第3章 魔法使いとして 7 大陸勢力領域の真の姿 女王ナーマーと魔族たちによる支配
北方戦線では、サハリン北部へ自衛隊海上打撃艦隊が攻勢に出たことに対抗して、大陸勢力は大量の無人機狂戦蜂を発進させた。サハリン北方全域の上空では、ふたたび天女蜂の大群と狂戦蜂の大群との大規模な乱戦が始まった。他方、間宮海峡上の補給線を断つことを狙った海上打撃艦隊と、大陸勢力側サハリン派遣戦闘部隊との間での激しい砲撃戦も開始されていた。
直哉たち三人は、報道でサハリン周辺の情勢を知った。戦時体制の鉄道を使って小樽から稚内へ辿ると、稚内では各種の戦闘部隊や艦隊が次々へと出撃している最中だった。そんな部隊出撃に紛れ込んで、三人は稚内から小さな船でサハリンへと渡った。
サハリン北部では、間宮海峡に展開していた兵站部隊が、サハリン南方に離脱していた。それを見て取った三人は、その兵站部隊に潜り込んだ。そのころになると、大陸勢力はさらに大量の狂戦蜂を飛来させた。彼らの戦力は、まるで敵の兵力を十分に把握したうえで、戦闘がピークに達した時にさらに戦力を投入するのが常道だった。やがて、攻撃側の海上打撃艦隊は主力艦艇を撃沈させられ、撤退していった。
大陸勢力側が勝利を収めた後、兵站部隊を含めた派遣戦闘部隊は、サハリンから沿海州へと帰還した。直哉が智も、それに乗じて沿海州へと入り込むことができたのだった。
沿海州に入り込む途中で、三人は地元の大陸勢力側の人間たちと似た装備と服装をなんとか調達した。沿海州の山がちの土地では、歩き回るために三人とも杖が欠かせなかった。地元の民たちに似せるようにして、直哉は杖の代わりの太い「木刀」を右手に持ち、『呪縛司の地図』を大袖のように首から肩にかけて括り付けた。他の二人も、地元の女性たちの服装を手に入れて、身に着けた。
彼らは、兵站部隊が帰投した基地から、少し離れたウラジアジアへと入り込んだ。そこは、大陸勢力東方首都であって女王ナーマーが居城を構えるおひざ元だった。その市街地に潜入して直哉たちが得たことは、智子のような東洋系人類の他、アリサのような大陸勢力人類がモザイクのようにして混合して住んでいることだった。これらの事情から、三人がそこに入り込んでしまえば、目立たつことはないと考えていた。
ウラジアジアは、確かに三人の考えていたように東洋系人類や大陸勢力人類が多く住んでいた。ただ、三人の予想以上に、異質な光景が目立った。
直哉の目を引いたのは、ウラジアジアの都市部に住んでいた東洋人や大陸勢力人類の女性たちの美しさだった。同じように、智子やアリサも、ウラジアジアの都市部に住んでいた東洋人や大陸勢力人類の美男子に魅了された。ただ、智子やアリサも美人であったため、ウラジアジアでは目立たなかったが、直哉だけは美男子というにはあまりにお粗末な顔のつくりであった。そのために直哉だけは目立たないように、フードを深くかぶって歩く必要があった。
もうひとつの異様な光景は、街中を闊歩している魔族の存在だった。
「あ、魔族様たちが通るぞ」
「あの人たちは偉い方々なのだから、道を開けて差し上げないと...」
ウラジアジアの都市部に住んでいた東洋人や大陸勢力人類までが、魔族という存在に遠慮していた。
今まで、直哉たちは、魔族すなわちケイン族と呼ばれる上位人類を地下迷宮などに限られたところでしか見たことがなかった。皮膚がひび割れてハニカム状となってあらわれており、それがちょうど柱状節理の断面のように六角形が666のごとくに連続していた。そんな魔族が大陸勢力の領域では、大きな顔をして闊歩していた。そして、周囲の人間たちには聞こえないようにつぶやいた彼らのひとりごとも、直哉たちは聞き取っていた。
「魔法もろくに使えない下等動物どもめ!」
彼らはそうつぶやきつつ、特徴的な肌の六角形のひび割れを見せつけるようにして闊歩していた。
直哉たちは、さらに異様な光景を見た。それは、都市のあちこちの施設だった。
まず、直哉たちが不思議に思ったのは、町の王宮近くに設けられた感化施設だった。観察し続けて分かったことは、ウラジアジアに棲んでいる人類のすべて、東洋人ばかりでなく大陸勢力の人類までの全員が、毎週の初めに必ず感化施設に収容されていたのだった。
「同士諸君」
魔族の呼びかけだった。いくつかのグループには、必ず一人の魔族がメンターとして呼びかけていた。
「同士たち、よく聞いてくれ! 我々は魔素を使うことで魔法を発現させている......あんたたちも、同じなんだぞ!」
「はい」
「同士たちも、我々の魔法のようなものを使える……」
「はい、我々の楽しみにしていることです」
「そうか、そうか。同志たち。そこで俺たちは、あんたたちにそれを、つまり呪文を教えたいと考えている......呪文だ......俺たちは、魔法を使う時に頭の中でさっと思い浮かべている概念を術語とか詠唱呪文と言われることばにすることができた。したがって、それをあんた達が使うことによって、魔法に準じたものが使えるはずだ......そうだ、我々の敵を、これによって圧倒できるであろう」
「はい、我々はそのようにして勝利を得ます」
人類たちは、魔族の言葉にいちいち雷同していた。そして、魔族がさらに口にしたことに、彼らはさらも雷同し続けた。
「敵は、我々よりも劣っていることが分かるな」
「そうです、敵は我々よりも劣っているのです」
聞いている人間たちは、たちまち雷同した。
「敵は、弱い奴ら、少数者、寄留者を守るなどという考え方を、慈愛などと呼んで重宝している劣弱な人間たちだ」
「そうです、弱者、少数者、寄留者などという邪魔な存在を排除しなければなりません」
「そうだ、それは正しいことだ...我々は、常に正しい……正義は常に勝つのだ!」
「はい、私たちは伝えられたことを、すぐに理解し、すぐに賛成できます」
魔族と群衆たちは、そのまま互いに悪魔的な言葉と思いを互いに共鳴し合い、雷同し続けていた。直哉たちは、そんな彼らを残して、感化施設をあとにした。
だが、こんなやり取りが交わされているのは、ここだけではなかった。
直哉たちがさらに進んでいくと、道路向かい側の別の陸戦戦闘兵学校では、ふたたび魔族と群衆たちのやり取りが聞こえてきた。しかも、そのやり取りは、その場ばかりでなく、なぜか都市の空いっぱいにやり取りをしているかのように、響いていた。そのやり取りは、一般剣士、魔法剣士、剣闘士のような狂戦士へと迷いださせる誘いの道だった。
「同士たちよ、剣士のあんたたちは剣もしくは槍をもって、ひたすら突撃するのだ」
「はい」
「その際に、身体強化、武具強化、刃強化のために、この術語もしくは呪文を口で詠唱するのだ」
「はい」
「こんなことができない者たち、弱者、少数者、寄留者たちはこの社会の害悪だ」
「そうです......彼らは、社会のゴミです! ごみを排除することは正義です」
「そうだ、我々は正しい」
こんなやり取りが、まるで都市中にいや大陸勢力の領域のあちこちで、空を満たすように共鳴し合っていた。これらの共鳴は、直哉たちにとって我慢できないことだった。
直哉たちは逃げ出すようにして都市部から郊外へと逃げた。だが、そこにも都市部で感じられたのと同様に、悪意(悪魔的な言葉と思い)が空を満たすように互いに共鳴し合う施設があった。それは、広大な敷地を伴った強戦士とは別種の兵士養成教育校だった。そこは、戦闘兵ではなく様々な兵科の男女の兵士たちを育てていた。
「兵隊のあんたたちは、俺たちが命じた配置によって、使う魔術が異なる.......わかるか?」
「はい……」
「この地区でも、あんたたちに色々教えることになった。支援砲撃手となるあんたたちは、戦術砲撃として魔素をそのまま濃縮して砲撃する。その際、この術語を口で詠唱するのだ」
「はい」
………
魔族たちが行う教練内容は、各種の兵科ごとに異なった。しかし、彼らのやり取りと空を満たす悪意の共鳴は、直哉たちにとって我慢ならないことであり、直哉たちは逃げ出すしかなかった。
逃げて逃げて、ようやく直哉たちは都市部から郊外までを満たしていた悪魔的な言葉と思いの共鳴から逃れた。その代りなのか、その谷あいでは不思議に退廃的な息吹が感じられた。
三人がその谷あいの奥へと進むと、その奥まったところには、少しばかり年齢のいった男女たちが集められていた教育施設があった。
三人は、その反対側の廃屋に隠れて観察していると、ちょうど、前庭には、入所しようとする男女たちが集められているのが見えた。彼らは、兵士、剣闘士として消費され、生き残った男女たちのようだった。
「あんたたちは、強い……強いから、生き残ったのだ......これからは幸せが約束されているぜ」
「はい」
「男のあんたたちは、いくらでも女が与えられるぞ……そのために、相手の心を自由にできる魔術を教えてさしあげよう」
「はい、ありがとうございます」
「女のあんたたちには、いくらでも男が与えられるぞ....そのために、相手を自由に動かせる魔術を教えて差し上げよう」
「はい、ありがたいことです」
こうして男たち、女たちは、それぞれの新たな住処へと導かれていった。それは「種馬施設」、「出産農場」という名称が掲げられていた。直哉たちは、その掲げられていた施設の名称を知って、絶句した。彼らは、隠れた物陰からしばらくは動けなかった。
今まで見てきたことから、直哉たちは、このウラジアジアで、魔族たちが東洋人や大陸勢力の人間たちをまるで家畜のようにあしらい、繁殖させ、消費し続けていることを悟った。
「ここの人間たちは、雷同しがちだという特徴を、魔族たちにうまく活用されているのね」
「生産されて消費されているのか?」
「どうやら、そうみたい・・・・・・」
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「ここの施設から帰って来る者たちはいないのよ」
三人は、後ろから急に話しかけられて驚いた。恐る恐る後ろを振り返ると、そこには数人の男女がいた。彼らは、街中や施設で見かけた美男美女とはおよそ似ても似つかない、決してハンサムではない男女たちであり、直哉たちにしてみれば普通の人間たちだった。
「あんたたち、この街の人間じゃないね」
「えっ?」
直哉は、不注意な反応の仕方をした。智子は直哉の反応をフォローするかのように、口を開いた。
「そうね。こんな都市の住民たちには、辟易するわ」
「そうだろうね、そんな反応が見て取れたからね」
リーダーらしい女が智子を見つめて微笑んだ。彼女は、智子の目に何かを見出したのかもしれない。
「私たちは、この都市に潜入してきたのです」
「へえ、何かを調べに来たのね……そして何かを知って衝撃を受けていたんでしょ?」
リーダーは、智子の答えにさもありなんという顔をした。智子はそれを確認しつつ、つづけた。
「この都市は、あまりに異常です......人々は魔族の言葉にすぐ共鳴しやすいように教育され、様々な目にあわされ、生き残った者たちは、種馬と出産に消費され……まるで家畜のように......」
「そう指摘をするということは、あなた達、大陸の外から来たのかしら?」
「それについては、言うことができません……ただし、私たちは、彼ら特に魔族のことが気に入らない者だということだけは、言えます」
「そう、それなら、ここの都市から排除された私たち、反体制派がいろいろと教えることができるわよ……実は、ここの魔族は、確かに人間たちを彼らの言葉に雷同させ共鳴させて、彼等魔族が利用できるように導いているんです......そうすると、大陸勢力の領域各地では、人間たちがことごとく、この都市の住民たちのように魔族に食い物にされて滅んでいっています」
この時、智子とリーダーが同時に周囲の異変に気付いた。
「しーっ」
直哉たちが隠れている廃屋は、いつの間にか警備隊らしい一隊とその指導者らしい魔族が、逃げられる余地のないほど濃密に、包囲していた。
「ここで、少し待って!」
女リーダーは、そう言うと目で合図をした。すると、彼女の配下たちが何かを手にした。
「魔装突撃用意!」
魔装と呼ばれたそれは、異術学院でかつて見た術力測定セルに似た透明セルのようなものだった。透明セルのそれぞれが、頭や腕、肩、胸当て、背中当て、直垂などの形状に模られており、反対派の戦士はそれらをまるで鎧兜のように身に着けた。 それが終わってから、反対派の戦士たちである彼らは、さらにさまざまな武器を手にして、一斉に敵の包囲陣へと駆けだした。
「総員、突撃!」
「やー!」
大きな鬨の声は、敵陣にも響きわたっていた。その時の声に重なるように、魔族の者らしい声が響いた。
「同士諸君.......彼らは、社会のゴミだ! ごみを排除することは正義だ!」
「そうだ、排除だ、皆殺しだ、やっつけろ!」
戦いは、他方に対する憎しみを伴った非常に激しいものだった。ある者は体を貫かれても、断末魔の形相をしつつ、憎しみを込めて力の限りに、銃剣を突き続け、切り込み続けた。別の者は、数人から集中攻撃を受けたはずの身体を、血潮を噴出させながらも打ちたたくようにして動かし、そのまま敵兵たちを叩き切り続け、突き続けた。
激烈な戦闘は、両陣営とも怪我で生き残る者を許さなかった。まだ、息のあるけが人はさらに敵を殺そうとし、また、まだ息をしているけが人が転がっていれば、敵兵は息の根を止めるために何度も打撃を加え続けていた。阿鼻叫喚の中、直哉たちは反対派のリーダーと数人だけで、その戦場の混乱の中を脱出した。
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彼らは、反対派の地下基地のある洞窟へと戻った。もう安心できるはずなのだが、直哉は、魔族たちの掛け声を忘れられなかった。
「社会のゴミ!」
「ごみを排除しろ! それが正義だ!」
「排除だ、皆殺しだ、やっつけろ!」
これらの言葉が、自らを愚かで虫ほどの価値もないと感じている直哉を、余計に苦しめ、恐れさせていた。ずっと震え続けている直哉を見て、リーダーは声をかけた。
「あんた、そこの男! あんたのことだよ! あんた、魔族ばかりでなくあの人間たちにも、恐れを感じているみたいだね」
「ああ、そうだね! 奴らは恐ろしい 僕みたいな役に立たない奴だと、奴らのいうように袋叩きにされて排除されるのだろ?」
「あんたはそう見えるのかい?」
こう指摘を受けた時だった。直哉とそのグループめがけて、突然の攻撃が始まった。彼らは逃げ出すしかなかった。
ようやく、洞窟の奥深くへと逃げ延びた時、リーダーはふたたび直哉に聞いてきた。
「あんた、実は強い存在じゃないのか?」
「え?」
「先ほどから見ていると、連れの二人の女性は、あんたを大切に思っているようじゃないか。あんたも、彼女たちを大切に思っているみたいだし...それなら、あんたは強い存在のはずだぜ……排除されることもあるかもしれない。でも、彼女たちは、おそらくは慈愛を受けて強められているし、そんな彼女たちに愛されるということは、必ず強さの一つに繋がると思うよ」
直哉は怒ったようにして、口を開かなかった。少し経つと、智子も声をかけた。
「あなたは、万軍の主から愛されている男であることを忘れたのですか。愛されているがゆえに、強いはずです。なぜ、恐れを感じるのですか?」
しかし、直哉がその恐れを克服する時間は与えられなかった。なぜならば、洞窟の最奥部にまで攻撃の手が届き始めたからだった。
一斉攻撃のために、反体制派の兵士たちや幹部たちが次々に倒れた。その勢いがあまりに突然のことで、直哉やアリサ、智子は倒れてくる反体制兵士たちの下敷きになった。
戦いは、そのまま続けられた。反体制派の兵士たちはことごとく殺された。さらには、反体制派側の反撃も激しかった。魔族とその先兵たちも多くが死んだ。気を失った直哉、アリサ、智子たちは、死んでいった反体制派の兵士たち、魔族の指令で戦って死んだ先兵たちに埋もれたまま、戦いは終わった。いや、敵味方の間で生き残ってさらに戦おうとする兵士たちが、もう残ってはいなかった。




