緋色と翡翠のプロローグ
命とはひどく不平等なものである。
不平等であるからそこ、
価値が生まれ、
家族を、隣人を、自分を愛することができる。
平等な命とは、すなわち無関心な命である。
翡翠色と緋色のスパークの輝きが闇の中で何度も瞬く。
月明りだけの仄暗い深夜の森。
──そう表現するには、そこはあまりにも荒れ果ていた。
まるで巨大な重機で抉られたかのような木々と地面。
いくつかの樹木は灰や炭になっている。
人為的な破壊の痕跡がそこかしこにある。
そこは「戦場」と表すほうが適切とさえ思える惨状だった。
そんな場面には不釣り合いな、二人の少女が対面していた。
一人は翡翠色をした軍服の意匠を強く取り入れたコートのようなドレスを纏い、右手には四つ葉のクローバーをモチーフにした棍棒が握られていた。
もう一人は緋色で、いかにも少女趣味な可愛らしさを抽出したような印象。フリルやリボンで必要以上に飾り付けたワンピースに、ハートを型どったステッキを手にしている。
どちらの少女も人種や雰囲気は違えど、美しさや愛らしさを抱かせる容姿を持つことは共通していた。
端的に言い表すなら、「美少女」という単語がふさわしい。
そんな美少女が着飾り荒廃した森林で武器を持って対峙する、という異様なシュチュエーション。
ただ、この少女たちが「魔法少女」……だとしたら?
あながち現在の状況も不適切とも言い切れないのではないだろうか。
……彼女たちの事情は別として。
「……どうして、どうしてなの? シーニャちゃん⁉」
震える声でやっと絞り出した言葉を緋色の少女は翡翠色の少女に放った。
シーニャと呼ばれた少女はピクリと反応し、うつ向いたまま何かをぼそぼそと呟いた。
「ねぇ……。答えてよ! シーニャちゃん!!」
「……ふざけるな!!」
顔を振り上げ、金髪を乱し、シーニャは剥き出しの怒りの感情を向けた。
「穢らわしい貴様が、私の名を気安く口にするな! 裏切り者の悪魔、フィドゥ・ルルカぁ!」
怨嗟の詰まった言葉。
それをぶつける程の怒りがシーニャにはあり、ルルかにはその原因があるのだろう。
それは彼女たちが知るのみだ。
浴びせられる罵詈雑言にルルカは傷ついていた。膝から崩れそうな身体をなんとか気力で奮い立たせる。
「……うぅ」
溢れそうな涙を食い縛ってこらえ、ステッキを持っていない左手でスカートの裾をぎゅっ、と握った。
「……懺悔の言葉すら出てこないか。……まあ、貴様がいくら詭弁を弄したところで、ポッパやクシェナさんの恨みが晴れる訳ではない」
シーニャは言葉に怒りを込め、ルルカに言い放つ。
強い風が吹き荒れ、砂埃が舞う。
ルルカは手の甲で目元を拭い、カッ、と瞳を見開く。
「シーニャちゃんのわからず屋‼ 私はいつまでもシーニャちゃんを信じてるし、ずっと友達だって思ってるんだよ!」
「いまさらそんな友情ごっこの話とは……。この『女王選定』がすでに悪辣な殺し合いに成り果てているというのにっ!」
シーニャが「『キロ・ベリル』」の声と共に勢いよくメイスを振るう。
そこから翡翠色の衝撃波が生まれ、ルルカに向かい勢いよく飛んで行く。
ルルカはそれ応じてステッキをすかさずかざし緋色の炎の障壁を生み出す。
ぶつかり合う光の残滓が闇夜に溶けてゆく。
「——埒が明かないな。小技のぶつけ合いだけでは」
はあ、とシーニャは肺を空にするイメージで息を吐く。すぅ、と大きく空気を取り込む。
地響きが伝わりそうなほど、地面を強く踏み締めてシーニャは力を溜める。
シーニャに吸い込まれるように、風が集まっていく。
生じた小さなつむじ風が台風のように吹き荒れてゆく。
「来いッ‼ 貴様の全力を打ち破ってこそ、皆の弔いとなる。さあ……構えろ、フィドゥ・ルルカッ!」
鋭いシーニャの双眸がか細いルルカを捉える。
「……わかったよ、シーニャちゃん。私の気持ち、全部ぶつけるから。……仲直りはその後だよ」
ルルカが覚悟を胸にステッキを掲げると、頭上に光輝く火球が現れる。
火球はみるみる大きくなっていき、直径五メートルは超えるサイズにまで膨らんだ。
「はああぁ、『シャイニング・クリムゾン・エクスプロージョン』ッ!!」
ルルカは叫びと共にステッキをぶん、と振る。動きに連動して火球は勢いよくシーニャへと向かう。
「……『エクサ・ベリル』」
シーニャはそう言い放つと、武士の居合切りのような動きでメイスをスイングさせた。
生まれた衝撃波は緑の煌く実体となり、ルルカの放った火球へぶつかる。
──刹那、生まれる虚空──
──目の前が真っ白になるほどの閃光──
──耳をつんざく爆音──
──体を内蔵から震わせるほどの衝撃──
──肌を焦がす熱波──
──その場にあるものをただ破壊する純然たる力──
地割れや火山の噴火などの自然災害レベルのパワーが弾けた。
その場にはまるで隕石が落下したかのように巨大なクレーターができていた。
山が大きなスプーンでくり貫かれたように、ぽっかりと。
まさしく人智を超えた現象。
それを引き起こしたのは二人の少女。
……そして、その二人の少女は行方を眩ました。