第2章 術師への道 7 特訓、あれもこれも
「え? これもやるんですか?」
「そうだ、特訓だ」
「でも、めったやたらにやっても、できない奴だっていますよ」
「そんなことはあとで考える......今はやってみるんだ」
「あれもこれもめったやたらに、というように見えるんですけど」
「そうだ、あれもこれも特訓するんだ」
「そんなあ」
「あ、僕、平気です......何でもやります」
そういったのは直哉だけだった。
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呪縛司の来襲は、学院に深手を残した。重傷を負った教師や生徒たち、そして、火傷を負った直哉というように、教師陣や生徒たちに打撃を与えた。直哉はいまだに傷が完全に癒えておらず、授業は車いすで受けていた。それでも、彼は雷撃で火傷をして気を失ってしまい、呪縛司達を撃退させられなかったことを悔いていた。それもあって、彼は表情に現われるほどの強い決意をにじませながら、実技授業に臨んでいた。
「不甲斐ない! 雷撃で気を失って火傷とは.......ここで、様々な強化プログラムが為されるなら、なんでも受ける」
この言葉を聞いた梓晴は拳法の達人だったのだが、呪縛司4人が放った強烈な電撃を前にして、自分が得意としてきた拳法では対抗することはおろか、生き残ることさえできない恐ろしさを感じていた。彼女は、実技授業の際、夫婦寮に一緒に閉じ込められた直哉が、電撃に撃たれて酷いやけどをしたにもかかわらず、ふたたび強い戦意をあらわにしていることにも、驚いていた。
深手を負ったのは教師陣や生徒たちばかりではなかった。学院の在り方と教育方針にも深く影響を、いや爪痕を残した。
来週から数日の間、学院は休校だった。雷撃などの攻撃によって、いくつかの施設は壊滅し、学び舎自体も損傷が激しかった。
学院の教育プログラムも大きく変更された。敵の来襲の可能性が現実になったことで、呪縛司を含む外敵に対抗するために、異術活用を含めた実践想定型の攻撃防御術教練を大幅に取り入れることとなった。
まず、始められたのは、広範な攻撃防御術である身体的攻撃防御術だった。これは、一年生ばかりでなく二、三年生も対象に始められた。これらには、槍剣術能、身体強化術が含まれ、その一部はすでに直哉や虹洋が体得していた。
「この異術は、全員が何らかの形で習得できるはずだ。そうだな、基礎的な技術を習得した後の自主的鍛錬も考慮して、ペアを組んでもらう。そうだな、早速模範演技を兼ねて高橋と林は組になってもらい、ここで模範演技を見せてもらおう」
直哉と虹洋はそれぞれ木刀と棒とを持ち、互いに向かい合った。
「模範演技だ、二人とも、自分の技量をもって戦ってみろ......はじめ!」
直哉は上段に構えると、虹洋は棒術を活用した構えをとった。
「えーい、えーい、えーい」
直哉は虹洋めがけて木刀を上段から振り下ろし振り上げる動作を繰り返しながら、前進していった。防御を一切考えない一撃必達に徹した攻撃術だった。しかも、彼は幼い時から広大な畑や荒れ地を耕すことを繰り返していた。その上下動作は、身体増強術をせずとも威力は周囲につむじ風を起こすほどだった。その攻撃を、虹洋は棒で受けたものの弾き飛ばされた。その後虹洋は防戦に回り、棒で直哉の打ち込みをひたすらかわすことしかできなかった。
「待って、あんた、身体増強術を使ってないわよね......」
「ああ、ぼくはただ車いすに座って打ち込んでいるだけだ......これが僕の剣を鍬にかえる努力なんでね......虹洋は、まともには受けられなくなったのか?」
「そ、そうね。それなら私は身体強化術を活用するわね」
次の瞬間、虹洋はすさまじい速度で棒を突き出した。ところが、直哉はそれに構わず虹洋に向けて木刀を打ち込んだ。それを虹洋は棒で受けて救い上げるようにして、直哉を跳ね返した。
「そこまで! さすがは二年生のはずの虹洋だ......その調子で相手をしてくれたせいだな、相手の一年生が凄まじく上達しているぞ」
教師はそこでやめるように声をかけた。
「それでは、ペアとなった者達は、武器を選びなさい。その後は暫く互いに模擬の戦闘をしてみなさい」
こうして、全員がペアとなって練習を開始し、直哉と虹洋もそのまま練習試合をつづけた。車いすに座ったままの直哉は、相変わらず防御を一切考慮せずにただ上下に打ち込みをした。虹洋はそれを受け止めて攻撃の隙を狙った。だが、車いすに座っているだけのはずの直哉は、急激に打撃の威力を増し始めていた。虹洋は直哉の打撃をひたすらかわすだけではなく、しだいに圧倒され始め、防戦一方に追い込まれつつあった。
「貴方、本当に身体増強術を使ってないわよね......」
「ああ、ぼくには剣を鍬のように動かすことしか知らないんだ......ねえ、虹洋、あんた、身体増強術は使っているんだろ?」
「そうよ、すでに限界いっぱい使っているよ」
「僕は、身体増強術が使えないらしいから、ひたすら上下に振る鍛錬をするしかないんだ......」
こう言いつつ直哉はひたすら上下気に打ち込むことを繰り返した。しまいには、虹洋が根を上げた。
「もう、私は貴方の木剣をまともに受けられないみたいだわ......ここからは、私が見えていてあげるから、上下の振り上げ振り下ろしの精確さを磨いてみなさいよ......つまり、精確なリズムで正確な打点に打ち込み続けるのよ」
こうして、直哉は虹洋の見ている前で正確なリズムで打ち込みを繰り返した。こうして、教練時間の終わりが見えた頃になった。
「集中! 集中!」
直哉はこう言いながら、精確なリズムで正確な打点に打ち込み続けた。虹洋はその打ち込みを眺め続けていた。
「集中! 集中! 集中!」
この言葉が次第に虹洋の頭の中に響き渡った。
このころになると、生徒全員の出来栄えがよくなった。それを確認した教師は、身体増強術を強くするための秘訣を皆に大声で伝えた。
「徐々に心が解放される。そうしたら、身も心もさらけ出せ、解放するんだ。それが身体増強術に限らない、異術の神髄に至る道だ」
これを聞いた生徒たち全員が、飛躍的に身体増強を強化させた。校庭中で組撃つペアの戦う速度が増していた。
他方、直哉によって精確なリズムで繰り返される木刀の単純な上下動を目にしていた虹洋が虚ろな表情になった。その途端、彼女はすくっとたち、直哉に向かって真っすぐに立つと、上着を急に脱ぎ捨て、校舎に向けて走り出した。直哉は慌てて車いすを駆って虹洋を追いかけた。それは、彼女が走りながらスポーツウェアを脱ぎ捨てながら走っていったからだった。
「ちょっとぉ、待ってえ! 止まれえ! 虹洋!」
「私は自由、私は強くなっていくぞ」
虹洋はそう独り言を言いながら、校舎の中へと走りこんでいき、その後を車いすの直哉が衣服を抱えながら追っていった。彼女はそのまま誰も使っていない教室に入りこんだ。そして、教室に入り込むころには彼女はほとんど何も身に着けておらず、直哉が捨てられたすべてを拾い上げながら追いかけてきたのだった。
「あら、ここまできたの? 貴方も解放されたのね?」
「虹洋、まだ教練は続いている...解放されていないよ」
直哉は彼女を見ないようにしていると、彼の背中に虹洋がかじりついた。
「それなら、私が解放してあげる」
「あ、まって、やめてくれ!」
「逃がさない!」
こう言って虹洋は、車いすから直哉を引きずり下ろすと、彼の上に跨って彼の身の回りをむしり取り、ボディプレスを始めていた。
「ほら、これが、梓晴があんたに教える予定だったボディプレスよ!」
「く、く、苦しい、痛い、もう勘弁してくれ」
直哉がバンバンと床を叩いたとき、直哉の背中に跨ったままの状態で、虹洋は目を覚ました。
「な、なにこれえ? どういうこと? もういやあ!」
悲鳴が上がると、先ほどのボディプレスの比ではない強度で、直哉は虹洋に叩かれ続けた。直哉の悲鳴を聞きつけて、教師たちが来た時、彼らが見たのは、何も身に着けていない虹洋が、気絶した直哉の背中に跨ったままで泣き叫んでいたすがただった。
「なんでこんなことになったの? 貴方、直哉! 貴方のせいよ!」
虹洋はそう泣き叫び、直哉をたたき続けていた。
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全員の身体増強術が一応のレベルになったころ、次に重視されたのは、相手を察知することだった。今回の襲撃で、襲撃を探知できたのは悠然だけだった。一年生ばかりでなく、二、三年生を含む全員も探知能力を上げる必要があった。ここで彼らが始めたのは千里眼術と先見術だった。ただ、直哉はいまだに車いすで教練を受けていた。
「あ、あの、直哉君」
梓晴は、車いすの直哉を見下ろしながら呼びかけた。直哉は思いがけなく梓晴から呼びかけられたことに、少しばかり驚いていた。
「梓晴さん? どうしたの?」
「私、拳法は得意なんだけど、あの呪縛司達が離れたところから強烈な電撃を発していたのに驚いちゃって……」
「あ、あれは強烈だった......弾かれるように突き飛ばされて、火傷したんだ....その後は気を失ってしまったからねえ...」
「だから、この実技授業が加わったのね.......みんな、一生懸命ね」
こう話し合っていると、仙術使いの教諭である教師の紫陽が二人に声をかけてきた。
「千里眼、先見術の実技は、二人ペアで実施するんだ。そこの二人は、もう意気投合しているみたいだから、二人でペアになりなさい」
「え?」
「あ、はい」
そう言われた直哉だったが、もともと梓晴とは夫婦寮に強制入寮させられたこともあって、二人とも合意した。
「全員、相手と向かい合わせになって! これから千里眼、先見術の術式を説明する」
釈紫陽は説明を始めた。
「以前、お前たちは、呪縛司達が襲い来た時の実戦で、仙術、忍術を見たことはあるはずだ。この千里眼、先見術は、それらの一種になる。早く言えば、この術は、潜在意識で意識した、見たいものについて見えるようになる術だ.......それゆえ、意識せず流れに任せるのだ。そうすれば潜在意識にある「見たい情景」が見えるようになる。例えば、ある場所で起きていること、またここで起きようとする未来の出来事などだ。時空論的に説明するなら、4次元時空の任意の時空を見ることができる術と言ってもいいだろう。すなわち、術力の神経・諸霊能に分類される......その神経・諸霊能をまず説明しておく」
紫陽の説明の傍らでは、戦術や忍術に明るい者達は別にして、多くの生徒たちが教師の説明を聞くほどに自信を無くしていった。
「え? これもやるんですか?」
「そうだ、特訓だ」
「でも、めったやたらにやっても、できない奴だっていますよ」
「そんなことはあとで考える......今はやってみるんだ」
「あれもこれもめったやたらに、というように見えるんですけど」
「そうだ、あれもこれも特訓するんだ」
「そんなあ」
「あ、僕、平気です......何でもやります」
そういったのは直哉だけだった。
教師は、やり方を説明した。
「見たいと思う場所と時を、それだけを考えて、それを潜在意識に移すようにゆっくりとした気持ちで....」
この説明を受けて、皆一斉に意気込んで始めていた。実際に、早々に先見術、千里眼を獲得できていたのは、仙術を使う釈悠然と、忍術使いの刈谷総一郎だけだった。意気込みでだけ千里眼・先見術の訓練を始めた直哉と、彼のペアである梓晴とは、どうしても希望する場所を見ることができていなかった。
「さあ、高橋と林は、どうだ?」
教師の紫陽の言葉に、直哉は目を開けて、否定的な表情を向けた。
「あ、あの、この光景は、僕は見たくないやつです」
「未経験者がよくそう言うんだ。見たいと思っているものは往々にしてみることができない。だから心の流れに任せて、素直に目を開くんだ......無意識に考えた場所の光景が浮かぶはずだ」
「あ、もう、僕はダメだ 見ちゃいけないものが見えます」
「ははあ、それは無意識にいつも考えているものだろう?」
「いいえ、物ではなく、彼女のです、梓晴の隠されているはずの......あ、もう続けられません」
直哉はそう言うと、眼を強くつぶった。すると、教師は警告した。
「見たくなければ、眼を開けばいいんだよ! 目を開けるんだ!」
「みえちゃう、みえちゃう」
直哉はもうパニックになっていて、目をつぶって大騒ぎをつづけた。すると、向かい側で直哉に向かって座っていた梓晴も騒ぎ始めた
「何よ、わたしにも、あんたの素肌が見えるようになってきたわよ。え? 足の間で大きいミミズが動き始めたわ? あ、これなあに? えっ!? もういやあ」
「これは拷問だあ」
紫陽は、二人の術執行を途中でやめさせようとした。
「二人とも、やめなさい。そうか、二人とも以前に夫婦寮に入ってから、互いが特別になっているんだろう......二人にこの術式は危険だ。互いの局部を見てしまうのでは、使いようがないね。さあ、もうやめなさい......止めなさいって!」
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さらに、一団飛躍した教練が始まった。それは電撃術だった。
「さて、これからみんなに習得してもらいたいのは、電撃術だ…これは電磁場能の異術の一種で、電場を単純に設定し、電場の力だけで大量の電子を高速で走らせることで、対象物に衝撃を与える術式だ......」
釈紫陽の講義は、マクスウェル方程式を理解していることが前提の少々難解な説明だった。当然ながら、直哉に理解できるはずもなく、例によって講義が始まると、彼は一人で勝手に校庭の端に隠れるようにして素振りを始めていた。
「電場を強くすればいいんじゃないの? それを電磁場などという捻じれていてよくわからない概念なんか、理解できるわけがない!」
彼は独り言を言っていた。
しばらくすると、紫陽の講義が終わり、生徒たち全員が校庭で実技の練習を始めていた。これは、全員ができるというわけではなく、忍術使いの総一郎、仙術使いの悠然の二人が、優れてこの術を様々に展開できた。ほかのクラスメイト達も、懸命に訓練したが、この二人しか、有効な発動をすることができなかった。
「うーん、やはりそうか、この術式は術力を大量に必要とする術式なのだよ......今は刈谷と釈の二人だけが電撃を発生させることができるんだな」
この指摘に、他の生徒たちはもう電撃の技をあきらめてしまった。こうなると、紫陽の講義を理解して電撃を発することができるのは、どうやら総一郎と悠然の二人に限られると思われた。しかも、彼らの電撃は、身体増強術とは比較にならないほどの激烈な一撃だった。
「刈谷総一郎と釈悠然、お前たちの電撃は、鍛えれば鍛えるほど強くなるぞ」
「教練とは、伊達に教師が教え込んでいるものじゃないな」
「教練を受けると、こ、これだけの威力が出るのか?」
「そうか、俺たちだけがこの術をできるんだな?」
総一郎と悠然は、感慨深く自らのわざを顧みていた。
こうして数日間にわたってこの教練が一通り終わった夜のことだった。学院を襲い来た未知の姿の集団があった。




