刃は紅く煌めいた
私は国王陛下が好き。国王陛下も私が好き。でも、国王陛下の隣にいるのはいつだって王妃殿下。公妾でしかない、田舎娘の私はいつも影で王妃殿下を羨むばかり。
「国王陛下、愛してます」
「俺もお前が好きだよ」
国王陛下は言葉をくれる。抱いてくれるし、高価なものもたくさんくれる。でも、私は公妾となる際に無用な争いを避けるためと避妊手術を受けた。国王陛下の子供はもう望めない。それどころか我が子を望むこともできない。勿論、納得の上での手術だったけど。
「王妃殿下がご懐妊だって聞きました。…おめでとうございます」
「ありがとう」
王妃殿下の子供はこれで五人目。二人の王子と二人の王女、そしてお腹の子。みんな魔術で国王陛下の子だと証明もされているし。幸せいっぱいって顔をする王妃殿下が大嫌い。好きな人の正妻ってだけで大嫌いなのに、私が得られない全てを持つ王妃殿下が憎い。
「だが、俺はお前を愛してる。それはどうか忘れないでくれ」
「嬉しい…!」
それでも、このぬるい幸せに浸かる私は本当にどうしようもない。でも、もう私にはこの幸せしかない。
「そういえば、お前の地元がまた新しい野菜のブランドを立ち上げたらしいな。甘みがあって美味しいと人気だ。それもこれもお前のおかげなのだろうな」
「えへへ。国王陛下のおかげですよ!」
そんなダメな私にも、唯一だけど自信がある部分はある。私が公妾となる時、田舎の実家に多額の援助があった。今や実家はそのお金で大金持ちの成金となった。お金持ちになった実家は自分達のためだけにお金を使うのではなく、地域の活性化にも力を入れている。農家を営む村のみんなのために、村自慢の美味しい野菜を売り込んでブランド化しているのだ。おかげで野菜を高く売れて村は豊かになり、みんな私や実家の家族に感謝してくれている。
「お前だけが俺の癒しだ。これからも、そばにいてくれ」
「勿論です、国王陛下」
ナイナイ尽くしの私だけど、探せば幸せもたくさんある。だから、私は充分満たされている。実の子供はいないけど、兄や姉の子供たちもたまに会うと私に懐いてくれているし、そう。だから。
「また来る。おやすみ」
「おやすみなさいませ、国王陛下」
私は今日も、机の中で煌めく刃から目をそらすのだ。
「お嬢さん」
「なあに?」
「もし、人生をやり直したくなればこの刃で最も愛する人を刺しな」
まだ、国王陛下の公妾となる前。私は一人の老婆からそんなことを言われて短刀をもらった。よくわからないままに受け取って、そのまま保管していた。後になって知ったけれど、彼女は高名な呪術師だった。予知夢も見ると噂で、だから彼女は私がこうなるのを知っていたのだろう。
「…思うところがないわけじゃない。けど、私はやっぱり国王陛下を刺せないよ」
本気でそう思っていた。
「…お兄ちゃんが、処刑?」
「ああ、お前の兄に反王家過激派との繋がりが明らかになった」
「そんな、嘘!」
ある日、兄が嵌められた。兄が恩のある王家に敵対するはずがない。きっと王妃殿下の罠に違いない。でも、私の力ではどうすることもできなかった。兄どころか一家全員が処刑された。幼い子供達も含めて、全員。そして私は離宮に幽閉された。
「…どうして、こうなったの」
私は、煌めく刃を見つめる。
「もし、もしやり直せるなら」
私は今では国王陛下も愛していない。愛する家族も死んだ。今私が最も愛する人は…私自身。
「お願い。誰にも愛されなくていい。結婚も子供も望まない。実家もお金持ちにならなくてもいい。村も豊かになれなくていい。ただ、ただ家族の無事を。お願い!」
私は刃を自らの心臓に突き刺した。
「うん!やっぱりウチの野菜は世界一美味しいね、お父さん!」
「ははは。畑仕事を積極的にやってくれるのは嬉しいが、お前もそろそろ嫁に行かないか?」
「そのうちねー」
「もう兄ちゃんも姉ちゃんも結婚して子供もいるんだぞ?」
「むー」
短刀の効果は本物だった。私は過去をやり直し、国王陛下に見初められる未来を回避した。短刀は、ひび割れて壊れてしまったけれど。もう、やり直しはきかないのだと言うように。
国王陛下は今回の人生では王妃殿下とらぶらぶらしい。そして、五人の子宝に恵まれているのは変わらない。私は王妃殿下に目を付けられることもなく、穏やかに過ごしている。
だから今回の人生では当然、実家は特別裕福にはならなかった。でも、私は一念発起して前回の人生で兄がやったように高級なレストランに我が村の糖度の高い野菜達を売り込んだ。賄賂もないし公妾の家族という強力な後ろ盾もないから最初はなかなか難しかったけれど、私の熱意に押されて一人の料理人が野菜を試食してくれてから潮目が変わった。今では前回の人生と同じくらい村は豊かだ。
特別裕福という程ではないけど、困らない程度には満たされている。村のみんなからは前回の人生同様に感謝されている。甥っ子も姪っ子も元気いっぱい。私達は今、幸せだ。
「ルルーシア!今日も野菜が高く売れたよ!」
「パリス!よかった!」
今回の人生では、私は幼馴染のパリスと秘密で付き合っている。同じ村の出身で、お互いに初恋の相手。パリスは前回の人生では独身を貫いていた。それは、私が自分で言うのもアレだけど私を好きだったからだと前回の人生で聞いていた。そんな相手となら上手くいくと思ったのだ。
「それでね、ちょっとパリスに相談なんだけど」
「どうした?」
「赤ちゃんが出来たみたいなの。貴方との」
「え!?」
「疑うなら魔術で血の証明をしても良いわよ?」
私がそう言うと、パリスは私を優しく抱きしめた。
「血の証明なんて要らないよ、疑ってない!ありがとう、ルルーシア!僕と結婚しよう!家族三人で幸せになろう!」
「うん!」
今回の人生は、前回とは違って煌びやかではないけれど。私にとっては、最高に幸せだ。