第2章 術師への道 2 入学
「看板にある漢字は『愛』『秘密』『巣』ね」
「それぞれの漢字の意味は?」
「愛はLOVEね、秘密はConfidential、巣はhouseといった意味ね」
「そうか、異術学院はたしか大同主義だから愛に溢れたところ、だからここは異術学院の建物だろう……そして秘密のハウスつまり、ここは、学院の秘密の宿舎に違いない」
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直哉は、今日は一人で小樽駅を出た。以前は趙虹洋が小樽駅まで迎えに来てくれた。しかし、今日は入寮手続きのために一人で学院まで行かなければならなかった。
本来であれば、小樽駅に向かって左手から、ガード下をくぐるように進む。それは街から離れていく道だった。その道をたどっていくと、やがて北の大地特有の林や草むらが茂る丘へ、そして異術学院の教育棟や様々な建物が見えてくるはずだった。
小樽駅には、直哉の他に数人のティーンたちがいた。アジア人ばかりではなく、欧州系、アフリカ系やインド人もアラビア人もいた。直哉と同じ文字で書かれた許可証のようなものを手にしていたところから、彼等も学院に入寮するために来ている新入生に違いなかった。
「こんなところで無駄話をしているぐらいなら、さっさと行けばいいのに......それとも、不安感を互いに慰め合い、励まし合っているのか? まあいい、いずれにしても僕は一人で進んでいくんだ」
直哉も自信はなかった。だが、こんなところで迷っている姿をさらしたくはなかった。とりあえず、進んでいけばいい。彼はそう考えてさっさと小樽駅を出た。
「小樽駅を出て左へ、だったな」
直哉はそう教えられたのではなかった。本来ならば、『小樽駅に向かって左へ』と教えられていたはずだった。彼自身が危惧していたとおり、やはり、間違った道へと歩みを始めていた。
幸か不幸か、同じ道を行く女子生徒がいた。彼女も手にしているものは、先ほど駅構内で見た入学許可証のような書類だった。
「あの女の子も、此方を進んでいる......そうか、こちらでいいんだ。先行して駅についていた奴らも、すぐにこちらに来るだろう」
だが、この道を選んだのは、彼女と直哉の二人だけだった。彼ら二人の他は、前の方にも後ろの方にも、誰もいなかった。そして、すっかり日は暮れてしまった。
「それにしても遠いなあ」
道はすっかり住宅街に入り込んでいた。それでも先行する女子生徒は、自信に満ちた足取りで進んでいた。それに対して、直哉は不安そうな足取りで、しかしそれでも彼女と同じように、丘の上へと寂しい住宅街の道を進んでいるのだった。だが、やはり舗装された道は、行き止まりとなった。前方は高くそびえあがったコンクリートの壁、そこに取ってつけたような階段の道が、崖の上の真っ暗な林の中へと続いていた。
「あれえ、ここで行き止まりなのかしら?」
先行する女子生徒が、そう言って戸惑っている様子が見えた。そして、後をついてきた直哉を振り返った。
「あんたも、異術学院の新入生なんでしょ?」
こうして、男女の新入生二人は、道に迷ってしまった。
住宅街のはずなのだが、周囲の住宅には灯りがともっておらず、人の気配が一切なかった。肝心の地図を見ることもできなかった。スマホの電波も届かない。
「ここで間違いないもの、あんたもそう思ってここまで来たんでしょ?」
確かに、直哉もそうだった。間違いではないかと感じていたのなら、途中で引き返したはずだった。おそらく、直哉も女子生徒も思い込みの激しい愚か者だった。
「ここに階段があるもん! ここを行けばいいはず」
女子生徒は再び歩き出した。直哉も、「登る階段があるなら、進むべきだろうな」と言いながら、やはり歩き出していた。ジグザクの階段を登り切ると、確かに丘の頂上に着いた。ここからならば、何かの建物があるはずだった。
「あ、あそこの...4階建ての宿泊施設かなあ」
「うん、窓にいくつもの明かりのついている宿泊施設が見える」
二人は、その建物へと降りて行くことにした。ただ、あまり歩くべき道はなかった。ようやく、その建物へと続く車道にたどり着くと、真っ暗な中を星明りを頼りに、なんとかその宿泊施設にたどり着くことができた。だが、それは、山奥の林の中に人目を避けて建てられたラブホテルだった。
「ねえ、これが寮なのかしら」
「そうだな、なんと書いてあるのかな」
「貴方、日本人なんでしょ、看板が読めるはずよね」
「ああ、僕は高橋直哉...確かに日本人だけど、漢字が苦手で…君も日本語の看板を読めないの?」
「私は、林 梓晴...中国人よ」
「なら、漢字なら読めるだろ」
「そうね、ええと看板にある漢字は『愛』『秘密』『巣』ね」
「それぞれの漢字の意味は? どういう意味だろうか?」
「貴方、それを私に聞くわけ? うーん、愛はLOVEね、秘密はConfidential、巣はhouseといった意味ね……でも、『愛の秘密の巣』の『の』というのはどういう意味かしら?」
「『僕の』とか『あなたの』とか、所有している意味だろうなあ。ここまでわかったなら、僕は英語ならわかるから......そうか、異術学院はたしか大同主義だから愛に溢れたところ、だからここは異術学院が所有している建物だろう……そして秘密のハウスつまり、学院の秘密の宿舎にちがいない」
「それなら、ここに入り込みましょ」
ラブホテルの受付はもうすでに終わったころであり、建物の入り口は締まっていた。だが、二人は難なく使われていない部屋に入り込むことができた。
「これで、一安心ね」
「ああ、まずはここで一晩をやり過ごそう」
「でも、これって、ダブルベッドね」
「ベッドの横に、クレーンのようなものがあるね」
「へんなの」
「とにかく、ベッドはあるんだ......明日まではここで休もう」
「じゃあ、ここからこっちには来ないでよ」
彼らはこうして寝入ってしまった。
確かに、ここは確かに異術学院の関係施設だった。
ラブホテルのこの建物、実際にラブホテルの機能を有し、確かに一般のカップルも来ていた。だが、ここは、ごくまれに別の利用がなされることがあった。それは、異術学院のエージェントたちが、敵対する工作員たちの中から、狙いをつけておびき寄せたカップルたちを捕らえ、尋問することだった。また、異術の一つ、尋問術の研究もしている施設でもあった。
直哉と梓晴の入り込んだ部屋は、この尋問術試験研究施設の一室だった。それゆえ、ベッドの横には彼らの知らない拘束具たちが並んでいた。
真夜中になって、異術学院のエージェントたちが、三人の捕虜を捕らえて尋問室へと連れてきた。直哉と梓晴は、慌ててベッドから降り、目の前にあった物置に隠れた。その直後、この部屋のドアが開いた。
「さあ、入れ!」
こう言われてはいってきたのは、行為の最中に捕らえられたらしい、どこかの組織の工作員たちだった。行為の最中だったのだろう、三人とも服を身に着けていなかった。
「こいつらを縛り上げろ、そうだ、尋問型に縛れ、両腕は後ろ手にして背中で、そう、両腕を後ろで絞れば胸が突き出すようになる….…ロシアの少女たちの胸を縛り上げると、双丘が大きいから随分突き出るんだな.…次は肋骨の下に太いベルトを巻き付けろ....そうそう、臍の辺りだ......そして、両方の膝と足首に枷をつけろ…」
「ボス、出来上がりました」
「じゃあ、クレーンで引き揚げろ、それでいい、後は尋問術師の仕事だ、我々尋問術研究員は、このやり方を提供しているだけだからな、引き上げよう」
こうして、一人の男と二人の女が部屋のベッドの上につるされる形になった。この三人を、用具入れから見た直哉は、彼らが大陸勢力の工作員であることに気づいた。
「あ、あいつらだ......蘭島の海岸で智姉たちが襲われたとき、大陸勢力の小舟に乗っていた奴らだ」
この時、直哉は、部屋に入ってきた連中を見て、また驚いた。一人はあの学院長だった。
「じゃあ、尋問を始めよう……まず、君たち、素直に尋問に答える気はあるか」
学院長は、事務的にそう問いかけた。囚われた者達が、素直に応じるわけがないことは、重々承知の上らしかった。
「......」
「ありがとう、その気はないということでいいね……じゃあ、早速新しい尋問術を試そう」
この言葉の後、ベッドの横にあった拷問具のようなものが引き出され、三人はその上に跨るように強制され......これ以上の表現は必要ないだろう。
ウィーンという肩もみ器の細かく強い振動がきこえ、それに合わせて、三人の男女の悲鳴が上がった。この様子を、隠れていた直哉も梓晴も眼にした。二人の目に見えたのは、工作員たちの体だけが震えて悶えている様子であり、顔の表情は読み取れなかった。
その悶えが用具入れの中にまで伝染したのだろうか、梓晴がもぞもぞ動き始めていた。明らかに外の様子に影響されていた。すると、彼女の身体が徐々に開け、大きな胸が直哉にじかに触れる形になった。すると今度は直哉が苦悶の声を上げた。これに、梓春が怒気を含んだ声で何かを言い始めていた。
「だれだ」
「学院長、どうしたんです」
「尋問を中止しろ」
「え、やめるんですか」
「そうだ、停止しろ」
「......停止しました」
この時、直哉と梓晴の悶える声だけが、用具入れから聞こえた。
「やめてくれ」
「何よ」
「当たっている、あたっているから」
「しょうがないじゃない、狭いから開けちゃうのよ」
学院長は部下に用具入れを空けるように指示をすると、果たして中から直哉と梓晴が組み合わさって出てきた。
「お、お前たち、ここで何をしているんだ」
学院長は驚愕し、しばらく声が出なかった。だが、二人の組み合わさり方が、如何にも開けさせて行為を始めようとしているように見えたのか、学院長の教育者としての声が上がった。
「おまえたち、たしか私の学院の一年生たちだよね。なぜ、高校一年生の男女がこんなラブホテルにはいりこんでいるのか? しかも、私がおそろしいのか、私の前で体を密着させて震えている......? 互いにかばい合っているのか? 行為をし始めようとしていたのか?」
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さて、直哉と梓晴の二人はやっと許されたものの、一週間の謹慎処分となった。入学式に出ることも許されなかったが、直哉たちの部屋からも、入学式の歓声とあいさつの声が聞こえた。学院長の挨拶は、直哉が面接の時に聞いた言葉と、ほとんど変わらなかった。
「......私たちの学院は、大同主義の下、階級的差別や搾取のない自由平等平和の社会を目標としている学校です……」
彼の話は、大筋として、学院は大陸勢力に対抗するための機関であるが故に、日本に建てる必要があった。だが、便利な東京などではなく、不便な北海道の小樽を選んだのかは、大陸勢力に対抗するにはいい場所だったということだった。




