第2章 術師への道 13 上位人類 魔族
「さあ、逃げよう」
直哉は地に臥せっている子供たちに声をかけた。だが、憔悴しきった子供たちは、誰一人起き上がることができなかった。
「少し、休ませて」
「僕、動けなくて......」
臥せったまま、子供たちはめいめいにそう訴えた。直哉は彼らの状態を見て、しばらく時間を要することを悟った。
「いや、そのままでいいよ…疲れているんだったら、そのままで休んでいなさい...僕が見守るから」
そう言われた子供たちは、皆眠ってしまった。直哉は子供たちの横顔を見ながら、彼らを守り切る覚悟と決意を強めた。
智子は、彼らの空腹を満たすために宮殿中を走り回った。しかし、宮殿であり管理棟であるはずのこの建物の中に、子供たちに食べさせられるものは見当たらなかった。仕方なく、直哉は金縛りになっている一人のサキュバスを弛緩させた。
「食料はどこにある?」
「食べるものか? そこにいるだろうが…」
彼女はそう言って、眠っている子供たちを指さした。直哉はその意味するところを聞いて驚愕した。
「子供達は...お前たちの食べ物だったのか?」
「下等人間はみな我々のエネルギー源だ…彼らの生命エネルギーは、お前たちや我々の魔力のもとだ」
「魔力?」
直哉がそう聞き返すと、サキュバスは直哉を指さした。
「お前たちも発揮しているじゃないか」
「異術のことか?」
直哉はこう言ってから、顔をこわばらせた。それを見たサキュバスは楽しむように、指摘した。
「お前たちの異術も、魔力を基にしているんだぞ」
「僕の術も魔力によるものだと?」
直哉はサキュバスを睨みつけた。この時、智子がとこからか食べ物を集めてきた。それを合図に、直哉はサキュバスを再び氷漬けにした。そして、智子に向かっていった。
「魔力ってなんだ? 異術は結局、魔力を利用したものなのか?」
「そう言われたの? 誰に?」
「サキュバスに、そう説明された......」
「そう......異術の正体………何か秘密がありそうね………ここでわかることがありそうだから、調べたほうがいいわね」
智子はそう言いながら、子供たちに食料を配っていた。食事を得て、子供たちはようやく元気を取り戻した。それを確かめて、智子と直哉は子供たちを宮殿の外へ、そしてこの空間の出口へと急いだ。
浜辺では、総一郎たちによってサキュバス、インキュバス、兵士たちが、全て倒されていた。浜辺で臥せっていた男女たちも、総一郎たちによって食糧を与えられ、同じように外への出口へと逃げ出していた。
この時になって、女王 呪張が体勢を立て直し、再び襲い来た。彼らは魔力の塊を打ち始め、浜辺にいた総一郎たちもすぐに応戦した。しかし、女王側は圧倒的な魔術を展開したために、総一郎たちは逃げ惑うのがやっとだった。
この時になって、人間たちを逃がし切った直哉たちが戻ってきた。すでに、総一郎たちは追い詰められつつあった。
「女王 呪張!」
戻ってきた直哉はそう叫ぶと、女王めがけて突進した。それに気づいた女王は極めて重い魔法弾を直哉めがけて打ち込んだ。その後、双方はすざまじい打撃をぶつけ合い始めた。危なかった総一郎たちも、女王側の兵隊との間でふたたび激しく撃ちあいはじめた。次第に宮殿は破壊され、静かな浜辺はすっかり干上がり、森林と草原の空間も燃え上がった。
「女王、お前はもう終わりだ!」
直哉はそう言うと、女王の魔法弾を上回る巨大な電撃を発した。電撃の束、巨大な雷の槌ともいえる打撃雷は、多少とも彼女の衣服を何度も貫いた。彼女自身は平然とそれらを受け止めると、闘争心をむき出しにして、さらに激しく魔術を撃ち続けた。これに直哉が押されたように見えた時、直哉は敵陣のすべてをめがけて光瀑を振り下ろした。
女王側は一瞬にして蒸発した。だが、女王だけは黒焦げになりながらも、しっかりと立っていた。彼女は非常な怒りを表わした。
「こうなれば、お前たち全員私の道連れにしてやる」
女王はそういうと、地下空間の天井を崩壊させ始めた。これには、直哉も総一郎達も、顔を真っ青にした。
「まずい」
「生き埋めになるぞ!」
逃げ惑う直哉たちの様子を見て、女王 呪張は嘲笑し、勝利の喜びを表現した。
「ほほう、下等人類どもよ、滅びよ!」
だが、その声に直哉が振り返ると、今度は強い金縛りの力が働き、直哉を除く敵味方全て、そして落盤しようとした天井や柱さえも、全てが動きを停止した。
「女王 邪張、あんたはここで終わりだ」
直哉はそう言うと、金縛りになった智子や総一郎たちを、出口まで運び上げた。
出口にくれば、一安心だった。ここで直哉は彼らの凍結をほどいたのだが、この時、智子にある指摘を受けた。
「直ちゃん、直ちゃんが動けないわたしを運び出した時に抱えたところなんだけど....もう少し気を配ってくれないかしら......あなたの術で金縛りになっても、感覚神経はそのままなのよ......あのぅ、ずっと触られていると、我慢できないのよ! それなのに、私が動けないことをいいことに、無意識でいじっていたでしょ!」
智子が低い声で直哉に苦情を言い始めた。アリサも梓晴も、虹洋も、一様に直哉に向けて困惑と少々の怒りのこもった視線を向けていた。
「そうよ、わざわざ私たちの大切な所に手を当てていたわよね」
「え?」
直哉は、彼女たちのほとんど何も身に着けていない姿で怒りを向けられたためか、彼女たちを直視出来なかった。特に、智子の責めの言葉で、直哉はすっかり元の愚かな状態に戻ってしまった。
「僕、そんなことはしていないぞ。....だって、うつ伏せの方が運びやすいから、胸と脚の付け根を持っただけだよ…それに、両手で抱えた時に落ちないように指を広げるじゃないか! いろいろと指を動かさないと落ちちゃうし......そんなとき、どうやればいいのさ」
直哉は愚鈍な表情をしたまま、両手の指を動かした。それがまた、女生徒たちを怒らせてしまった。
「もう、さわらないで」
「近づかないで」
「見ないで!」
「そうそう、それよりも、大切なことがあるわ」
智子は仲間たちに指摘した。
「女王の手先が直哉に、異術が魔力を利用したものだと言ったらしいのよ。魔力が何なのか、異術が魔力を利用しているとはどういうことなのか、異術学院が異術を教え始める前、誰が異術に気づいて異術学院をはじめたのか...いろいろな謎が出て来るわね…おそらく、ここは彼らの一大拠点に違いないわ。だから、地下空間が崩壊する前に、彼らについての情報をできるだけ集めましょう....彼らの正体、何処から来たのか、何を狙っていたのか、など、なんでもいいわ」
「そうだな」
総一郎も、悠然も、ほかの少女たちもそう言って、もときた空間へ戻っていった。智子は彼らを見送ると、今度は直哉にくぎを刺した。
「この出口でおとなしくしていてね、何かがあっても、金縛りのままで私たちを運び出さないで! もうこれ以上、動けない状態でずっと触られるのは、いやなの!」
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彼らが地下迷宮の宮殿を探し回ると、様々な命令書、戦略書などが発見された。それらを解読して分かったことは、彼等にとってショックなことだった。
異術、すなわち、魔力によって人間が様々な能力を発揮できるようになったのは、直哉たちが生まれてからだった。彼らは、日本をはじめとした世界各地でここにあったような地下迷宮を設け、そこで原住人類を捉え、生命エネルギーを収集して魔力に変換し、地脈を通じて大陸勢力の支配するどこかへと運んでいた。それは、上位人類、魔族がこの世界に転生出現してからのことだった。小樽の異術学院をはじめとして、世界各地で異術が可能になったことは、つまり、この世界に悪魔族、つまり魔族たちが転生して来た時から始まったことだった。
これらの事実とそれらを説明する一次資料は、なぜ、この世界で急激に異術が発展したのか、という謎の答えでもあった。それらは、異術の根本にかかわることでもあった。智子たちは、急いでこれらの資料を異術学院へと持ち帰る必要があった。
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飯倉の西側一帯の地下迷宮を破壊して脱出した7人は、ふたたびアリサの案内で、北海道の小樽へ帰路についた。途中、地下の地脈は途切れていた。地上に出ると、そこはちょうど福島の山の中だった。
彼らは、ほんの少し地下にいただけという感覚だったのだが、外の世界ではすでに日本をはじめとした各国の軍隊が大戦のさなかにあった。彼ら人類は最初、相互に戦っていたらしいのだが、ほとんどの軍隊が壊滅状態になると、今度は大陸勢力が膨張し始め、世界各地で各国を相手に戦闘を展開していた。
日本国内では、大陸勢力に対する戦争のために鉄道や道路は軍事優先になっており、七人の移動はなかなか難しかった。また、東京以外の各都市では、防御に失敗して壊滅状態になったところがいくつかあった。それらの都市攻撃は、七人が地下迷宮を破壊した直後に為されたらしかった。どうやら、地下迷宮が壊滅して地脈が絶えたことをもって、大陸勢力は対日攻撃を激化させ、いくつかの都市を破壊したのだった。北海道でも、小樽などが絶えず大陸勢力の攻撃を受けるようになっており、それもまた、彼らが学院に帰還することを難しくしていた。
七人は苦労してようやく小樽に行き着いた。
小樽築港はすでに海上艦隊打撃群の軍港となっており、築港駅もまた軍事物資搬送の一大拠点になっていた。小樽駅もまた、多くの貨物列車がひっきりなしに行き交い、街中はすっかり倉庫街に変わっていた。
七人は、小樽駅を降りたつと、彼らの記憶を頼りに駅を背にして右へと降り立ち、ガードをくぐってから学院へ至るはずの道を登ろうとした。だが、以前には登校のために学院の学び舎へ通ったはずの道は、やぶで覆われていた。他の学院のある丘へ登る道もまた、ことごとくふさがれていた。彼らは困惑しながらも、さらにいくつかの道を探った。全ての道は塞がれており、それらの説明板からわかったことだが、どうやら丘の頂上にはレーダー施設のような敵探知施設が設けられているために、全領域が立ち入り禁止になっていた。
「これは困ったな…学校や宿舎に入れないぞ」
「夜になったら、監視の薄い門を乗り越えようか?」
「それは、捕まえてください、と言っているようなものだよ」
総一郎や悠然、虹洋たちが答えの出ない問答を続けていた。それを見かねたのか、横から梓晴が、遠慮がちに悠然の服の裾を引っ張った。
「それなら、私が裏から入った時の道が残っているかもしれないわ」
「ああ、そうだった」
直哉は、梓晴の顔を見て、何かを思い出したように同意した。
「あれは、梓晴を追いかけて道を間違えちゃって、迷ったら二人でラブホテルに入り込んじゃって、一晩大変で…」
「え?」
真っ先に反応したのは、智子だった。
「ど、どういうこと? 梓晴と? 二人でラブホテル?」
「直哉? 梓晴! お前達......」
悠然も、直哉と梓晴を疑念の目で見つめていた。それに気づいた梓晴は、急いで弁明した。
「直哉が、学院の秘密の宿舎だって、私も引き入れたのよ…私、何もわからなかったまま、彼の言うままに入ったら、(異術学院のエージェントたちが入り込んできたから)逃げられなくなって…」
「逃げられなくなったぁ?」
悠然と智子は梓晴の説明を聞いて同時に悲鳴のような声を上げた。
「直哉が、そんなことを?」
「おかしいじゃない、女の子が苦手のはずなのに、そんなことをしたの?」
智子の口調は、既に尋問口調になっていた。同じように直哉を問い詰めていたはずの悠然も、智子の剣幕に驚き、問い詰めを止めてしまった。直哉は、そんな智子の剣幕に気おされて懸命に言い訳をし始めた。
「ぼ、ぼくは、ただ、単に学院の施設を探していただけなんだ! 入り込んだら、学院のエージェントたちが入り込んできたから、僕たちは逃げられなくなって、それから学院長に見つかって、大変な経験をしたんだよ」
学院長という言葉を聞いて、智子は急にトーンダウンをした。たしかに彼らは学院の施設に入り込んで一泊を過ごしたらしいが、それらの一連の事態が学院長に会うに至るためのことであったと、わかったためだった。
とにも、かくにも夜になってから七人は動いた。まずは、梓晴が裏から入ったという道を案内することになった。
彼女は遠い記憶をたどるようにして、小樽駅を背にして左へ折れる道を進んだ。住宅街だった無人の廃墟に入り込むと、その突き当たりには、すっかり苔むした古いコンクリート壁が現れた。その壁面にはかろうじて階段がのこっていた。
直哉たちは、使われなくなって久しい滑りやすい階段を登り、暗闇の中に鬱蒼と沈み込んだ林の中へと入って行った。そこからは、たしかに道らしい痕跡があった。おそらく今では誰にも知られていない道であり、梓晴と直哉だけが通ったことのあるけもの道のようなところだった。
ジグザグの階段を登り切ると、丘の頂上に出た。そこから、かつての学院だった建物を見つけると、彼らはなんとか学院の建物に行き着くことができた。
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学院の校舎は、わずかな月明かりに照らされていた。既に一部が破壊され崩れ去った校舎は、荒れるままに暗闇の中に沈んでいた。そして、学院長や教師たちがどこへ行ったのかは、わからなかった。
「破壊された壁の鉄筋がずいぶんさび付いているわ」
「破壊された壁や天井、床には、苔が生えているし......」
「破壊されてから、数年が経っているね」
「私たち、そんなに長く、あの地下迷宮に居たのかしら」
「此処に来るまで、途中で何度も見たカレンダーでは、もう14年は経っているらしいね」
「此処に来るまで、信じられなかったわ」
「そうね、学院は破壊されてから、すっかり時が経ってしまったのね」
「まずは、学院のコア、学院長と教諭たちだ......彼らがどこへ行ったのか、それをまずは調べよう」
総一郎はそう言うと、校舎の崩れた壁を見ながら、中へ入り込める箇所を探し始めた。そして、崩れ去った壁の間から校舎の中に入ると、そこかしこに至近距離で大砲を撃ちあったような大きな穴が壁や天井、床にあいていた。学院長室に入り込むと、そこは特に激しく攻防の跡が残されていた。ただ、何処にも死体や誰かが血だらけになった痕跡は無く、どうやら学院側は死者を出さずに校舎を脱出したことが推察された。
彼らは、学び舎から職員や生徒たちの寮へと向かった。そこもまた、校舎と同様に破壊され尽くされていた。七人は、苦労して自分たちがかつて使っていた部屋を探した。もちろん、その後は後輩たちが使っていたであろうから、直哉たちが暮らした痕跡が残っているはずもなかった。
そのまま夫婦職員寮に行くと、誰かが住んでいる様子がうかがえた。というより、夜の闇の中で喘ぐような声のような女の高い声が響いていた。
「この声は....夜だからか」
「いやらしい」
虹洋と悠然は、苦笑しながら笑っていた。その隣にいた総一郎と梓晴もまた、当惑していた。
「お盛んなのね」
「あんな声が出るのか?」
智子やアリサも一様にそんな反応を示した。だが、直哉だけは異なった。
「いや、違う、この声はまるで悲鳴だ」
確かに、何かに苦しめられている声にも聞こえた。直哉はさっさと声を頼りにその部屋を探し当て、押し入ってしまった。智子は慌てて止めようとしたのだが、直哉が押し入った部屋の様子を見て、顔色が変わった。
「こ、これは!」
見れば、ミイラ化した一人の死体が口を開け、そこを通る空気の流れが、まるで女の悲鳴のように部屋中に響きわたっていたのだった。そして、彼女の手には、学院の施設配置図が握られ、その図には7人が入ってきた裏道を太く強調するように印がつけられていた。
「学院のみんなは、やはり脱出できたらしいね。ただ、この女性は犠牲者になってしまったわけだ」
「そうらしいね」
「ということは、我々が辿ってきた道を、脱出経路としていたことになるね」
「では、皆はどこへ行ったのだろうね」
彼らは、夫婦寮の奥の職員寮へと入って行った。そこには、かつて悠然も寝泊まりしていた釈一家の宿舎もあった。悠然は、待ちきれないように、かつての彼ら一家の宿舎へ飛び込んだ。そして、すぐに悠然の大声が聞こえた。それは悠然の苦悶の声だった。彼が見つけたのは、彼と父の宿舎に残された父紫陽の残した日記だった。
「三月も終わりに近くなった。悠然達の学生チームは帰ってこなかった。最精鋭のチームだったはずだが、課した課題が重すぎたか?」
......
「新年度になる。悠然たちを学院のエージェント達が探してくれている」
......
「一年たった。しかし、誰も戻ってこなかった」
......
「もう、彼らは戻って来ないのか?」
......
「エージェントたちも、手がかりがないと言っている」
......
「あれから何年経った?」
.......
「私も、もうすぐ定年だ…諦めよう」
......
「戻ってこないほうがいいかもしれない………戦いが迫っている…もうこの場所は危ない…我々が生き残れるかどうか」
......
その日記には、何回も押し寄せて来た魔族来襲の様子、本格的になった異術師と魔族との戦いの様子、そして異術師側の敗北寸前の様子が、詳しく書かれていた。そして、まるで悠然がこの日記帳を読むことを予測していたかのような、最期の言葉が書き込まれていた。
「息子よ、あなたがこれを読んだ時、我々がどのように対処し、どのように戦い、最期はどのように立ち居ふるまったかを、ここに残しておく。息子よ、あんたたちがフィールドワークに出て、皆は帰ってきた。その後、あんたたちは行方不明。数年経って同級生たちは卒了していった。そしてさらに数年が経った。戦争の影が此処にも来た。襲い来たのは奴らだ。おそらくは、ここは廃墟になり使われなくなるだろう。彼らはこの建物とは別のところに、前進基地を設けているらしい」
そして、校長室にいきつくと、そこには学院長が人質となって、一時的に学院が大陸勢力の前進基地となつたこと、そして、異術師たちが反撃と犠牲の上に、彼らが学院から撤退したことが記載されたメモがあった。
その最後には、学院長の言葉が残っていた。
「奴らが来た…我々は去る…当てはない…しかし、いつか必ず……」




