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第3章 魔法使いとして 2 義母 珠子の死と、新たな義母 智子

 春爛漫の中、珠子の葬儀式は終わった。しんみりとした時はすぐに去り、直哉たちは賑やかに過ごすようになった。ただ、共には過ごしているものの、それぞれの者たちはそれぞれに、これからのことを考えないわけではなかった。


「私一人ぼっちになっちゃった」

 緑が増した庭に面した縁側で、智子は直哉と何かを話し合っていた。

「直ちゃん…この家に居られなくなっちゃったね、私……」

 智子は、直哉の父 泰然と同居していたとはいえ、同居できていたのは珠子の連れ子であったからだった。智子は、泰然と養子縁組をしているわけでもなかったため、同潤会の中にある高橋家の屋敷にこれ以上居すわる訳にいかないと考えていた。彼女のその思いは、直哉にとってショックだった。

「でも、智姉、居ちゃいけないなんて、誰も言わないよ......もし、親父が何かを言うんだったら、ぼくが親父を説得するよ」

「直ちゃん、ありがとう、でも、私、もう大人なのよ...だって、32歳のはずなんだもの」

「智姉、でも、実際の僕たちは14年も歳を取っていないはずだよ」

「そうね、それでも、私、少なくとも18歳なのよ、成人だし、結婚もできる年になったし...一人で生きて行かなくちゃならないのよ」

「ぼ、僕は智姉が必要だよ」

 直哉がそう言うと智子は微笑んだ。

「ありがとう、直ちゃんはそう言ってくれることはわかっているわ、ありがとう……でも、2歳年下の少年を結婚相手にしてはいけないし、そんな相手に甘えちゃいけないのよ」

「だって、僕だって、智姉を支えられるんだよ」

「それは違うわね……私は直ちゃんと確かな間柄だけど......でも、私が直ちゃんに甘えるなんてことは今までなかったでしょ……それを、直ちゃんも分かっているでしょ? だから、この家に私が頼れる人はいないのよ」

「じゃあ、僕も智姉と一緒にここを出るよ」

「それはだめよ、だって、お父さんはどうするの? お父さんの肉親はただ一人、直ちゃんだけなのよ」

 智子の言葉は、至極当然しごくとうぜんなことだった。それでも、直哉は心の中で何かが引き裂かれそうになっていた。そんな直哉を縁側に残し、智子は立ち上がって二階に行ってしまった。そこでは、おそらくアリサや虹洋、梓晴たちが今後のことを話し合っている最中だった。悠然と総一郎は、既にそれぞれ虹洋、梓晴に同行すると言っていたこともあり、彼女たちが何を為すべきかを結論すれば、彼等も一緒に屋敷を出ることになる。おそらくは、直哉だけがここに残ることになる見込みだった。

 他方、直哉の父 泰然は、連れ合いの珠子をうしなって悲しみに暮れていたが、決して意気消沈していなかった。彼は珠子の言い残した言葉を守ることだけを、心に誓っていたからだった。


 さて、悠然と虹洋、総一郎と梓晴は、先日、高橋家に入った賊について4人で調査に行くために、少しばかり高橋家を離れることとなった。アリサや智子も同行すると思われたのだが、なぜかアリサも智子も高橋家に残ることになった。

____________________


「直哉、ちょっと来てくれ」

 ある日の夕刻、90歳に近い直哉の父 高橋泰然は書斎に直哉を呼び出した。

「何かな? 父さん」

 直哉は夕刻を過ぎて父から呼び出されたのを訝しく思いながら、書斎へと入って行った。

「直哉、お前、俺が心配だから、ここから出ることをためらっているらしいな」

「ああ、そうだよ...僕は父さんの子供だからね、父さんを一人残してここを出ていくことはしないさ」

「ありがとう、お前は、心優しい人間だね……ところで、俺はお前を俺に縛り付けるつもりはない……そこで、妻を迎えることにしたんだ......」

「え、再婚するのか? 継母(かあさん、つまり珠子さんが亡くなってからまだそんなに日が経っていないと思っていたんだけど......」

「これは、珠子の遺志でもあるんだ......」

継母(かあ)さんの意志?......そうなんだ...」

 直哉は突然の言葉に、戸惑った。彼が父の言葉をなんとか受け止め落ち着いた頃、彼は相手が誰であるかを聞かされた。

「父さん、それで、誰と再婚するの?」

「ああ、そうだな、じゃあ、紹介しよう......さあ、入って来てくれ」

 突然の紹介なのだが、先ほどまで家の中にはアリサと智子しかいなかったはずだった。直哉に気づかれずに来客が家に入っていたのだろうか。

「紹介しよう、高橋智子さんだ」

 父 泰然が紹介したのは、つい先ほどまで「智姉」とずっと呼び続けて来た2歳年上の智子だった。その後ろには、智子につき従うようにアリサが控えていた。

「え?」

 直哉は驚きととまどいのため、しばらく口がきけなかった。しばらくたつと、彼の胸の内には怒りにも似た感情が湧き出た。

「父さん、これはどういうことだよ?」

「これは智子さんの意志でもあるんだ...初めは、養子縁組をしようとしたのだが、それではいけないと彼女が主張したのでね......彼女を妻とすることにしたんだ」

 泰然が説明したことは、亡き継母珠子の遺志でもある結婚話が、智姉に受け入れられたということであり、智姉自身も積極的に動いていたらしかった。

「智姉! これはどう言うことなんだよ!?」

「直ちゃん、直ちゃんは私を頼っているでしょ。お父さんにも頼ってほしかったのよ....でも養子縁組をしただけでは、私は単にお世話になるだけになってしまう。だから、お父さんに頼ることもできて、お父さんを助けられる妻として迎えてほしいと、わたしから頼んだの」

「え、だって、養子縁組をすれば、僕と姉弟になれるじゃないか。そうすれば...」

「『そうすれば』? 私は精神的に互いに頼り合える人が欲しかったのよ....今はそれがあなたのお父様しかいなかった....直ちゃんには......いままでのことを振り返ると、直ちゃんに私が頼れるといえるのかしら…だから、あなたのお父様に頼った。...そして、お父様にお世話もできるし、恩返しもできる…だから、私の亡き母の遺言でもあり、お父様の提案でもあったとおり、結婚することにしたの」

「父さんと、智姉が結婚...」

 直哉はそうつぶやいた。すると、泰然が口を開いた。

「結婚とはいっても、智子さんが安心してここに居られるための手続きだ……私はこの歳になって、女性を相手にすることなどできんからね....それに、智子さんによればアリサさんも私の世話を手伝ってくれるというし...」

 泰然は、苦笑しながら直哉を見つめた。直哉もまた、複雑な表情を浮かべながら泰然と智子とを、交互にみつめた。

「わかったよ、そう言うことなら...... でも、智姉が僕の母親になるのかあ......でも、これから智姉のことは、どうやって呼べばいいんだろうか?」

「直ちゃん、『かあさん』と呼んでくれないかしら」

「え? 『かあさん』と呼べ、というのか?」

 これもまた、直哉を戸惑わせた。


 次の日、直哉は朝起きると、台所に立ってテキパキと動いている智子の姿に驚いていた。

「え、朝から何をしているの?」

「お父様の食事を作っているの…」

「そんなの適当でいいじゃないか!」

「そうはいかないわ!」

 智子はそう言って、アリサとともに朝食のプレートを泰然の起きている書斎へと、運んで行ってしまった。その後ろ姿を見送りながら、直哉は小さい声で彼女を呼んでみた。 

継母かあさん......うーん、違うなあ...『智姉ともねえ』だったから『ともかあさん』でいいかなあ......ともかあさん....うん、そうかなあ、呼び方はそれで何とか出来るかな……でも、昨日まで「姉さん」だったのに、今日から「かあさん」になったのかよ......うーん」

 直哉は戸惑いを抱えたままだった。

____________________


 翌週、調査旅行に出かけていた4人が戻ってきた。

「直哉、戻ったぜ」

 第一声は、屋敷玄関に駆け込んできた釈悠然と刈谷総一郎だった。

「あっ、無事に戻ったのね」

 玄関で彼らを迎えたのは、智子だった。続いて出てきたのは、直哉だった。

「母さん、誰が来たの?」

「え、直哉? あんた、智子にそんな呼び方をするのか?」

 悠然と総一郎は、直哉を驚いて見つめた。

 

 直哉は、総一郎たち4人を、玄関からリビングルームに導いた。そこで、直哉や虹洋、総一郎たちは、これからの情勢分析と作戦方針とを討議するつもりだった。

「智姉、じゃない、母さん! みんなにとりあえず飲み物を用意しなくちゃ!」

 直哉はそう呼びかけつつ、眼を丸くして彼を見つめている皆の視線を感じていた。それでも、彼は意識的に言葉を選びながらさらに智子に話しかけ、ふたたび悠然や総一郎たちを見た。

「母さん! うーん、いまでもなかなかこの呼び方には慣れないんだよ」

「どうしてそんなことになったの?」

 虹洋が驚きの声を上げつつ、そう問いかけた。

「ああ、僕の継母はは、珠子さんが亡くなって、智姉(ともねえ)は身寄りがなくなったんだよ...この家に居られたのは、珠子母さんの連れ子だったからさ....そして、親父がかわいそうに思って彼女をわが家に引き取ったのさ」

「へえ、それで親父さんが妻として智子を迎えたわけ? 養子縁組して義理の娘でもいいように感じられるけど?」

 虹洋は当然に疑問を呈した。それを引き取るように、智子が返事をした。

「それは、私の意志よ......泰然酸の義理の娘となると、直ちゃんと姉弟の関係になって、彼に甘えてしまうから..私は甘えちゃいけないのよ、だから泰然さんと結婚したのよ」

「甘えちゃいけないの?」

 梓晴が悪戯っぽく疑問を呈した。智子はそんな反応を強く打ち消すように、言葉を強めた。

「直ちゃんが頼りないのは、皆もよく知っているでしょ? 私が彼を支えなければならないと思っているのよ…だから、彼の母親になる方を選んだのよ」

「そうね、確かに直哉はいつも頼りないよな......活躍できた時だって、必ず智子が一緒にいた時だものな」

 悠然はそう言って、納得するように発言した。だが、その後も、梓晴はいたずらっぽく絡んだ。

「90歳代の老人と若い妻ねえ」

「へえ、つい先日までは『智姉(ともねえ)』だったよな…それが、今は『母さん』か? なあ、もう一度、智子に呼びかけてみろよ」

 総一郎も、まだ悪戯っぽく絡みながら、梓晴と顔を見合わせた。梓晴は、さらに続けた。

「へえ、直哉にとって智子はお姉さんだったはずよね……お姉さんであっても、智子に迫られると逃げ出していたわよね……その智子がお母さんになったら、余計に逃げだしたいんでしょ?」

「ぼ、僕は逃げ出さない……梓晴、あんたと一緒だった入学時の騒ぎの時だって、逃げ出していない……避けただけだ......つまり、女の人を情欲を持って見ることを避けたんだ! だから...僕は耐えられる...耐えて見せるさ…ましてや、智姉、いや彼女は僕の母親なんだから、当然に僕にとって最も神聖な方になったんだ......彼女は女性の中で最も女性である存在、最も神聖な存在になったんだ....だから、耐えるよ、いや耐えてみせるよ」

 直哉は懸命になって反論した。それを面白そうに見ながら、梓晴は今度は智子に話しかけた。

「へえ、それじゃあ、智子、あんたから直哉に迫ってみたら?」

「わ、私は泰然の妻、言い換えれば、直ちゃんの母親になったのよ......だから、直ちゃんに迫るなんてこと……禁断の行いを、することはないわ」

「へえ、彼も確かに男よ......以前、直哉は、わたしと夫婦寮に閉じ込められる羽目になった時、彼は確かに女性の身体に反応したのよ......母と息子の間柄になったあなたたちが、その禁断の間柄にならないように、どんなふうに耐えられるのかしら?」

 梓晴の言い方は、意地悪だった。智子は彼女の視線を見返しながら、少し怒りを覚えながら言い返した。

「直ちゃんも、私も昔から、互いに啓典の主からの導きの中にあるのです……すべては啓典の主の導きにあるのです」

「フーン、そうなの? わかったわ......つまらない話になっちゃったわね」

 梓晴は急に興味を失ったようにだまってしまった。

____________________


「我々は、大陸勢力の都市には潜入できなかったんだ......それでも廃墟となった都市を見つけて潜入した...そこは、大陸勢力が中華帝国を侵略しはじめたばかりのころ利用した都市だったらしい......我々は、そこでこれらの書類を見つけたのさ」

 悠然はそう言うと、大きなリュックから様々な資料を引き出した。それらは、水にぬれ、太陽の日に焼けてすっかりボロボロだった。それでもプラスチックシートに挟まれた資料群は、多くの事実を語っていた。

「これらは、大陸勢力のキリル文字によって書かれた正式文書ね…行政方針やら軍事戦略書、作戦指令所かしら......これは署名ですね…『東方女王ナーマー』と…」

 横から、アリサがいくつかの名前を指摘した。

「これは、何処かの都市の名前ね…『ウラジアジア』」

「ウラジアジアと呼ばれる都市がどこかにあるらしいね......それがどこなのか....それが、ユーラシア大陸東方攻略の中心都市なのだろうね」

 書類を手にした智子は、書類の種類を峻別しながらいくつかの事実を指摘した。

「軍事戦略書...これは大陸勢力中央から女王への指示書、そして女王の名前は『東方女王ナーマー』とかいてありますね」

 その指摘にうなづきつつ、悠然は議論を進めた。

「他の文書も読んでみよう…。『ウラジアジア』という都市とともに、『地下迷宮』、それから『東方女王ナーマー』という記述もある」

「どうやら、そこは、中心都市、いや、大陸勢力の戦略的要衝だな......つまり、そこには、飯倉地下迷宮と同様に、王若しくは女王がいる迷宮や宮殿があるね」

 総一郎がそう指摘をした。智子はさらに続けた。

「これは女王あての文書、つまり女王に対する指示書じゃないかしら…おそらく、大陸中央から指示を受けた女王がウラジアジアにおり、それが『東方女王ナーマー』ね」

「その指示書とともに、東方女王ナーマーの署名のある命令書もある....これらは、大陸勢力が北都からさらに南へ征服せよということらしい……なにかと『並行して征服せよ』とされているね? なんだろう?」

「これは『地脈』と書いてありますね」

 アリサが指摘した。途端に全員が声を上げた。

「大陸勢力は北都とその地域へ地脈を伸ばしたのか?」

「大陸勢力は、黒竜江対岸の奥深く、函谷関を越えた北都にまで地脈を拡大しつつあるんだ」

「地脈を延伸させているとするならば、彼らは北都のような大都市の人間たちから生命エネルギー、つまり魔力源を搾取するために、すでにそこへ達しているのか?」

「じゃあ、人間たちの他に、彼等から生命エネルギーを搾取する者たちもいたのか?」

「確か、我々の旅程の途中で、見慣れぬ姿を見たことがあったな...酷く乾燥した顔の頬と、乾燥によって生じたのであろう六角形のひび割れのある肌をもつ、人間のような奴ら...おそらく、そいつらは魔力源搾取と何らかの関係があるはずだ」

「魔力搾取、そして地脈が延伸されているということは、彼等にも我々と同じ異術師たちが存在するということにもなるね」


 こうして、かれらはなんとかして北都へ、そしてウラジアジアへ潜入することとなった。ただ、智子は泰然の妻として同潤会の屋敷に残ることになった。潜入部隊として出発したのは、総一郎と梓晴、悠然と虹洋、そして直哉とアリサだった。アリサは、いまだに梓晴、智子、直哉の制御下にあったのだが、智子がこの制御メンバーから離れることになったことによって、アリサの制御は梓晴と直哉に託されることになった。

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