絵里子の異常
亮はみんなと別れ、メガネをかけて
変装した亮が一人で蝶に入ると
顔見知りのマネージャーは亮に気づかずに案内をした。
「ご指名は?」
「とりあえずママを呼んでいただけますか」
亮は低い声で話をするとボーイの対応は
あまり感じの良いものではなかった。
「はい、時間がかかるかも知れませんが」
亮の脇にママが来るまでの
繋ぎらしく一人のホステスが座った。
「いらっしゃいませ。和美です」
「どうも」
亮は自分の顔を知られるのが
嫌で無愛想な返事をすると
和美は自分が嫌われたのかと思っていた。
それに亮が気づくと慌てて話しかけた。
「すみません、遊びに来たのに
元気なかったですよね」
「はい、まあ」
「実は先ほどアメリカから帰った
ばかりなので疲れていました」
和美は亮の落ち着かない様子を察した。
「そうですか、
確かママに会いたかったんですよね」
「はい」
「私、呼んで来ます」
「良いんですか?和美さん」
「はい」
「亮と言えばわかります」
和美は立ち上がり奥の席に
座っている絵里子の脇に膝を付き
耳元で話すと絵里子はすぐに
立ちあがって歩いてきた。
「いらっしゃいませ」
絵里子は変装した亮の姿を見ると
無言で亮の脇にすわり頭を亮の肩に乗せて
涙をこぼした。
「お帰りなさい、亮」
「ただいま」
絵里子はそのまま耳元で囁いた。
「絢香は元気ですか?」
「とても元気よ。あなたずいぶん
感じが変わったわね」
「その方がみんなに気づかれなくて
良いかもしれないです」
「うん、男らしくなったわよ」
「ありがとうございます。
ところで美也子さんは?」
「それが彼女のお母さんが倒れて、
今看病で実家に帰っているの」
「そうですか、心配ですね」
「助けて上げて」
「はい、明日電話をして見ます」
「おねがいね。それと、事件からこの
3ヶ月間の話をゆっくり聞きたいわ」
絵里子は遠まわしに亮を誘っていた。
「はい、僕も話がしたかったんです。
あまりも多くの事件があったから」
「はい、でもマネージャーの田中、
あなたに気が付かないなんてまだまだね」
「あはは」
「じゃあちょっと私向こうの席に戻るから、
和美ちゃんに戻ってもらうわ」
「はい」
絵里子は和美を呼んだ。
「すみません、さっきは」
亮は和美に頭を下げた。
「いいえ、ママに用があったんですものね」
「はい、助かりました」
「うちのお店の常連ですよね、
ママと親しげだったから」
「常連でもないですよ、高いですからね。
そんなに来られませんよ」
「そうですね、確かに高いわ」
「和美さんはここに入ったばかりですよね?」
「はい、1ヶ月です」
「元はどんな仕事を?」
「大学の研究室で研究員をしていたんですけど、
教授が首になって一緒に辞めさせられたんです」
「教授が首に?何か悪い事でもしたんですか?」
「それが理由は分からないです」
和美が肩を落とした。
「そうですか、大学の名前聞いて良いですか?」
「はい、ちょっと」
和美が戸惑うと亮はすぐに謝った。
「すみません、もしかしたら一葉学園かと思いまして」
和美は体をビクッとさせると不思議そうに聞いた。
「どうして分かったんですか?」
「やっぱり、和美さんあの学校おかしくありませんか?」
「はい、3ヵ月前に一文字理事長が警察に捕まって
先月、宗教学の山口教授と私達研究員、
神父が全員やめさせられました」
「なるほど、改宗したんですね」
「そうです。年度末で表向きは
誰も分からないように」
「でも、どうしてこの仕事に?」
「もちろん生活のためです」
「和美さん、その話を詳しく聞けませんか?」
「えっ?」
和美は亮を怪しんで体を引いた。
「ぼ、僕は決して怪しい者ではありません。
むしろあなたの味方です。
ただ、ここはお店なので個人の悪口は言えませんね」
「そうですね」
「そうだ、ママに僕の事を聞いてください」
「わかりました」
「先ほど帰国したばかりとおっしゃったので、
お仕事は商社ですか?」
「いいえ」
ブルックと言う歌手志望の女性と知り合い
ライブをやってスティーブン・フィッシュの
バックバンドが演奏して大好評だった話をした。
しかし、そんな夢のような話を
和美は信じられなかった。
「そうだ、みんなで映した写真があります」
亮はスマートフォンを取り出して
写真を見せようとすると空港で受け取った
スマホには何も写っていなかった。
「すみません、スマフォが違っていました。
今度会った時お見せします」
「わかりました」
「そうだ、和美さんは宗教学の研究室にいたんですよね」
「はい」
「僕もクリスチャンなんです」
「本当ですか?」
「じゃあ、新約聖書のマタイによる福音書一章
イエス・キリストの系図を朗読します。
アブラハムの子ダビデの子、・・・・・」
亮は新約聖書の一章から一言一句間違いなく
朗読していったそして二章、三章と
続けて言うと和美は驚いて止めた。
「すごいですね、間違っていません」
「旧約聖書も読みますか?」
「まさか全部暗記しているわけじゃないですよね」
「はい、どうでしょう8割がた」
「それだけでも凄いです」
和美は亮に親しみを感じていた。
日本のキリスト教信者が現在100万人、
昨年洗礼を受けたのはたった100人しか
おらず危機的な状況に陥っている。
しかし、キリスト教はミッション系の学校、結婚式、
クリスマス、ハロウィン、イースターなどの
参加者は人口の90%を越しており
その矛盾が宗教家を悩ませている。
「僕は聖書のお陰で命が助かったんです」
亮は劉文明と劉翔記と三人でニューヨークの港を
走り教会に飛び込む映像が頭に浮かんだ。
「まあ」
和美は亮を信心深いキリスト信者と思い
亮に好意を持った。
「さっき言っていたお話、明日しませんか?」
今度は和美の方から話を持ちかけた。
「はい、僕は午後3時以降なら大丈夫です」
「では有楽町のイトーシアの前で3時に」
「はい」
亮と和美はメールアドレスと電話番号を交換し
合っていると絵里子が戻ってきた。
「ごめんなさい」
すると和美が立ち上がり頭を下げて席をはずした。
「美也子ちゃんのお客さんで私が代理だったの」
「そう言えば美也子さんのお母さんは
何処に入院しているんですか?」
「たしか東峰医大だったわ」
「鹿島先生のところですね」
「えっ?鹿島先生知っているの?」
「はい、帰りの飛行機が一緒だったので」
「MRの人とうちに良く来るわ」
※MRとは昔はプロパーと呼ばれ
MR、Medical Representative(医療情報担当者)と言って
薬の情報や効能を説明し薬品を販売する営業マンである。
「そうか、智子さんに営業に行くように伝えておこう」
亮は独り言を言うと絵里子がちょっと上を向いた。
「そう言えば、鹿島先生TVに出ていたわ。
機内の食中毒患者の手当をしたって、
亮もあの飛行機に乗っていたのよね?」
「はい」
亮はにっこりと笑った。
「まさか・・・・」
「えへへ」
亮は照れくさそうに笑うと絵里子は笑顔で
亮の手を握った。
「でも、うれしかったわ、最初に私の
ところに会いに来てくれるなんて」
「そうですね、何か予感していたみたいです」
「何の事?」
「和美さんと会えました。ありがとうございます」
「あら、彼女気に入ったの?」
「いいえ、和美さんは一文字と関係があったんです」
「あっ、そうか。そう言えば一葉学園に
勤めていたと言っていたわ」
「一文字は最近ここに来ますか?」
「はい、週に一度くらいは、でも
二週間くらい見えていなかったわ」
「なるほど、そういう理由か・・・・」
亮は独り言を言うと絵里子は不思議そうな顔をした。
「何、何なの?」
「一文字は二週間ほどニューヨークにいましたから」
「えっ?じゃあ会ったの?」
「あはは、ニアミスはありましたけどね」
「本当、すごい」
亮は時計を見ると亮は帰ろうとした。
「ちょっと相談があるの?」
「なんですか?」
「ちょっと来て」
絵里子は亮を更衣室に連れて行った。
「最近、胸が張るのよ」
絵里子は脇の下から亮の手を入れさせて
左の乳房を触らせた。