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第2章 術師への道 1 東亜異術学院

 小樽駅に向かって左手から、ガード下をくぐると、街から離れていく道があった。その道をたどっていくと、やがて北の大地特有の林や草むらが茂る丘へと、続いていた。

 林を抜けると、学院の様々な施設が見えた。右手に講堂、弓道場、体育館があり、右手には幾つかの棟が建てられていた。

 趙虹洋は、ちょうど東京から戻ってきたところだった。これから学院長の孫建永に会い、襲われた状況、直哉に助けられた状況、そして高橋直哉の入学希望について、説明することになっていた。


「趙学生、ただいま、東京から戻りました」

 虹洋は、学院長室のドアの前に就くと、大声で入室許可を求めた。中からはくぐもった声が聞こえた。

「東京から戻ったのだね...ご苦労様、入ってください」

 孫建永はすらっとした体格の持ち主で、学院長自ら日ごろの鍛錬を欠かさないことがうかがわれた。虹洋は、建永の顔を見つめながら、東京での一部始終を説明した。そして、最後に、直哉の入学希望について触れた。

「高橋直哉という中学生は、卒業年度に達しています。なかなか変わった人間で、偏った知識ながら、私を大陸勢力のエージェントたちから救った際の武術は、目を見張るものがありました。おそらくは日本古来の武術であろうと思います。私自身が彼と対峙した時にも、彼は圧倒的な強さを示していました。私が彼に感じたことは、この武術ばかりではありません。彼には不気味な力が感じられました。何かは今のところ分かりません。しかし、彼は何かを有しています。それに彼自身がこの学院に興味を持ち、入学を希望しています」

「そうなのかい、あなたの報告書にも目を通した。確かに、高橋直哉という人物には、着目すべきところがありそうだね」

「はい」

「あなたと、釈悠然、そして刈谷総一郎のあなたたちがここに逃げ込んだ時にも、私はあなたたちに着目すべきところがあったことを、よく覚えています」

「恐れ入ります...今の私たちが生きているのも、学院の保護があった故です...感謝しています」

「大陸勢力に対抗した高橋少年も、重要らしい人材ですから、当然学院で保護してよい対象者ですね...いずれ、ここに彼が来たときに、私が彼を見極めてみましょう」

 こうして、直哉はこの学院で、入学面接試験を受けることになった。

____________________


 直哉は入学試験のために、何も考えずに札幌の大麻駅に来ていた。彼が考えていたのは、ただ智子に会うことだけだった。この知らせが智子に知らされたのは、校内放送によってだった。

「2年生の蒼井智子さん、蒼井智子さん、電話が入っています......至急、職員室まで来てください」

「智子、あんたに電話だってよ」

 そういったのは、石見いわみ奈津子なつこだった。それに輪をかけるように、神薙かんなぎ悦子えつこが、智子を冷かした。

「電話って、誰からなのかしら?」

「誰からかしら? わからないわ」

 智子は、顔が緩まないように気を付けながら、さも何も知らないという表情を一生懸命に作り上げた。その試みが、もうすぐ完成されるというところで、放送がさらに追加された。

「2年生の蒼井智子さん、高橋直哉さんという男性から電話が入っています...至急職員室まで来てください」

 これを聞いた悦子も奈津子も一斉に笑い始め、ごまかせなくなった智子は、顔を真っ赤にしながら苦虫をつぶした顔で微笑むしかなかった。


「もしもし、智子です」

「あ、智姉?」

「直ちゃんね...もう、学校になぜ電話をかけてきたの?」

「え、だって、東京からここに来たんだよ...今からでも会えないかな?」

「直ちゃん、今日は、授業がまだあるのよ」

「そうなの? 僕はもう大麻駅に来ているんだよ」

「大麻駅に来ているの? なぜ?」

「だって、大麻駅は、智姉の学校の近くでしょ?」

「そうだけど、まだそちらにいけないわよ」

「え、どうして?」

「今日は、まだ授業があるって言ったでしょ! もう、知らない!」

「じゃあ...」

 直哉が何かを言い出そうとした時、智子は怒って電話を切ってしまった。大麻駅の公衆電話では、直哉が未だ電話口でしゃべっていた。

「じゃあ、これから智姉の学校まで行ってあげるよ......あれ、電話が切れてる」

 直哉は智子が怒って電話を切ったとは思っていなかった。何か不都合があって電話が切れたものと勝手に考えて、さっそうと智子の学校目掛けて軽快に歩き始めた。


「智子、あの校門できょろきょろしているのって、あなたの直ちゃんじゃないの?」

「『私の直ちゃん』じゃないもの!」

 奈津子に言われて、智子はこう反論しながらも、校門を見た。すると、奈津子の指摘の通りに、智子の良く覚えている年下の男子の顔があった。しかも、大声で智子の名前を呼んでいた。そこへ、智子の友人の悦子が、直哉の大声に応えるように校門に駆けつけていた。

「高橋直哉君だったよね。大声で呼ばなくても、私が智子のところへ連れて行ってあげる......ちょっと一緒に来てね」

 智子は、悦子と直哉の様子を遠目で見ながら、二人がそんなやり取りをしているに違いないと思った。


 そんなことを智子が考えている間に、悦子は直哉の手を引いて、智子の前にやってきていた。当然ながら、智子の周囲にいた奈津子や友人たちが、きゃあきゃあ騒ぎ始めていた。

「あれって、智子の彼氏なの?」

「違う! 違います」

「じゃあ、何なの?」

「か、家族よ」

「え?、でも、彼は高橋直哉君でしょ? 智子と名字が違うわ」

「母が、彼のお父さんと結婚したから。...私と彼は連れ子同士で、義理の姉弟......」

「え? それなら家族といっても、恋人になれるんじゃないの? もしかして、もう恋人? それとも一線を越えちゃった?」

「な、奈津子! 何言っているのよ!」

 智子はそう反論しながら、直哉との触れ合いのいくつかを思い出していた。

「あ、智子、何か思い出している.....あっ、もしかして、彼との夜の思い出だったりして?」

 智子は慌てて顔を真っ赤にした。

「そ、そんなはずないでしょ!」

 そうしているうちに、直哉が智子の前に連れられて来た。

「智姉、会いたかったよ、寂しかったよ......毎晩夢にまで見た智姉が、本当に目の前に!」

 彼の言葉は、智子にとって非常に不都合だった。やはり、周囲の奈津子たちは大騒ぎだった。


 そんな騒ぎが収まると、やっと直哉は智子と話すことができた。

「直ちゃん、よくここまで来られたね」

「うん、取るものもとりあえず、ここまで来たんだ」

「そう、うれしいわ......でも、それだと今夜はどこに泊まるの?」

「え?」

 智子は直哉の反応から彼が何の準備もなく札幌に来ていることを悟った。そして、急いで母親の珠子に電話をすると、案の定、直哉は何の考えもなく飛び出したことを知った。

「ねえ、直ちゃん、今夜どうするつもりなの?」

「え、智姉が泊めてくれるんじゃないの?」

「私、寮生活をしているのよ! 私の部屋に泊めるわけないでしょ!」

「え、じゃあ、僕、どうなるの?」

 智子はあきれ返りながらも、母珠子に新札幌駅近くのホテルを予約してもらい、そこに直哉を案内したのだった。

____________________


 次の日、直哉は小樽の駅を降りて、東亜異術学院を訪れていた。正確にいえば、小樽駅を降りると、趙虹洋が待っていてくれたのだった。

「ここから学院にどうやって行くか、わかっていないよね」

「あ、ああ、そうだった......でも、君は誰だっけ?」

「覚えていないの? 恐れ入ったね、趙虹洋だけど」

「あ、ああ......そうだった」

「なるほどね、覚えているのは貴方の『智姉』だけか......」

 本当は、直哉は、昨日の智子の仕打ちと、北海道に準備もなく出かけたことを叱った父親泰然の声とによって、心がボロボロだったために、目の前のことに集中できていなかったのだった。

「僕は、今日、これからどうなるのかな」

 こうして、直哉は学院長室へと案内された。


「高橋 直哉です」

「ああ、入りなさい」

 中から、台湾語なまりの日本語がくぐもって聞こえて来た。直哉はゆっくりとドアを開き、緊張しながら中へ入っていった。飾り気のない学院長室の奥に、学院長の孫建永が座っていた。

「よく来たね......歓迎するよ......その椅子に座りなさい」

「はい」

 直哉は、この一瞬で目の前の精悍な顔つきの学院長に、すべてを見抜かれたと感じた。それを裏付けるように、建永は最低限のことを聞こうとするだけの口調だった。

「君の働きと姿勢、さまざまなことは、既に報告を受けている......大した活躍をしているね」

「ありがとうございます」

 直哉も最小限のことだけを答えることにした。そんな抵抗はむなしいよというように、建永は鋭い眼光を蓄えながら、説明を始めた。

「この学校は、大同主義を基本として、階級的差別や搾取のない自由平等平和の社会を目標としている......ただ、私たちはいろいろなところから睨まれていてね、時々スパイや工作員みたいな連中が来るんだよ………それに対抗するために、関連組織も盛んに活動していて、目標実現の一翼をそれぞれになっているんだ」

「それは? 西方浄土の...」

「西方浄土? 浄土思想も一つの大同主義に通じるものだ......よく知っているね」

「この学校のことは、趙虹洋から聞いていますから......ただ、彼女の説明はよくわからなかったんですけれどもね」

「趙虹洋君の話がよくわからなかったのかね? フーム、君はどうやら勉強は苦手らしいね」

「は、はい......僕は手取り足取り教えてもらうばかりで、自ら深く理解するということがうまくいきません」

「なぜかね」

「物事は言葉で教えられます......しかし、その奥義を僕は悟れません」

「そうか、だから格言でものを言われると、理解できないのか......皮肉も伝わらないらしい」

「ですから、僕は言葉で教えられても、本の上面うわつらしか理解できませんし、覚えることができません」

「では、中学の学びはどうしたのかね」

「それは......僕を心配した義理の姉が印象付けによって覚えさせてくれたのです」

 この時、直哉は智子がいろいろな体の動きや姿勢で彼に覚えさせたことを様々に思い出して、顔を赤くした。

「なるほど、つまり実践で覚えてきたというところだろうか......実際、趙虹洋のことも、様々な交流があってから覚えたらしいからねえ」

「そうです......僕は欠けたところの多い人間です......力を祈り求めて弱さを与えられ、享楽を祈り求めても向上することに喜びを感じるようになり、艱難によって忍耐と希望を持つように仕向けられてきました」

「誰に?」

「あ、それは、義理の姉をはじめとしたさまざまな親しい人たちを通じて、僕にはよくわからない方が働きかけてくるのです」

 この答えに、建永は直哉の後ろにうっすらとした何か、オーラとは違う何かを、一瞬見たような気がした。ただ、それも一瞬で、彼に何があるのかを悟りきることは出来なかった。

「そうか、それならば、この学院でも、さまざまなことを通じて学んでいくことができるだろう......様々な白魔術も黒魔術も、魔法も、精霊術も、さまざまな術式も、これらの根源たる知識も学べる...入学を許可するよ」

 建永は、こういいながら、彼の言葉にいちいち反応する不気味な何かを、直哉の上にふたたび感じ取ったのだが、それが何なのかわからなかった。ただ、直哉が巨大で潜在的な何かを持つゆえに、彼が学院の中で様々な実践を通じて、一定の能力を体得できると考えた。考え方や行動に多くの問題点はありそうではあったが、このまま彼を学院に入学させ、考え方を矯正していけば、学院の設立者の意図に沿って、行動の仕方と能力とが大きく成長していくに違いないと判断できた。学院では、それだけで彼を十分に入学させる価値があると考えていた。

「西方浄土の学校じゃあなかったのか? 魔術? 魔法? 精霊術? 様々な術式? 今まで聞いたこともないとても不可思議な世界だな。へんてこなところに来ちゃったな」

 直哉は、自分が自らにふさわしくなさそうな不思議なところに来ていることを、やっと認識していた。

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