表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/34

第3章 魔法使いとして 1 三十歳の童貞は魔法使いに

 春とはいえ、まだ払暁の時分は寒く、その寒さと暗闇、そして足元をすこしばかり照らす月明かりが、直哉たちの脱出行を助けた。彼らは侵入して来た経路を引き返し、崩れかけた階段を住宅街跡へ降り立ち、暗闇の中にまぎれて消えた。彼らは、小樽駅を使うことを避け、小樽から定山渓へ至る山道を徒歩で辿り、札幌へ抜けていったのだった。


 彼らが住みこんでいた学院が無くなってしまった今、彼らはとりあえずそれぞれの家族が待つはずの自宅へ戻ることにした。だが、14年近く立ったこの世界で、彼等の自宅が残っているかどうかは、確かではなかった。直哉も、不安を感じながら自宅のあるはずの葛飾同潤会住宅へ向かった。


「あれ、智子! それに直ちゃん!」

 懐かしい声が直哉と智子に掛けられた。珠子の声だった。二人は反射的に、声の主に向かって顔を向けた。

「あ、お母さん!」

 返事をした智子と直哉は、呼びかけて来た義母の珠子の年老いた姿に驚いた。外では相当年月が流れていたらしかった。それを、珠子の言葉が裏付けていた。

「あなたたちが異術学院からいなくなって14年の間、あなたたちはいままでどこで何をやっていたの?」

「え、14年!?」

 直哉は驚くばかりだった。その代りに、智子が一生懸命に年齢の計算をしていた。彼女は、直哉の父、高橋泰然が生きているかどうかを急いで確認したかったのだ。そんな二人の表情から、珠子は気がついたように泰然の現状を説明した。

「お父様も健在よ。お年をおとりになって、少し不自由になってらっしゃいますけど......さあ、さあ、おうちに入りなさいな……あなたぁ、起きていらっしゃるかしら?」

 珠子が呼びかけると、古い家屋の奥からくぐもった声が聞こえた。少々しわがれているが、確かに直哉の父、高橋泰然の声だった。

「おう! なに? 直哉が戻ったのか? 智子さんも無事なのか?」

 直哉と智子は泰然の声を聴きながら、珠子の案内に従いながら奥の書斎へ入って行った。そこには、すっかり年老いて車いすに収まっている泰然の姿があった。

「父さん、もどりました」

「おう、直哉、14年ぶりだな」

 先ほどまで、血の気のない泰然の顔は、直哉と智子の姿を見た途端に、上気したように血の気が戻った。互いに互いの様子を見ながら、彼らはしばらく無言だった。それを意識的に壊す様に珠子が声をかけてきた。

「今まで、二人とも何をしていたのかしら?」

 直哉と智子は、東亜異術学院で魔術などの異術を学んだこと、東亜異術学院をでてからフィールドワークの任務をこなしたものの、異術学院がすっかりなくなっていたこと、そしてとりあえず自宅に戻ってきたことなどを説明した。

「そうか、異術使い、つまり魔法使いのような者になったのか......そうだったのか...」

 泰然はそういうと、様々なことを考えたのだろう、黙ってしまった。だが、しばらくして彼は天井を見上げながら、ふたたび口を開いた。

「今、直哉は、三十歳になったんだな....まあ、それにしては二人ともずいぶん若く見えるな」

 直哉本人にしてみれば、彼はまだ16歳であり、智子にとって彼女自身は18歳のはずだった。泰然は、そんな二人の反応を不思議そうに見つめながら続けた。

「それで、二人はもう結婚しているのか?」

「え?」

「はあ?」

「二人の間には、何か、絆のようなものが見えるのだがね...」

 泰然は、何かを期待しているかのようなまなざしを直哉に、そして智子に向けた。直哉は、泰然の期待が何なのかを今一歩理解できていなかった。それでも、彼は何かを言わずにはいられなかった。

「そうだなあ…僕が異術学院に入学した時、いろいろ大変だったんだよ......たとえば、いきなり夫婦寮に放り込まれたんだよ。結婚とか夫婦とか知らなかったから...その後も大変だった......でも、智姉が僕を男にして教えてくれたんだ……だから...」

「何? 直哉! 智子さん! お前たち、もうそんな中になっているのか? では、子供はいつなんだ?」

「子供? 『子供がいつ』?とはどういう意味なんだろうか?」

 直哉は、父 泰然の矢継ぎ早、そして突然の問いかけの意味、そして脈絡も分からなかった。智子は黙っていられなくなって、横から口を出した。

「私たち、子供ができるようなことなんてしていません!」

「え? 智姉、僕たちに子供ってできるの?」 

 直哉は智子の指摘でさらに混乱し始めた。泰然は、直哉の戸惑いに驚いて言葉をつづけた。

「直哉、結婚したら、子供ができるだろうが! 私と珠子さんにとっては孫だ!」

「え、結婚したら子どもができるの? 智姉はそこまで僕に教えてくれなかった......」

 この直哉の言葉に、泰然と珠子は驚いた。

「え、直哉、お前、結婚したんじゃないのか......うーん、直哉はどうやら智子さんに色々と迷惑をかけているらしいな」

「ぼ、ぼく、智姉に迷惑なんてかけてないよ。智姉が僕に迫って来るから、ぼくは一生懸命抵抗したんだ。でも、異術学院に在学するには、最低限の男女の身体のことは知らなければならなかったから、我慢して智姉の特別授業の時は逃げなかったよ」

 直哉の説明は、父親の泰然にも、義母の珠子にとっても、驚きとともに大きな戸惑いを持った。珠子は、直哉と智子を交互に見ながら、直哉に問いかけた。

「じゃあ、直哉さん、あなた、結婚て何だが知らないのかしら?」

「えへん! ええ! 知りたくもありません。断片的に聞いたことでは、結婚とは唯一ときめた女の人の裸を楽しむものだと聞いています。僕は、女の人を情欲をもって見ないように、精神を叩き続けています......だから、少しは平気です......でも、智姉は、ぼくの我慢できる程度をはるかに超えて、裸で迫ってきたんです……あのとき、僕は女の人の身体がどういうものか分かったから、それ以上のことは必要ないと思って、逃げ出したんです」

 この説明は泰然を唖然とさせた。

「直哉、お前、結婚を知らなかったのか。三十歳にもなって、女の人を抱いたこともないのか?」

「えへん! ええ! えらいでしょ?」

 直哉がなおも威張り続けているのを見て、泰然も珠子も唖然とした。智子は、珠子たちに申し訳ないというような表情で、事情を説明した。

「私は、札幌の高校に居た時、直ちゃんが進学した小樽の東亜異術学園というところから呼び出されたんです......その学院長さんから、直ちゃんがあまりに女の人を拒むので、どんな教育を受けたのか、と、問い詰められました......そこで、わたしなりに体を張って直ちゃんに教えようとしたんです……でも、直ちゃんは逃げ出そうとするんです......だから、やっと女の人の身体を教えるだけで終わってしまったんです......しかも、それさえも、彼はいけないことだと言い張って、強い拒否感を示していました....お義父とうさん、直ちゃんはどんな性教育を受けていたんですか?」

 泰然は、しばらく目をつぶって昔を振り返っていた。

「直哉は、母を目の前で殺されたときから、この種の話を拒んできた……大人になれば、自然に解決されると持ったのだが....三十歳になっても、女の人に触れることはおろか、眼にすることさえ徹底して拒んできたのか......そうか、だから不思議なわざを使えるようになったのだな? 三十歳まで童貞であると魔法使いになるというのは、本当だったんだ!」

 泰然は、そう言うとショックを受けたように車いすに深く座って壁の方へ顔を向けてしまった。この時、直哉は、父 泰然が昔のような勢いのある政治家ではなく、孫を欲する一人の老人になり果てていたことに、いまさらながらに気づいた。その後、泰然は一言も語らず、仕方なく直哉と智子は泰然の書斎を出て行った。

____________________


 次の日、呼び鈴が鳴らされた。直哉は、門の外に誰かが来ていると考えて外をうかがうと、そこには馴染みの声が響いていた。それは、刈谷総一郎、釈悠然、趙虹洋、林梓晴 アリサ・パブロワの5人だった。驚いた直哉と智子は、門の外に出た。

「みんな、どうしたんだ?」

「ああ、直哉、智子、元気か? あんたたちの家は残っていたんだなあ」

 総一郎たちは、同潤会住宅の区域に立ち並ぶ屋敷を見渡しながら、感慨深く返事を返した。そして、彼らはそれぞれの自宅や実家、そして家族までが失われていたことを、それぞれに報告したのだった。

「私たちは、天涯孤独になっちゃったけど、直哉、智子、あんた達は実家が無事だったのね」

「そうさ、俺たちは、みんな孤独になっちまったからなあ......行くところが無くて、ここにきてしまった......」

 総一郎たちは、それぞれが頼み顔だった。直哉と智子は、ひとまず、彼らを実家の離れの客間に通すことにした。珠子も、彼らを離れに止まらせることには反対しなかった。こうして、直哉の実家では、総一郎たちもしばらく一緒に過ごすことになった。こうして、高橋家はつかの間の平和で賑やかな日々が訪れた。


 このころ、アメリカ大陸では大陸勢力が帝国設立を宣言していた。彼らは異術者を多く擁した帝国軍を編成し、その支援を受けた南部ロッキー連合軍が合衆国軍を圧倒しつつあった。他方、アジア大陸東では北都を占領した大陸勢力が帝国設立を宣言し、北都から追い出された中国側が自由の復活を掲げて解放軍を再編成しつつも、長江南岸まで圧倒されていた。

 その後、日本でも、小樽や新潟に攻め込んだ上陸部隊があった。迎え撃った自衛隊は、少数ながら異術師たちを結集して上陸部隊を撃退したのだった。

 そんな動きが、平和な高橋家をも襲った。


「だれだ!」

 直哉は、自宅の二階に耳慣れない音が響くのを逃さなかった。彼は木刀シェイベッドを左手に持つと、タタッと二階踊場へ駆けあがった。そこには、ちょうど階段室に侵入していた謎の集団がおり、彼はすぐに彼らに次々にとびかかった。彼の突き、そして正面からの両断、それらによってあっという間に6人の集団は階段下へと転がり落ちていた。

 この物音に、階下の総一郎や悠然達が駆けつけた。また、二階の各部屋に眠っていたアリサや梓晴たちも、廊下に顔を出していた。直哉は倒れこんでいる侵入者6人を縛り上げて悠然達にまかせると、全員が無事であるかどうかを確認するため、二階に駆け上がった。まだ、智子が顔を見せていなかったからだった。


「母さん、母さん!」

 智子の部屋から、誰かを揺り起こす時のような声が聞こえてきた。その声はやがて悲鳴のように大きくなった。

「母さん、お願い、眼を開けて! 誰か、誰か、早く来て!」

 絶叫になった智子の声に、直哉はその部屋の中に飛び込んだ。そこには背中に傷をおった珠子を抱えて泣き叫んでいる智子が座り込んで、半狂乱になっていた。

「智姉、どうしたんだ!? 継母かあさん! どうしたんだ? 継母かあさん!」

「珠子? 珠子! なにがあった? どうしたんだ?」

 部屋には直哉のほか、泰然も駆けつけていた。珠子はすでに虫の息だった。その息の下で、珠子は目の前に集まった家族たちに、何かを語ろうとしていた。

「智子、あ、なた、無事、だったのね? 貴方、泰然さん、私、もうダメ みたい......智子を、お願い、します……直ちゃん、来てくれ、たのね…いいお母さんに、なれなくて、ごめんなさい。 ああ、なんてきれいな星空......あなた、何処なの? 顔が見えない…」

「珠子、ここだよ、珠子!、珠子!」

 あっという間に、珠子は召されてしまった。泰然も智子も直哉も、しばらく立ち上がることができなかった。しばらくすると、直哉ははっと気がついたように立ち上がった。

「侵入者を締め上げてやる!」


 階下には、6人の侵入者たちが縛り上げられていた。彼らは、フード付きの外套を纏っていたが、そこから垣間見ることのできたのは、いずれも銀の髪に薄青い灰色の目、口からの鋭い歯だった。確かに人間だった。しかし、これほど乾燥した顔の頬と、乾燥によって生じたのであろう六角形のひび割れのある肌の人間は、見たことがなかった。

「お前たち、何処からきた?」

 直哉のそんな質問に、彼らが答えるはずもなかった。彼らは、その代わりに、怒りにたぎった目を直哉の鋭い視線にぶつけていた。

「お前、俺たちにそんな口を利けるのか? たかが単なる人間ではないか」

「ぼ、ぼくは魔法使いになったばかりの人間だ」

「ほお、魔法使い? 異術師の一人か? だが、お前と泣き叫んでいる女には、異術師の纏う魔力が見当たらないが……」

 侵入者の一人がそう言うと、総一郎が問いかけた。

「あんたたち、異術師の魔力が見えるのか?」

「さあてね、答える気も、これ以上相手をするつもりもないね」

 彼らはそう言ったとたん、6人全員が戒めを解き、ふたたび直哉に襲い掛かった。総一郎や悠然、そして二階からは智子たちが加勢すると、6人は次々に叩き伏せられた。驚いたことに、その直後彼らは死んでいた。


 乱闘が治まり、直哉は再び父と継母のもとに戻った。直哉がそこで見た父の姿は、いとおしそうに愛する妻珠子を抱えながら、泣き崩れている哀れな老人だった。

 

 この事件の後、直哉たちの周囲に、謎の二つの集団がはびこるようになった。いや、どうやら直哉や総一郎たちが異術学院跡を脱出した直後から、直哉たちは謎の二つの工作員集団につけられていたらしかった。その二つの集団は、おそらくは一方が大陸勢力であるに違いなかった。だが、他方は謎の集団だった。そして、同潤会の高橋家を襲った集団は、大陸勢力の工作員と同じ姿だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ