第2章 術師への道 9 恐怖の訓練 直哉のシェイベッドによる光瀑術
「いいか、全生徒諸君、これからここに閉じ込めてある高橋直哉君を解き放つ......彼の背中には、グラビア集が張り付けてある......さて、男子生徒諸君、君たちは、この高橋直哉君に恨みつらみがあるだろう…そして彼の背中には、君たちが大切にしていたグラビア集が括り付けてある......彼を捕まえて、恨みを晴らすのもよし......そのグラビアを手にして楽しむのもよし......女子生徒諸君、君たちがおもちゃであることに気づいた高橋直哉君がここにいる......彼を捕まえておもちゃにするのもよし、背中のグラビアで彼の反応を楽しむのもいいだろう......彼を捕まえた者たちが、この競争の勝利者だ......さあ、高橋直哉君が逃げ出したぞ.......それ、全員スタートだ!......高橋直哉君とグラビアを捕まえろ」
こうして大会は、雪の中で始まった。
「ぼ、僕は、ただ、同じ男として許せないから、報告したのに! 女の子たちに遊んでもらえると思ったのに……悪いことなんかしていないのに! ああ、とにかく今は逃げればいいのかな?」
当の直哉は、戸惑っていた。それでも、追いかけて来る者達との距離や、彼らの様子を改めて確認するために、ちらりと公報を振り返った。
「え、あれは、まさか!?」
直哉は女子生徒たちの集団に、智子がいることに気づいた。このとき、彼は智子が学院に収容された際に、彼女が彼になぜか怒りの目を向けていたことを思い出した。彼女のその感情は嫉妬ともいうべきものだったのだが、そんな女心など分かるはずもない直哉にとっては、恐怖を感じて本気で逃げ始める動機付けにしかならなかった。
「なぜ、わざわざ智姉までが出ているの? 僕が彼女に何か悪いことをしたから? しかも、大会にまで出てきて、なんで追いかけて来るの?」
直哉は本気で逃げ出しだ。その様子を見た男子生徒たちは、怒号を上げて猛然と追いかけ始めた。
「直哉、お前、チクりやがって! 許さないからな!」
「俺たちを裏切りやがって!」
その後ろから、黄色い声が直哉にかかった。
「直哉くーん、私たちが守ってあげる!」
「直哉くーん、私たちが遊んであげるから、逃げないでね」
直哉に向けた様々な喧噪の中、大会はこうして始まった。
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直哉は、雪道なのに後ろ手に縛られ、その背中にグラビア雑誌を括り付けられたまま、それらをほどく暇もなく逃げ出すのがやっとだった。
「彼の背中に回されている腕の中に、グラビアも括り付けられている」
「彼の両腕を自由にさせてはいけない。自由になっていない間に彼を捕らえろ」
「奴を捕まえたら、チクったことを後悔させてやる」
最初に直哉に近づいて挑みかかったのは、男子たちだった。直哉がすぐ後ろに感じたのは、迫り来る男子生徒たちの気迫と怒りの言葉だった。直哉は一層パニックになって懸命に走った。男子生徒たちは先頭集団だったが、彼等は再び直哉から引き離された。
総一郎は、直哉が冷静に考える余裕もないことに気づいていた。彼は懸命に直哉に追いすがり、後ろから彼に呼びかけた。
「とりあえず、グラビア雑誌を体から引き離して、捨てろ! そうすれば、雪道でも身が軽くなるぞ」
「そ、そうだな」
直哉は総一郎に言われたとおり、グラビア雑誌を捨て去ってさらに速く逃げ去った。
そこに、ようやく先頭集団の男子生徒たちがやってきた。総一郎は、グラビア雑誌が道の両側に散らばっている幻を、走ってきた男子生徒たちに見せた。
「あ、グラビアが落ちているぞ!」
「あっちにもあるぞ!」
「こっちにもあるぞ!」
「もう、これは俺のものだ!」
男子生徒たちは、たちまち道の両側に散らばって座り込んだ。総一郎は、さらにグラビアに載せられている女性たちが、まるで出現したかのような幻を見せた。
「彼女ぉ!」
「お、女の子だ!」
「僕のために出て来てくれたの!?」
「雪の中なのに、水着のまま!?」
「裸だ! 裸だ!」
「手を繋いでくれるの?」
「え、触っていいの?」
男子生徒たちは、幻にすっかり惑わされ、たちまち座り込んで大騒ぎを始めた。総一郎は、彼らの騒ぎを確認すると、足早にそこを走り去った。彼の後を追った男子生徒は、悠然だけだった。
ちょうどそこに、女子生徒たちの一群が差し掛かった。
「あれ、今度は同じクラスの女の子たちだ!」
「お、おれたちのために、出てきてくれぞ!」
既に、総一郎の幻術にすっかり惑い狂わされていた男子生徒たちは、たちまち女子生徒たちに纏わりつこうとした。
「そうか、じゃあ、彼女たちとも手を繋ごう」
「さわっていいの?」
「キャー」
「なんなの?」
最初、女子生徒たちは何が起きているのかわからなかった。しかし、行く手の周辺に広く散らばっていた男子生徒たちが、座り込んだまま訳の分からないことを言いながら騒ぎ、急に立ち上がって迫ってきた姿を見て、幻に浮かされていることを悟った。
「男の子たちは、わけのわからないことを言って、向かってきている!」
「男子たちはみんな変態になっているわよ!」
「キャー!」
「正気になってくれないわ!」
「仕方がないから、縋りついてきたら、その都度みんなで叩きのめすしかないわ」
男子生徒たちはばらばらになって、女子生徒たちに襲い掛かった。だが、男子生徒たちは、女子生徒たちの集団に各個撃破され、ひとりづつ叩きのめされた。
こうして、女子生徒たちが走り抜けた後には、断末魔が雪の上に転がっていた。わかりやすく言うと、幻を見たまま叩きのめされた男子生徒たちが、雪原のあちこちに踏んづけられてぴくぴく動くばかりだった。
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「また大陸の怪物が来る......今度は、四方八方から」
総一郎と並んで直哉を追いかけていた悠然が、総一郎にそう声をかけた。
「なに? 今か?」
「うわあ! もう、近くに来ている!......しかも、数頭じゃない!......怪物の大群だ......それも、強大な生命エネルギーをまといながら、怪物全部が此処に集中してやってくるぞ!」
悠然は、悲鳴に近い声を上げた。それを聞いた直哉は、逃げるのを止めた。
「何が来るって?」
「か、怪物だ、得体のしれない怪物だ」
悠然の返事は、意味をなさなかった。この時、総一郎は遠くを見るまなざしで、ぽつぽつと、中継をするレポーターのような口調で話し始めた。彼は、千里眼を使っていたのだ。
「この学院めがけて襲い来るのは、おそらく魔獣と言っていい怪物……無数のタコのような足、その巨体に纏う煌めく命のエネルギー……奴らは、北海道全域の都市の住民たちの生命をまとったまま、この学院を目指している......おそらくは、ここが彼らの最終目標だ」
「このままでは、我々は全滅だ」
いつの間にか、教師の釈紫陽が学院長とともに、三人の男子生徒の傍らに立っていた。学院長は、教師の紫陽にいくつかの指示を出しつつ、二人の男子を見つめた。
「悠然、そして総一郎、君たちの雷撃は、おそらく彼らの進軍をいくらか遅らせることができる......だから、教師たちや工作員たちと協力して、布陣してほしい」
「はい」
総一郎と悠然はそれにうなずくと、教師たちとともにその場所を走り去った。残った直哉はまだ手を後ろ手に縛られたままだった。学院長はそれをほどきながら、彼に話しかけた。
「やっと、訓練がうまくできると思ったのだが...」
「は、では、僕はこれで失礼します。女子生徒たちが迫ってきますので...」
直哉はそう言って、手に纏わりついている縄をほどき続けていた。
「この程度の訓練で、敵襲を迎え撃つのか........いろいろ手は尽くしたが、間に合わなかったな......やっと君を含めた生徒たちを成長させることができると思ったんだが……今は、すくなくとも、全員を何とか脱出させることを考えなければいけないんだが......どうしたものか」
「僕、もう、さっさと逃げたいんですが、いいですか?」
直哉は、まだ状況を理解していなかった。
この時、女子生徒たちが集団で走りこんできた。
「せ、先生!」
「不気味な化け物が、私たちを追いかけてきているんです」
「せ、先生、あれを見て!」
女子生徒たちが駆けてきた元の方向を見つめると、巨大な複数の魔獣の影が雪模様となった空を覆いつつ、女子生徒たちに迫って来ていた。
「あれです!」
「先ほど、あの影から、タコの腕のようなものが女子生徒たちを襲ってきたんです」
「さっきは撃退したんですが、また、襲ってきています」
女子生徒たちは、既に余裕を失って悲鳴を上げていた。
「キャー」
「助けて!」
女子生徒たちの決定的な悲鳴が辺りに響いた。最後尾にいた女子生徒たちの数人に、空から雪に交じって舞い降りたタコの足数本に捕らえられていた。その中に、集団の殿を務めていた虹洋、梓晴、そして智子がいた。
彼女たちが空中に持ち上げられた時、学院長は、横にいる直哉の顔色が変わっていくのを見た。最初は赤くなり、そして周囲に降りはじめた雪よりも白く、そして青白い顔色となった。仁王立ちのように動かなくなった直哉は、降る雪の中に天から降り立った雪鬼のように見えた。
直哉は傍らの太い木の枝をもぎとると、弾かれたように近くのタコの足に駆け寄った。
「シェイベッド!」
彼はそうういうと、高々と木の枝を構えてそこから一気に振り下ろし、タコの足を叩き潰した。そこから次々にタコの足をつぶしまわると、今度は、空中に放り投げられた女子生徒たちを、次々に受け取っては地上におろした。
このとき、すでに、智子、虹洋、梓晴は、別のタコの足に捕まえられて、連れ去られつつあった。
「直ちゃん、助けて!」
直哉はその声にふりむくと、太い木の枝を地面に向けて振り下ろした。すると、そこから鋭い閃光が発せられた。それは、一気に雷撃の幕に拡大し、さらに次の瞬間には全空間に拡大した。学院の周囲が稲妻で撃たれ、まばゆい光が学院の周囲の広大な全空間を満たした。そして、次の瞬間、近くの巨大な影は雪の上で焦げた臭気を噴き出し、萎んで焦げた塊となった。雷撃はは、最も遠い丘の頂上にいた巨大な姿にさえも達した。こうして、全ての巨大な怪物が電撃を受け、黒焦げのタコの塊のような姿を雪の上に晒して動かなくなった。
直哉は、その一つの黒焦げの塊に近づくと、転がり落ちてくる智子、虹洋、梓晴を受け止めた。彼は、気絶している智子を肩に乗せ、両脇には気を失っている虹洋と梓晴を抱えて、学院長たちの許に戻って口を開いた。その声は、普段の直哉とは違い、太く静かに押しとどめたような響きだった。
「光瀑了!」
「何が起きたんだ?」
学院長は、眩んだ眼の視力が回復するとともに、周囲を見渡した。遠くは海の上、また広大な丘陵地帯、小樽の町に至る林道、近くは学院の周囲では、白い雪原の上で、とびとびに残された黒い焦げた塊が、いまだにくすぶって煙を上げていた。それらは先ほどまで学院に迫り来た巨大な影たちだった。
「あ、あの黒い塊は何だ?」
「焦げた巨大な怪物たちの死体でしょうか?」
「工作員と教師たち、全員で調査してこい」
その後、黒焦げの塊の正体が確認された。たしかに巨大なばけものであり、いくらか異術に用いられる魔力のような残滓も検出されたという。
「いわゆる魔獣だったんだろうな」
「魔獣? ですか?」
「ああ、北海道の人間たちを襲ったのは、この魔獣たちだったんだ。こいつらが壊滅したということは、、おそらく人々は目が覚めているころだろう......ただ、人々は何が起きていたか、何も知るまい……それはちょうどいいことだ、何が起きたかは、わたしたちだけが知っているだけでいい」
直哉は、いまだに三人の女子生徒たちを抱えていた。直哉は先ほどの鬼の様な形相のまま、いまだに周囲の何かを探っているようだった。教師たちは、学院長までがその形相にひきつりながら、直哉に声をかけていた。
「終わったようだよ……」
「おい、大丈夫か? いざとなると、お前も結構動き回れるんだな?」
学院長がそう声をかけた。直哉は脱力して、抱えている女子生徒三人の重さでつぶされるように、雪の上に仰向けになった。しばらくして、直哉は学院長の視線に気がついて、何やら言い訳のようなことを言い始めた。
「僕、追いかけられて逃げたんです……そしたら、襲われたんです......だから、パニックになっちゃって……そしたら、棒の先の空間で大きな音がして......気がついたら、僕はこの三人の女子生徒に抑え込まれていたんです」
直哉は、自分が何かに襲われてパニックになったと記憶していた。しかも、今、雪の上に倒れている彼の上には、三人の女子生徒たちが彼を抑え込む形で倒れこんでいた。
「僕は、捕まっちゃいましたね....…敵わないや……しかも、僕が動けないように三人がかりで抑え込むなんて......智姉が仕組んだんだな…もう、あきらめたよ」
直哉は恨み言をまだ言い続けた。学院長は、彼の姿を憐れんで彼に手を伸ばした。すると直哉は、学院長を睨むようにして、自分の負けを認めた。
「この訓練で、僕は負けました……みごと、女子生徒たちにつかまって、もう逃げられません」
「訓練? 今のも訓練だと? お前たちの目の前で、何が起きたのかわかっているのか?」
「え、え、違うんですか、じゃあ、訓練に負けたから、お仕置きを受けているんですか?」
直哉がそう声を上げた時、その声で目覚めた三人の女子生徒たちが、直哉から降りて騒ぎ始めた。
「直ちゃん、背中のグラビアはどうしたの?」
「グラビアを、またどこかに隠したの?」
「え、何処に? 」
智子、虹洋、梓晴の三人は、こう言って直哉をつるし上げ始めた。この時、直哉は顔を赤くして一生懸命に反論した。
「もうお仕置きはたくさんだよ......ねえ、もう逃げないから、ぼくを放してよ......僕は、あんなグラビア集の女性たちなんか見たくもない。もうたくさんだよ! もともと、僕は一人の女性だけを、見つめて愛するために生まれたんだから!」
学院長たちはすでに立ち去った後だった。直哉のこの訴えは三人の顔色を変えさせた。
「グラビア集の女性たちは見たくないのね? ふーん……それなら、直ちゃん、誰を愛するために生まれたの?」
「直哉、それは誰なの?」
「わたしでしょ!」
「違う、わたしよ!」
三人の娘は姦しかった。その姿に圧倒された直哉は、戸惑いつつも一生懸命に答えた。
「今はわからない、分からなくていいと言われた」
「それって? 誰に?」
「そう、いにしえの預言、男女は親を離れて一体となる、そのために一人の男は一人の女のために生まれたのだ。それゆえ、ここに僕はグラビアを捨てて、ひとりの君のために逃げ続けたのに!」
「え、そう! 誰のために? わたし?」
「いや私よ」
「いや私!」
三人の女性たちの間で直哉は引っ張られた。直哉は思い知った。彼女ら三人につかまったのだ、と。もうこれでは逃げられないのだ、と......
ただし、あきらめたことは、直哉の状態をさらに悪化させただけだった。彼の女性に対する思いと印象の状態は、さらに深化、いや深刻化していた。この戦いによって女性を神聖視していた直哉は、さらに深刻度を進化させて女性恐怖症に到達していた。
この大会の前に、彼を追い詰めて能力を増すことを言い始めたのは、智子だった。彼女の狙いはともかく、これで直哉がシェイベッドの術力を飛躍させたのは確かだった。
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人間の生命エネルギーを大量にまとった魔獣たちが、大挙して学院に押し寄せたことから見て、北海道各地の市町村ではすべての人間たちが襲われたに違いなかった。そこで、学院は北海道の各都市、核施設へ調査工作員や、教師、また三年生たちを展開することとなった。
その調査の結果、魔獣たちのたどった道筋が、ちょうど魔力が強く感じられる筋、言わば地脈であることが分かった。また、それらの地脈は大陸から伝わっているものだった。驚いたことに、その地脈のうえでは、学院の彼らもまた術力を発揮できることも発見された。逆に言えば、学院の工作員も教師も学生も、地脈を離れては術力を発揮できない此処ともわかってきた。これらの事実から、学院の設立されている場所自体が、地脈の上であることが推定された。だが、学院で術力を発揮できる基の地脈は、戦国から江戸時代初期にかけての落人たちによって、日本各地に確立されていたもののひとつであり、大陸から続いている地脈とは独立していることも、次第にわかってきた。ただ、危機巨大な怪物たちを一瞬で黒焦げにしたまばゆい光の原因は、彼らにとって謎のままだった。
学院は、教師たち、そして生徒たちに、北海道各地の地脈の実態と、魔力、術力との関係を調査するために、フィールドワークを行わせることとした。




