第3章 魔法使いとして 3 北都、無人機群の激闘、そしてシムーン
焼け野原となった上海。その一角に新たに建設された民族解放機構北方方面軍基地は、焼け跡の中に広大な敷地を有していた。直哉たちは、大陸勢力に攻め込まれているとはいえ、アジア大陸の東に君臨しつづけている中華帝国が、今でも抵抗維持し続けるその強大さに目を見張っていた。
彼らが特に目を見張っていたのは、天女蜂と呼ばれる無数の最新鋭無人機たちだった。飛行場ではないものの、指令管制塔の下に広がる広大な敷地は、膨大な最新鋭無人機で埋め尽くされていた。そのはるか向こうでは、立っている異術師らしい人間が、いくつかの天女蜂を同時に制御する訓練が行われていた。
悠然は、この基地に呼んでくれた父の友人である北方方面軍司令官のレ・ジ・ニェンに質問をぶつけた。
「あのフェアリービーたちはどのように制御されているのですか。誘導電波なのでしょうか?」
「あれは、我々解放機構の切り札なんだ...以前は、ドローンと呼ばれた無人機を、確か誘導電波を介して、遠隔制御をしていたものだ...今では、異術の一つ、精霊使いという神経・霊能の異術師が、一度に数百のフェアリービーを言わば群れを一つの対象として動かすようになっている」
ジ・ニェンの説明に総一郎がいち早く反応した。
「お、俺にもできますか?」
「ああ、それは、やってみればすぐわかる。君たちには、後ほどそれを実施してもらうよ」
直哉たちがこの解放機構基地に来たのには、わけがあった。直哉はもともと智子を欠いてはまともな行動ができるはずがなかった。それでも、ウラジアジアに行くべきであることを、彼の継母となった智子に厳命されていた。それゆえ、その気になった直哉を、総一郎たち他の仲間たちも同行していくしかなかった。そんなチームのハンデを埋めて行動するには、釈悠然の提案通りスタート時に釈悠然の父 釈紫陽の知り合い、レ・ジ・ニェンの助力を仰ぐしかなかったのだった。ジ・ニェンは、大陸勢力に対する抵抗組織、解放機構の北方軍司令官だった。
基地内部を案内された次の日、彼らはフェアリービー制御操作術を試すこととなった。
最初に挑戦したのは刈谷総一郎だった。彼は元々忍術と言われる統一された異術を習得していることもあって、すぐに最大数まで制御できるようになった。
「さすがは、あの異術学院の卒業生たちだね」
ジ・ニェンは驚きの声を上げた。これに対して、総一郎は控えめに返事をした。
「いえ、僕たちは、まだ卒業はしていなんですよ」
「卒業していない? なぜだ?」
「僕たち、フィールドワークに出た後に、学院が壊滅してしまって......」
「そうだったのか、それでもさすがに釈紫陽の教え子たちだな......次は、釈悠然...紫陽の息子さんか? そう、君の番だ」
仙術を使う悠然もまた、総一郎と同様に簡単に習得していた。だが、趙虹洋、林梓晴たちは、長い時間を掛けながらも漸く4機程度を制御できただけだった。
「女性二人は、どうやら精霊術が苦手のようだね...。それでも、一応制御できるのだから、何とかなるさ......だが、残りのロシア女とこの男はどうしようもないな」
梓晴や直哉の制御下にあるアリサは、この術を習得するには長い時間が見込まれるために最初から取りやめており、直哉に至っては魔力が検出されないということもあって、術を習得できるはずがなかった。
悠然や総一郎たちは、直哉がさまざまな術を一切習得できないことに、非常に驚いた。今までは、智子が共に居たことで直哉はなんとか活躍で来ていた。しかし、智子のいない今の直哉は、彼等にとってお荷物以外の何物でもなかった。これは、彼らにとって非常に不満に感じることだった。だが、直哉を同行させることが智子から強く要請されたことでもあり、直哉もチームのメンバーとして同行し続けられることとなった。
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ジ・ニェンの情報では、北都を占領した大陸勢力に並行して敵方の異術師たちが進出しているということだった。彼の情報によれば、北都を占領した大陸勢力のうち、指導層にあたる人間たちは、体中の肌が極度に乾燥して六角形の模様のようなひび割れが形成され、口には発達した犬歯さえ見え隠れする姿の魔族だという。彼らは、その乾燥した肌故に、水を嫌っているということだった。その情報を基に、総一郎たちは、上海の解放機構基地から北都へ通じる運河に沿って北上することとなった。
解放機構の小さな潜水艇は、主に夜間、文字通りくねくねと曲折しながらつながっている川や湖、運河を進んだ。その行程はおよそ一か月ほどだっただろうか、ようやく北都の近郊に達した。
北都は、地脈の途中集約地点があり、そこから集約された魔力がさらにウラジアジアヘ送られていると思われていた。だが、そんな施設は見当たらなかった。その代りに近郊の運河から見た北都の姿は、摩天楼の林立する大都市のようにみえた。いや、精確には、それらの摩天楼は、北都の高高度に黒く浮かぶ巨大生物から下方へ生えた数十本のタコ足だった。
直哉たちは夜の闇に黒い船体を溶け込ませながら、静かに北都近くの土手沿いの草むらに着岸した。そこから直哉たち6人は闇にまぎれて北都へと入って行った。北都内部に入ると、上空から降ろされたタコ足が、まるで上空の黒雲に隠れるように地上からそびえたつ摩天楼にみえた。その摩天楼のようなタコ足は、まるで多数のエレベーターが上下左右に動き回るかのように、上下左右にいきわたる明るい光の脈動が見えた。また、その光の脈動に合わせて、巨大な足のふくらみが上昇していた。さらに、上下動するゴンドラのような浮遊機械たちが、摩天楼に挟まれた空間を縦横無尽に動き回っていた。
「これはビルのように見えるが、ビルじゃないね…飯倉地下迷宮で見たタコ足と同じ構造に違いない…おそらくこのあたり一帯の人間たちの生命エネルギーを、魔力として吸い上げる機構だ」
悠然はそう指摘した。虹洋は周りを見渡しながらうなずいた。
「じゃあ、人間たちはどこかで吸い取られているわけね」
夜のせいか、動いている人間たちは一人もいなかった。働いていたのは、薄っぺらい簡単な構造の機械虫だった。しかも、それらは、駆動系を関節や車輪、体内のどこにも有せずに動いていた。
「あれは、魔力で動いている...どこかで遠隔動作させているのかしら」
梓晴が声を上げた。それにうなずくように総一郎が続けた。
「魔動機構だろうね......形状が簡単だから軽量だし...盛んにあの摩天楼に出入りしているね」
機械虫たちは、総一郎が指さした正面の摩天楼のようなところに、盛んに出入りしていた。総一郎たちは、警戒しながらその摩天楼の中へ忍び込んでいった。果たして、摩天楼の一つ一つの中には、何が収められているのだろうか、それを確かめるためだった。
ビルのような摩天楼の一つに忍び込むと、それは、中央のダクトのような構造物が地面から上方へと延々と続いていた。その周囲には、中央のダクトを囲むように、いくつもの足場のようなフロアが設けられていた。そのフロア各階を、警備ロボットのような無人車両が徘徊していた。
「吸収された生命エネルギーは、魔力に変換されて上方に送られているんだろう」
総一郎がそんな想像を口にすると、悠然は単に事実だけを指摘するにとどめるように気をつけながら、つづけた。
「ダクトはこんなに太いのか......大事なダクトだから、フロアのような警備用のフロアが細かく組まれているんだろうな」
「上方へ運んでから、どうするのかしら? 地脈は地下にあるのだろうから、上空へ運ぶ流れとどのように接続しているのかしら?」
虹洋が、疑問に感じたらしいことを口にした。悠然は全員の意見をまとめ上げるように、妥当そうな方針を提案した。
「じゃあ、上空でどうなっているのかを、見に行こう」
彼らは一つのダクト沿いにフロアを巡りつつ、はるか上空へと昇って行った。
彼らは、長い時間をかけて、フロアから直上のフロアへ、さらにその上のフロアへと、じみちに登って行った。空気が薄くなってきた高度つまり二千メートルほどで、ようやくダクトの頂上近くに至った。そこでは、下方から伸びてきた摩天楼のようなダクトが集約されて、それらに乗っかるように本体部分が設けられていた。そのフロアに達した時、全員は座り込んでしまった。彼らは、精神的にも肉体的にもすっかり疲れ切っていた。
「地上の摩天楼からこの本体までダクトが来ているのは、分かったね」
ようやく、虹洋が声を上げた。虹洋の視線を辿るようにして本体部分を見上げた悠然が、まだ結論の出ていない疑問を口にした。
「じゃあ、この本体の何処から地脈へ送られているんだろうか?」
「そんなパイプも設備も、見当たらないね」
虹洋は周りを見渡しながら、悠然の疑問に続けた。総一郎は、やっとのことできたにもかかわらず、謎が解けないことに、苛立っていた。
「いったいどうなっているんだろうか?」
「本体の中に入って行こうよ」
梓晴はさっさと立ち上がって、ほかの仲間に働きかけた。だが、悠然はそれを押しとどめるように指摘した。
「慎重に調べるべきだぜ」
「どうやって、本体の中に入り込めばいいのかな?」
この段階になって、直哉が疑問を口にした。その指摘があまりに当然のことであったため、今まで議論していた4人は、まじまじと直哉を見つめた。
「まあ、たしかに、それをまず考えなければならないよな」
総一郎は、皮肉を込めてそう言った。
7人は、黒い本体部分の外装部周辺のフロアを見て回った。ここには、人間型のロボット、それもほとんど人間のように動くアンドロイドが周回していた。
「ここでは人型ロボットが警備しているんだな」
警備ロボットをいくつかやり過ごした後、総一郎が口を開いた。悠然はそれに続けて、新たな考察点を提示した。
「なぜだろうか......集約して送るだけの施設なら、人型ロボットでなくてもいいはずだからね」
しばらく行くと、その人型ロボットが数体集まっている様子が見えた。彼らが囲んでいるのは、一人の女性だった。彼らは懸命に人間の女に何かを話しかけている様子だった。
「ここに出て来てわあ、いけません」
「さあさあ、帰りましょう」
「助けが必要ですか? 助けましょうか?」
「車いすが必要ですか? 杖が必要ですか?」
こんな機械音声が聞こえてきた。それに対して、女は自棄になっているようだった。
「うるさいよ...ほっといてくれ…中にいるとどんどん疲れるんだよ...あんたたちのいうことを聞いていると、みんなしまいには死んでいるじゃあないか!」
この光景を見た総一郎たちは、この光景が何を意味するか、しばらくは分からなかった。だが、この女が、この黒い本体の中から迷い出て来たのか、もしくは逃げ出してきたのかのどちらかであることは、明らかだった。
「なぜ、この本体の中に人間がいるんだろうか?」
悠然は、先ほどの人間型警備ロボットの疑問に追加するように、さらに考察点を追加した。それに合わせて、虹洋も考察点を追加した。
「しかも、そこから人間が出てきたことは、警備ロボットにとって都合の悪いこと、つまり管理者にとって都合の悪いことなんだろうね」
「じゃあ、この本体の中に人間たちが収容されている?」
総一郎が口にした結論は、議論している悠然や虹洋の体を震わせた。梓晴はそんな仲間の様子を見ながら、やや平然と、また皮肉めいた口調で指摘した。
「だから、さっさと中に入ってみればいいじゃないの? どういうことか、分かるでしょ」
それに促されるようにして、総一郎たちは、ロボットたちが女を中へ導いて行った後に続いて、本体内部に入って行った。
先行する警備ロボットたちは、抵抗する女を力づくで引っ張っていった。総一郎たちは、その後を静かについていった。警備ロボットたちが行き着いたのは、明るく大きな紫外線カットサンルーフに覆われた、広大な空中庭園のような場所だった。
「ここは、何だろうか?」
総一郎がまず口を開いた。悠然も彼らの目の前の風景を確認するかのように、言葉をつづけた。
「まるで楽園のような場所だ....なだらかな丘、きれいな芝が延々と広がっている……そして、いたるところで多くの人々が寝そべったりじゃれ合っているね…いすやテーブル、寝そべるための寝台やベンチ、食事のためのダイニングテーブルが配置されている……まるでピクニックにふさわしい公園のような場所だね」
「これは、快楽にふける人間たち、半裸でじゃれ合ったり絡み合ったりしている男女たち......…まるで、あの飯倉地下迷宮と同じじゃないか!」
今まであまり口を開かなかった直哉が、まるで突然怒りを覚えて沸騰したように、激しい口調で指摘した。彼は、さらに分析を加えるようにつづけた。
「この領域に、おそらく北都とその周囲にいた人間たち全員が収容されたはずだ...とすれば、北都首都圏全体からすべての人間を集めたはずだ......それにしては、目の前の人数があまりに少なくみえる....…これはおかしい」
「直哉、驚いたな...その指摘は鋭い....確かにそうだね....おそらくは、多くが何らかの理由で多くの人間たちが取り去られている」
悠然が直哉を見つめながら、つづけた。
「直哉、あんたは、半裸の男女たちの絡み合いに怒りを感じて覚醒したのか?…でも、彼らの様子はおかしくないか? 彼ら全員は、絡み合いをしていない人間も含めて全員が疲れ切っている……絡み合いで消耗したんじゃないか?」
「絡み合いで消耗したように見えるが、違うね……彼らは生命エネルギーを搾取されているんだ!」
直哉は怒りを覚えながら、空中庭園のあらゆる場所をくまなく観察しながら、何かを探していた。それはすぐに見つかった。
「あれだ、あちこちに設けられている....」
直哉は、空中庭園の上部のガラス屋根を支えているかに見えた柱が、タコ足のような吸盤構造を有していることを指摘した。それと同時に、総一郎が声を上げた。
「おい、大丈夫か?」
総一郎の足元に、男が倒れこんでいた。男は、うめき声を発すると、そのまま息を引き取ってしまった。すると、先ほどの警備ロボットとは異なるロボットが、その遺体を他の遺体とともに集めては、さっさとどこかへ運び出していた。このような光景は珍しくなさそうだった。
「これはどういうことだ?」
総一郎は、大声を上げた。虹洋もあちこちを見渡して驚いた口調で指摘した。
「楽園のはずなのに、人がコロコロ死んでいるのね」
「なんだろう、この施設は?」
悠然が声を上げ、続けて自分で結論を出した。
「これは、あの飯倉地下迷宮で見た人間たちと様子が似ている」
それを引き取るように、直哉が怒りを込めて結論を口にした。
「ここは、生命エネルギーを集約する場所じゃない、人間たちを閉じ込めて生命エネルギーを吸い取る施設だ」
「ということは、ここから摩天楼のようなダクトを通って地下へと魔力が運び出されているのか?」
総一郎がそう指摘すると、虹洋もうなづいた。
「そうなるね....でも、こんな高いところに、なぜ設けられているの?」
「おそらくは、逃亡防止だろうね......それに、太陽光をより強く得るためなのかもしれない」
直哉はいまだに怒りを覚えながら指摘を続けていた。梓晴が、そこに別の指摘を付け加えた。
「じゃあ、私達がここの人間たちを助け出さないといけないわね…地上に降りて準備をしないと…」
「いや、待て....人数があまりに膨大だ......それに、彼ら全員を助け出してから、何処へ連れて行けばいいのか?」
悠然が冷静に梓晴の提案の問題点を指摘した。虹洋がそれに続いた。
「わからないわね……どうしようかしら?」
「いい手がある…生命エネルギーの吸収装置、魔力への変換装置、そして地下の地脈をそれぞれ破壊すれば、ここの人間たちは死ぬことが無くなるよ…食糧だってこの空中庭園であれば、生産を開始できるだろうし...」
悠然は、虹洋に応えるようにして、対処法を考えついた。この時梓晴は、すぐに反応して提案した。
「それなら良い手があるわ.....三つに分かれて行動しましょ! つまり、一番簡単な所は、あの吸収装置を破壊することだから、これは直哉とアリサにここに残ってもらって、やってもらいましょう...魔力への変換装置は、地上にあると思うわ。....だから、4人で地上に帰りましょう…そうして二手に分かれて、変換装置の破壊と地脈破壊とをそれぞれでやっていくのがいいでしょ」
この提案は、妥当に思われた。ただ、梓晴がすぐに提案してきたことは、今までなかったことだった。悠然と虹洋はそれに気づいて顔を見合わせながらも、その提案が妥当に思われた。
「では、そうしよう」
こうして6人は、直哉とアリサ、悠然と虹洋、総一郎と梓晴の3つに分かれ、それぞれが破壊活動を同時に行うこととなった。
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6人がそれぞれの作戦行動に移ろうとした時、直哉はすっかり元の昼行燈のような状態に戻ってしまった。そのためか、出発前のみんなから、何度も何度も破壊すべきポイントを指示された。それをうるさく感じたのか、直哉はその都度何度も返事をした。
「わかった、あの部分を破壊すればいいんかな?」
梓晴はその様子を見ながら、二人に念を押すように指示を繰り返した。ただ、彼女の指示した破壊の手順は、決行時刻から始めたとしても、完了するのに大幅に時間のかかるやり方のように見えた。
「二人とも、しっかり!、ゆっくり確実に!、この順番で!、全てのタコ足を探し出して破壊するのよ……決行時刻も覚えて置いて! 決行時刻の後に実施するのよ!」
「はい、わかりました」
アリサの返事を聞いた梓晴たちは、直哉とアリサを空中庭園の入り口近くに残して、空中庭園をあとにした。そして、数時間後......
「直哉、決行時刻ですよ」
「アリサ、教えてくれてありがとう」
直哉はそう言うと、アリサとともに空中庭園の各所にあるエネルギー吸収装置を、つぎつぎに破壊し始めた。それによって、空中庭園で転がっていた人間たちは、苦しんでいる者たちを含め、全員が徐々に正気を取り戻し始めた。
他方、空中庭園の遥か下方では、単なる破壊活動ではなく、はるかに大規模な活動、戦闘が始まっていた。直哉とアリサがそれに気づくのは、自分たちの破壊活動が終わった時だった。
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それは、二か所の攻撃目標に繰り返し攻撃を加える大量の無人機の群れの姿だった。
「あれは何だろうね」
直哉は、不思議な光景を見るかのように、しばらくその様子を見降ろしていた。この時、アリサに預けられていた解放機構式非常通信機から大声が飛び込んできた。
「破壊…作業中...に包囲された…現在敵の無人機 狂戦蜂から攻撃をうけている…上海基地からの増援を要請」
「こちら、総一郎、いまだ作業中…増援頼む」
断片的な声に、遠く上海基地からの通信が小さく入っていた。
「現在、フェアリービー全機出撃した…ETA10分!」
「そんなに待てない」
作戦行動中の虹洋たち、梓晴たちは、まだ激しい攻撃のさなかにあるらしかった。その攻撃をしているのが、先ほど眼下に見えた大量の大陸勢力の狂戦蜂のようだった。他方、はるか南方には雲霞、いや黒雲のように見えたのは、解放機構側の天女蜂の大群だった。そして、直上には既に少数ながら解放機構側の天女蜂の編隊が、大陸勢力の無人機群の中央に襲い掛かっていた。
「先鋒先遣隊が突撃した」
直哉がつぶやくと、眼下では戦列を整えていたはずの大陸勢力側の狂戦蜂の戦列が崩壊し、その部分へ再び先鋒先遣隊の天女蜂が襲いかかって行った。
大陸勢力側の無人機はいったん退避しはじめた。彼らは退避しつつ、戦列を再編成しつつあった。だが、その間に、解放機構側の天女蜂本体は、虹洋たち、梓晴たちを包囲する大陸勢力側の無人機群に、攻撃を加え始めた。このようにして両軍が接触しはじめると、両軍の編成は乱れ、入り乱れての乱戦が始まった。乱戦は周囲全域にあっという間に拡大した。周囲の上空、空間は、無人機同士が互いに互いを撃墜し合い、互いに撃ちあうレーザーと、火を噴いて墜落する無人機の火炎と煙で、満たされ始めた。
そこに、さらに別の基地からのであろうか、援軍の天女蜂が駆けつけ、掃討戦追撃戦が始まった。これで、破壊活動を実施している虹洋たちや梓晴たちを援護する解放機構が、ほぼ全空間で勝利を確実にしつつあった。
「さあ、北都の住民たち、脱出しよう」
直哉の掛け声とともに、空中庭園に残っていた人間たちは、一斉に地上に降り始めた。また、総一郎や虹洋たちも、そんな人間たちを迎えるために、摩天楼の一つの出口で待つことにした。こうして、皆が地上に出て、そこで勝利と解放と喜ぶ様子が、地上のあちこちに広がっていた。
この時、突然、解放された人々を守るために配置していた天女蜂の一部が、おかしくなった。摩天楼の途中階に居た直哉たちから見えたのだが、虹洋たちからは見えない位置では、一部の天女蜂が周囲の仲間たちの虚を突いて攻撃を加え、一瞬にして仲間たちを蒸発させた。続けて、さらに周囲の仲間たちを蒸発させた。また、同時に別のポイントでも、一部の天女蜂が周囲の仲間たちの虚を突いて攻撃を加え、仲間たちを一瞬にして蒸発させ始めていた。これを端緒にして、一部の天女蜂が狂ったように仲間を襲い始めた。
あっという間に、解放機構が制御していた天女蜂は無くなってしまい、上空を飛び回っていたのは、大陸勢力側に制御を奪われた天女蜂や大陸勢力の狂戦蜂たちだった。彼らは戦列を整えると、異変に気付いて逃げ出した人間たちには目もくれず、摩天楼の一つに隠れた総一郎たち4人を攻撃し始めた。攻撃を受けたその摩天楼は、外壁が崩れ始めた。この摩天楼の上層階にはまだ直哉たちや空中庭園から逃げ出した人間たちが下りている途中だった。
「このままでは、2千メートル上空から空中庭園が地上に落下してくるぞ」
直哉の無線機から、総一郎の声が聞こえた。総一郎は、はるか上空に浮かぶように見えた空中庭園の黒い本体を見ながら、そうつぶやいていたのだ。その後に、無線機からは悠然の声がした。この時、悠然は首を振りながら、直哉にも聞かせる意味で大声を出していた。
「このままでは、わたしたち4人ばかりでなく、まだ脱出中の直哉たちや北都の人間たちまで全滅してしまうぞ」
「何とかならないの?」
虹洋は悲壮な顔をして梓晴の顔を見た。梓晴は、そんな仲間の様子を見て、あきらめたような、突き放したようなことを言った。
「これで、終わりかしらね…みんな何もできないみたいね…直哉はまだ上にいるだろうから、助からないだろうしね」
「いや、俺があの一部の天女蜂を制御してみよう」
総一郎が、意を決したように、精神を集中し始めた。すると、やっと少数の天女蜂を制御できるようになった。だが、その少数の天女蜂も、すぐに撃墜されてしまった。それでも、総一郎は、悠然と共に再び神経を集中させた。すると、ようやく残っていた天女蜂の三分の二の制御が回復した。これによって、大陸勢力側に制御されていた狂戦蜂全てを、なんとか一掃出来た。
「さあ、脱出を急ごう」
「これで、間もなく作戦だわね......」
一安心だった。だが、通信機の声が、突然プツリと消えた。直哉は慌てて再び眼下の様子を覗き込んだ。先ほどまで、総一郎たちが制御していたはずの天女蜂の一群をはるかに上回る、大規模な黒い影がはるか遠くから押し寄せ始めていた。
直哉の無線機から、梓晴の声が響いた。
「シムーンかしら……あれは、もしかしたら、中東で昔から語られている謎の魔女によって操られているシムーンよ…小さな砂の大群を精霊使いが動かしているのよ」
そう言っているうちにあっという間に摩天楼のすべてがシムーンによっておおわれてしまった。砂嵐によって、天女蜂は全て墜落してしまった。また、同時に、虹洋たち4人にも異変が生じていた。
「....こちら悠然....負傷した…梓晴がどこかに行ってしまった......」
「……虹洋と俺は負傷…あ、逮捕される…直哉たち、逃げろ!」
この切れ切れの声を聴いて、アリサは顔を真っ青にした。
「直哉、あんたの仲間たちが危ない」
「助けに行こう」
「まあ、待ちなさいよ 私達の今の攻撃の前では、あんたたちの無人機や武器などは意味がないわよ....既に摩天楼も崩壊しつつある......そのうち、空中庭園が此処に降って来るわよ」
特徴のある女の声が、直哉たちのいたフロアに響いた。
「梓晴! お前、裏切ったのか」
「いいや、助けてあげようと思って、私はここにいるんです」
「どういうことだ?」
さすがの直哉も、梓晴の行動が裏切りであることは、理解できていた。だが、全ては遅かった。




