて二方向から攻撃することを考えられれば、この陣形を乱すことができるかな」
「僕の仲間は、そんな戦術的なことは考えない………すぐに、とにかく動くことを考えるさ」
イワノフは、いささか自嘲しながら指摘した。智子はその口調に驚きつつ、絶望と不安に駆られたように声を出した。
「そんなことをしたら、すぐに全滅してしまうわ……でも、今までも、あんたの仲間は活発に動いていないじゃない?」
「ああ、そうだな......動くタイミングを見ているのか、動くのをあきらめたのか、それとも動く戦力もすでに失ったのか......」
イワノフの自信なさげな答えに、智子はさらに焦燥感を強めてイラついたように指摘した。
「ということは、しばらく、これまでと同じような膠着状態がこのまま続くということよ......ここにいては、私たちは危ない橋の上に居続けることになるのよ!」
「これでは、不利だな」
突然、直哉が口を開いた。
「それなら、敵陣に薄いところが出来れば、あんたの友軍もそこを攻めて突破するように動くのでは?」
この指摘に、三人は注目した。智子は強い絶望感から、直哉に強い口調で反駁した。
「どこが薄いのよ!」
「うーん、無いな......」
とぼけた調子の直哉は、智子にどやされて首を引っ込めた。
「あんた、愚かなままで適当なことを言わないで!」
「怒らないでよ……母さんが不安に駆られているから、僕は知恵を動かしたのに......僕は誰かが彼らのどこかに大規模攻撃があったと見せつければいいかな、と思っただけだよ」
直哉は、小さな口調で指摘をつづけた。イワノフが気付いたように、強い相槌を打った。
「そうか!」
「そうね! それなら、大部隊の攻撃を偽装しよう」
智子も大発見に喜ぶようにして賛成の声を上げた。それを確かめてから、 直哉は続けた。
「それなら、僕は彼らの武器を使おうと思う」
「えっ? どうやって?」
「当然、これさ! これがあれば、たいていのことはなんとかなるよ」
直哉は、いつも杖のようにして手にしている木刀を振った。智子たちは、いつもとは違う直哉の様子に、そして具体策もないままに動こうとする直哉に、ただ驚くばかりだった。
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直哉たちは、夕刻から大陸勢力防衛部隊の防御陣全体を注意深く観察した。観察と分析、検討を重ねて、彼らは大陸勢力防衛部隊の弾薬補給部隊を探り当てた。
「あの補給部隊の一部に、何らかの攻撃兵器があるはずだ…おそらく、第二波攻撃に使うはずの武器だよ」
直哉はそう言いつつ、4人は補給庫列へ侵入していった。
「こ、これは?」
智子たちが補給庫列を見て驚愕した。そこには、智子たちの予想をこえて、はるかに大量の狂戦蜂の発着庫が並んでいた。
「これを見たことがあるよね」
直哉が指摘をすると、智子がうなずいた。
「そう、あれは北都の空中庭園での戦闘ね......」
「そう......資料によれば、確か『狂戦蜂』という無人機、無人要撃戦闘爆撃機だ」
「それがこんなに?」
「そう、これらを全部使おうと思う」
「全部? 直哉にできるの? 一機を動かすのが関の山じゃないの?」
「いい皮肉だね……アリサは、よく僕のことを見ているようだね……」
「だから、どうやって動かすのよ?」
直哉は木刀を狂戦蜂発着装置の基部に接触させた。すると、発着装置と狂戦蜂は、木刀からの電撃を受けると同時に起動してウィーンという音を上げ、誰も操縦していないはずの全機が出撃態勢をとり始めた。
「ほらね、準備態勢をとり始めたよ......あと五分で出撃できるはずだ」
直哉はそう言うと走り出し、隣の発着庫から、そのとなり、そのとなり、と、全ての発着庫で出撃態勢をとらせた。
「さあ、急いで戻ろう……見晴らしのいいあの丘辺りで観察できるよ!」
防御陣形を見下ろせる先ほどの丘に戻ると、すでに五分が経とうとしていた。夜はそろそろ更けるころとなっていた。
「では、我々の味方となった狂戦蜂の出撃だ!」
直哉はそう言うと、木刀を一振りした。それと同時に、木刀から、思考波と言えるほどの微弱で長波長の小さな電磁場の信号、つまり狂戦蜂を出撃させる指令が下った。それをきっかけにして、直哉は、自分の描いたとおりに通りに狂戦蜂の大群を出撃させた。
狂戦蜂は、まるで雲霞のごとくに、防衛部隊上空に集結した。その後すぐさま、一斉にある地上部隊を攻撃し始めた。攻撃を受けた防衛部隊は指揮系統を喪失した状態となり、反撃態勢を整える暇もなく、次々に壊滅していった。
その間に、狂戦蜂部隊はさらに地上攻撃を拡大した。大陸勢力防衛部隊の防御陣形は崩れてしまい、攻撃を受けている部隊の支援はおろか、自らの防衛も有効に対処できないほどの大混乱に陥った。
突然、防衛部隊に対して、反対派部隊の攻撃が始まった。すでに大陸勢力は5分の4を喪失しており、突然の襲撃に対応ずに潰走しはじめていた。反対派部隊は逃げ出した防衛部隊を蹴散らしながら、そのまま中央城塞へとなだれ込んでいった。
中央の城塞は、急襲されたために反対派部隊は簡単に侵入できた様子だった。それと合わせるように、狂戦蜂が、敵防衛部隊の一部を突破して中央城塞へ突入し始めた。
「これで、反対派の勝利は間違いないね」
直哉はそれを観察しながら、さらにすべての狂戦蜂を中央城塞上空に集結させつつあった。反対派部隊が略奪を終えて撤退すると、直哉は空いっぱいに展開した狂戦蜂から中央城塞に向けて、何度も執拗にビーム斉射を加えた。城塞の壁や城壁などはすぐに粉砕された。さらに、粉砕されて生じた土砂や砕石なども、ビームによって繰り返しアブレーションを起こし、爆砕もしくは蒸散していった。城塞のあった場所には、次第に大穴が開き、穴の底もどんどん深くなった。こうして、中央城塞とその地中深くに設けられていた様々な施設は、すべて跡形もなく吹きとばされてしまった。それは、直哉がここに地脈の集束部があると判断したためでもあった。
「城塞も破壊できたし、ついでに地脈の大動脈も破壊しつくしたよ......ほら、攻撃部隊が略奪品をもってひきあげてくる……僕たちは、彼らに合流すればいいだけだよね……これで、僕の役目は一応終わりかな」
直哉はそう言うと、素っ頓狂なあくびをした。今まで恐怖に囚われていた智子は、はっとして直哉を見つめた。
「へ」
「さあ、あの攻撃部隊と合流するんでしょ」
アリサはそう言うと、智子とイワノフに声をかけた。
「そうね、さあ、直ちゃん、いくわよ」
「うーん、疲れたから休みたい」
直哉は、今までの聡明な口ぶりから一転していつもの世話の焼ける男に戻っていた。智子は、ため息をつきながら、直哉に雷を落とした。
「行くわよ!」
「ひい」
今度は、智子が直哉を恐怖で動かさなければならなかった。
直哉の混乱ぶりはあったものの、イワノフの先導で智子たちは、なんとか撤退する反対派攻撃部隊と合流することができた。
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「防衛できたはずではなかったのか?」
王ジャバルが、湖を見つめながらそう側近たちに問いかけていた。ぼろぼろになった軍服姿の彼の後ろには、地下施設まですべてが破壊され尽くした中央城塞跡の大穴が無残な姿をさらしていた。
「陛下、我々の想定していない事態が起きたのです」
「敵陸上部隊が中央城塞に攻め込むつもりで動いていたのは、分かっていました。しかし、我々の擁する狂戦蜂全機が、まさか我々の背後から襲いかかることなど、想定できなかったのです」
「想定できなかった?」
「はい、反対派を構成している排除対象人類にも、我らの勢力圏外にいる人類の異術師にも、このような大規模で強力な魔力を必要とする狂戦蜂群制御など、出来る者はいなかったはずなのです」
「だが、中央城塞は完膚なきまで破壊され尽くした。これは、明らかに大魔法使いをはるかに超えるレベルではないか......」
ジャバルはそう言って、ずっと湖を見つめていた。ことは、深刻だった。
「ウラジアジア女王ナーマーさまが御着きです」
ナーマーの到着報告によって、ジャバル王たちの沈黙が崩れた。ジャバルは意外そうな顔をして、とりあえず応対することとした。
「なに? ナーマーが来たのか?」
「はい」
ジャバル王は、ボロボロの軍服の汚れを払い、威厳を糺すようにして立ち上がった。すると、そこに彼の妹のナーマーが到着した。
「妹王ナーマーさまが御着きになられました」
その声とともに、疲れ切って雑巾のようなジャバルの前に、あでやかな服を着たナーマーが近づいてきた。
「わが兄 ジャバル王よ」
「うむ、ナーマーか? よく駆けつけてくれた!」
「かわいそうな兄上!、この事態を予想していたので、私は駆けつけたのだ」
「なに!? なぜ予想できたというのかね?」
「私のウラジアジアに、東洋人の男女二人と大陸勢力人類の女が侵入し、人類支配の様々な実態を調べたうえで逃げだしたと、私のところに報告が来ている....また、ほかの調査によれば、彼らが飯倉迷宮の破壊を行った一味の一部であったらしい」
「確かに飯倉迷宮の破壊を行った数人の報告は聞いている......そうか、奴らの中の三人が、もしくはその中の一人か二人が、強大な力を有しているんだな」
ジャバルは、そう言って合点をしながらナーマーを見つめた。ナーマーは、さらに指摘をした。
「さらに調査したところによると、彼らは、どうやらだいぶ昔に小樽に設けられていた東洋異術学院の中途退学者だったということだ」
「ナーマーよ、それはおかしいのではないか? 中途退学者であるとすれば、成績不良者か能無しであろうが……」
「いや、ジャバル王よ、彼らの学年の中では、フィールドワークをした際に、優れたものだけで構成されたチームだけが行方不明になったということだ......そして数年後の飯倉の地下迷宮壊滅後、同じ背格好の男女たちが再びあらわれたということだった」
「ナーマー、感謝するぞ。わかった、このまま奴ら三人を放ってはおけないらしいな」
ジャバル王は、妹女王ナーマーの助言と証言とに基づいて、直哉たち三人を逮捕することとした。だが、問題はそれだけではなかった。
「それから、兄上はすでに知らせを受け取って準備を進めていると思うが……」
「何のことだ?」
「『カラコルム山系方面への魔素輸送の地脈が、作動しなくなっているから、早急に修理せよ』、との指示があったはずなのだが......」
「ナーマー、ここの地脈が破壊されたというのか......地脈集束部は、この中央城塞の下に設けられているが、通常では攻撃の手が届かないほどの地底にあるのだぞ……破壊されたなどという情報は入って来ていないし......そんな修理命令も聞いていない......いや、届いていないというべきか......もし、本当なら我らの本拠ゴグでは、魔族たちが壊滅してしまうぞ....まさか、父ラーメック魔王陛下が危ないのでは?」
「そうか.......つまり、地脈自体も破壊され尽くされたため、なにも伝わっていないのだな......そんなこともあろうかと、私は父ラーメック魔王陛下より、急ぎこの命令をジャバル王に伝えに行けと言われてきたのだ」
「わかった......ナーマー、今はとにかく、地脈が破壊されているかどうかを確認しなければ......」
ジャバルとナーマーは、中央城塞跡の大穴を調べることになった。ジャバルは、地脈の設置されている深さまで破壊の手が及んでいるとは、考えもしていなかった。
「まさか、地脈とその集束送付部までが破壊されているとは......あれは人間の手では辿れないほど奥深くに、もうけられていたはずなのだ......まさか6000mの地下まで攻撃の手が届いていたのか...」
「兄上、これは想定の失敗ではないか?」
「我々兄妹は、次々と失敗を重ねているようだ......わが妹の呪張女王は飯倉で魔素収集機関を破壊され、住んでのところで彼女自身が滅ぼされる寸前で逃げ出している......私はウラジアジアでまんまと大陸勢力領の人類支配の実態を知られてしまった......ジャバル兄は、地脈集束部を破壊されてしまった......」
「この失敗、父王に申し開きをしなければならないのかもしれないな」
ジャバルは事の深刻さに、いまさらながらに消沈せざるを得なかった。
「ジャバル陛下、カラコルム山系ゴグにある神殿都市から伝令による連絡です......ジャバル陛下、ナーマー陛下は、呪張陛下とともに、ゴグの神殿都市へ出向くよう一時帰国命令が出ています」
「そうか」
ジャバル王は、ナーマー女王、そしてあとから来たジュバル女王とともに
、思いもしなかったカラコルム山系ゴグの神殿都市へと、失策の報告と申し開きのために登城しなければならなかった。
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ジャバル王、ナーマー女王、呪張女王たちの一団は、かつて「シムシャール(shingshal)」と呼ばれた谷から、ゴグの谷へ至る峠道にたどり着いた。そこは、カラコルムの南東の果て、タクラマカン西部とチベット北西部の果て、絶乾寒冷のゴグの谷あいに入って行く峠道だった。
ゴグの谷に少し入り込むと、もう前方も後方も、眼の高さにはゴグの地を囲む山々だけになった。後ろを振り返れば、先ほどから下ってきた峠道の最高点に紫、黄、朱色と黒からなる縞のゴグの旗がはためいているだけだった。
さらに下ってゴグの地に下り切ってしまえば、以前に見て来たカラコラムの山々をはるかに凌駕して聳え立つ山々が、ゴグの地をはるか下に見下ろすように囲んで連なっていた。その山々の山頂だけは、モンスーンの風が吹きつけているせいで、白い衣のように雪を頂いていた。その山頂部はおそらく白い魔境というべきであり、その周りに数十万もの白い悪霊たちが狂い踊っているに違いなかった。さらに進んでいけば、このゴグの奥地の奥地に神殿都市があるはずだった。
さらに奥へと進むにしたがって、雲が張れて青空が見え始めた。さらに進むと、いくらか厚い雪原に出た。それは、長い年月の間に何度も雪崩が重なって形成された雪原だった。
その雪原の上や周囲には、魔族たちの棲む小さな建物が密集していた。それらの壁は、おそらくは石垣に用いられた石材の余りであり、屋根は近くの針葉樹林から得られた木の皮を赤茶色に塗って葺いたものだった。その部落の家々をうかがうと、魔素が絶えたためにほとんどの魔族たちが息も絶え絶えになっていることがうかがい知れた。
そのような魔族の集落をいくつか通り過ぎると、やがて、氷河をすそ野まで纏った岩場が見えてきた。雪原から見上げると、氷河をまとった岩場に張り付くように、特徴的な灰色の石垣が見えてきた。それらは、いくつもの層に分けて数百メートルにも組み上げられたものだった。その石垣の上部には、面合わせで石造りの白壁の長大な神殿城塞が立てられていた。それは、魔王ラーメックの居城だった。その屋根はドーム状ではなく、四隅からせりあがるようにくみ上げられた石を基に、つり橋の橋脚のようにその石柱とアンカーとを使い、石柱から吊るされたワイヤーによって、屋根全体が吊られて保持されていた。
登城の王たちは、それらの威容に目を奪われながら、そのまま神殿城塞へと入り込んでいった。
「ジャバル王陛下、ナーマー女王陛下、呪張女王陛下とそのご一行の御到着です」
魔王ラーメックの謁見の間に、透き通るような高い音のトランペットが鳴り響いた。それと同時に、大扉が両側に観音開きに開かれると、そこから魔王の前まで、彼らがしずしずと前進してきた。
「遠路はるばる、大儀であった」
魔王ラーメックは、息子と娘たちを見つめ、道中のねぎらいの言葉をかけた。魔王の三人の子供たちも、その言葉に応えるように、挨拶を返した。
「魔王至上、われらの父上におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じ上げ奉ります」
「お前たち、ここへ何しに来た?」
その問いかけに、ジャバルが恐る恐る答えた。
「実は、地脈が断たれてしまった事情を説明申し上げようと考えまして......実は、地脈の集積地であるノボシビルスクの城塞をことごとく破壊されてしまい、それによって地脈が断たれてしまったのです」
「ほほう、それがどういう意味を持つか、存じておろうのう? ジャバル」
父王ラーメックの指摘に、子供たちはしどろもどろだった。
「は、はい」
「地脈が完全に断たれた今、このゴグの地は存亡の危機に追い込まれてしまった……これは、お前たちが敵を甘く見たことによってもたらされた深刻な打撃だぞ!」
魔王ラーメックは、今、壊滅寸前の魔族を憂いているがゆえに、声は怒りに震えているように見えた。父王の怒りをいやというほど感じたジャバル王は、冷や汗を流しながら、父ラーメックの指摘をまずは肯定してご機嫌を取ろうとした。
「は、はい......私共の失敗によって、我々魔族、特に本拠であるゴグの地は、危機的状態に追い込まれています」
「それならば、どうするつもりじゃ?」
「は、はい......もう一度、彼らをせん滅すべく、全戦力を集結させて......」
「おそらく、それでは勝てまい」
ラーメックは大声を出して指摘した。その指摘内容と声の調子は、子供たちに絶望を与えるに十分なものだった。父から見て、ジャバルたち子どもの失敗は、それほど見るに耐えないものだった。
ラーメックは、改めて三人に話しかけた。
「さて、ここに来てもらったのは、お前たちを叱責するだけのためではないのだ......とりあえず、まずは今までの失敗を許そう……実は、わざわざここまで足労を求めたのは、以前から我らが気にしていた『証人』についての話がしたかったためだ」
「『証人』ですか?」
「そうだ、お前たちは覚えていないか?」
ラーメックは、子供たちの鈍い反応に、少しの苛立ちを覚えた。それを感じ取ったのか、三人の子供たちはすぐに返事を返した。
「はい、覚えております」
「我らが奉じるオーバーロードのルシファー様が指摘した『証人』のことだ......啓典と言われる人類たちの預言書には、『証人』が記載されているということだ。彼らは、我らをことごとく邪魔する存在だとルシファー様がおっしゃっている」
「はい」
「いままで、その『証人』が誰なのか、確証がなかった......一応、『高橋直哉』と言われる男ではないかと推定されていた......だが、最近、お前たちの失敗を通じて、その正体を把握することができた」
「えっ?」
三人は驚愕とともに複雑な表情を現した。特に、失敗によって敵の正体を知ることができたことは、彼らに複雑な思いを与えた。彼らは、まず知りたかったことを、恐る恐る口にした。
「今回の呼び出しで、確かに我々の失敗を許していただきました.......『証人』が分かったということを我々にお話しくださることのほかに、何かあるのですか?」
「子供たちよ、私は確かにお前たちの失敗を許した......呪張の飯倉迷宮での油断、ナーマーの見過ごし、ジャバルの戦術上の失策......実は、これらによって、『証人』の正体がわかったのだよ」
「そ、それはどういう?」
三人の子供は、驚きの表情を険しくした。その反応を確かめてから、ラーメックはある映像を三人の子供の前に浮かび上がらせた。それは、まるで三次元画像のように、そしてにおいまでも再現する臨場感の満ちた音声映像だった。
「この記録映像でわかったことはこうだ......狂戦蜂がジャバルの軍を襲い来た際、その前に今日戦記の発着庫で工作していた4人がいた。彼らのやり取りを復活させると、一人頭脳明晰で巧みに不思議な術を使いこなす者がいた......そいつが『直哉』という名前であることが分かったのだ......」
魔王ラーメックが引っ張り出した映像記録は、まさに直哉という若い男が仕掛けている不思議な術だった。
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補給庫へ侵入しようとしている、若い男と若い女二人、そして反対派の男の姿が、浮かび上がった。
「あの補給部隊の一部に、何らかの攻撃兵器があるはずだ…おそらく、第二波攻撃に使うはずの武器だよ」
直哉はと呼ばれた青年がそう言って補給庫列へと入り込んでいくと、連れの3人も補給庫列へ侵入していった。
「こ、これは?」
連れの女たちと反対派の男も驚愕していた。直哉という男が指をさした先には、智子たちの予想をこえて、大量の狂戦蜂の発着庫が並んでいた。
「これを見たことがあるよね」
直哉という男が指摘をすると、連れの女がうなずいた。
「そう、あれは北都の空中庭園での戦闘ね......」
「そう......資料によれば、確か「狂戦蜂」という無人機、無人要撃戦闘爆撃機だ」
「それがこんなに?」
「そう、これらを全部使おうと思う」
「全部? 直哉にできるの? 一機を動かすのが関の山じゃないの?」
「いい皮肉だね……アリサは、よく僕のことを見ているようだね……」
「だから、どうやって動かすのよ?」
直哉という男が木刀を狂戦蜂発着装置の基部に接触させた。すると、発着装置と狂戦蜂は、木刀からの電撃を受けると同時にウィーンという音を上げ、誰も操縦していないはずの全機が出撃態勢をとり始めた。
「ほらね、準備態勢をとり始めたよ......あと五分で出撃できるはずだ」
男がそう言うと、彼は隣の発着庫から、そのとなり、そのとなり、と、全ての発着庫で出撃態勢をとらせていった。
五分後、狂戦蜂の大群が出撃した。狂戦蜂の大群は、まるで雲霞のごとくに、防衛部隊上空に集結した。その後すぐさま、一斉にある地上部隊を攻撃し始めた......
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映像が終わり、ラーメックは結論のようなものを、三人の子供に伝えた。また、彼は、他の子供たちにも知らせるつもりだった。
「こうなっては、証人たちには、異術や魔術師、つまり人類レベルの戦力を当てても到底かなうまい......人類ではなく、魔族のみからなる軍団を彼らにぶつけるしかないな。魔法使い、吸血、人喰い、羅刹、酒呑童子、鬼、サキュバスなどの魔族を使いまわすといいだろう。だが、今我々は壊滅の危機にある......だから、今は、将来の好機のために、この証人たちを必ず滅ぼすための魔族の部隊、作戦などの策を準備するのだ......その間は、家畜のように役立つ人類、そうだ、いわば家畜人類と言われる連中を活用するがよい!」
こうして、壊滅寸前まで追い込まれた魔族ではあったが、彼らが、いつか、大陸勢力の背後から姿を現して直接動き出すという時期が、ひそかに準備されつつあった。それは、将来、直哉たちを取り巻く戦いが、新たなレベルに悪化することを意味していた。




