6話 言葉で通じぬなら、実力行使で
周りの声を気にせず、歩くこと数分、魔物や敵国に攻められないように、分厚く高い壁に囲まれる町から出るための門に辿り着いた。
「結構人並んでるな」
「仕方ないですね。入るのにも出るのにも、一々厳しい国ですから」
この国では、入国するときや出国するとき、他国に比べてより厳重にチェックがされる。
持ち物検査や職業、出身国や移住歴など、様々な質問を長々とされるのだ。
その為、どうしても行列が出来てしまう。
「なぁ」
「なんでしょう」
「マラフィーってどんな魔法が使えるんだ?」
俺にとっての危険人物の情報は、出来るだけ知っておいた方がいい。
もしもの時のためにな。
「そうですね。私は全属性の魔法は使えます。恐らく使えない魔法の方が少ないかと」
「へぇー……」
全属性の魔法が使える……か。
魔法を使えるようになるのが難しいか、と聞かれればそんなことはない。
魔法を使うためには、詠唱と魔力だけが必要だ。
人は生まれた時から必ず魔力を持っている。
そのため、冒険者ではない者でも魔法は使える。
だが、冒険者の場合は、より強力な魔法を使えるようにならなくてはいけない。
魔法には、水、火、草、土、雷、風、光、闇がある。
この他にも、無属性魔法というものがあり、その魔法は8つの属性には当てはまらないものが属するのだ。
ちなみに俺は、雷魔法しか使うことは出来ない。
一つの属性に、下級魔法、中級魔法、上級魔法、特級魔法と別れており、特級に近づくにつれて消費魔力量が多くなる。
その為、通常の冒険者の場合は一つの属性をマスターする事を目的としているものが多い。
魔法を取得するというのは、それ程大変なものなのだ。
それなのにマラフィーは全属性を使うことが出来ると言っている。
それが事実かどうかはわからない。
嘘だけならいくらでもつけるからな。
だが、もし本当だとすれば、一体なぜ俺の監視者に当てたのか疑問だ。
こんな逸材を……勿体なさすぎる。
「次!」
「私達の番ですね」
前の冒険者が問題なく検査を終えると、2人も衛兵は俺たちの方を向いた。
「んぁ? 貴様らは……」
短い髭を生やす衛兵は、俺達を見るなりにやっと笑うと、俺たちに向かって手を払った。
「お前達はこの国から出ることは許されない」
「は? 何言ってんだ」
「お前達を出国させるかどうかは、俺たちが決めることが出来る。だから貴様達の出国は認めない」
「馬鹿が。俺達は国王に出国しないようになんて言われて無いんだが」
「それでもだめだ」
はぁ?
ふざけるのもいい加減にしろよこいつ。
「通してください」
「はぁ?」
感情が少し高ぶる俺を、マラフィーは手で制してきた後、衛兵に一歩詰め寄った。
「だから遠さねぇって言ってんだろ」
「絶対にですか?」
「ウゼェ奴だな。さっきからそう言ってんだろ。とっとと失せやがれ」
「わかりました。なら仕方がありません」
なんだ……。
マラフィーは一体何をする気だ……?
突然マラフィーの雰囲気が変わり、俺の勇者として鍛えられた感覚を刺激する。
一体こいつは何を……。
あれ……今一瞬マラフィーが――
「ガァッ……ヵッ……ァァ……」
すると突然、衛兵はまるで見えない何かに壁に押し付けられて首を絞められているかのように苦しみ出した。
衛兵は体中に血管をうかばせて、首の部分を掻きむしっている。
今の攻撃は明らかにマラフィーがしたものだ。
だが、この攻撃は魔法によるものではない。
この攻撃は――
「貴様ぁ! 何をやっていやがる!」
すぐ隣にいたもう一人の衛兵は、俺たちを馬鹿にしていた表情から一瞬にして焦るような表情に変え、腰に差していた剣を引き抜いた。
「貴方たちがここを通さないのが悪いんですよ」
「なんだと! やはりお前らは生かしておくのは危険だな! おい! そんなところで見てないで、早く応援を呼んでこい!」
衛兵は俺たちに警戒したまま、後ろで順番を待つ冒険者たちに声を上げる。
だがしかし、誰一人として反応する者はいなかった。
「無駄ですよ」
「なんでだ……貴様は何をしやがったんだ!」
「私は魔法を使っただけです。魔法によって後ろに並んでいる人達には、ただ私達が荷物をチェックしているようにしか見えていません」
「嘘だろ……」
マラフィー……お前は只者じゃないな。
俺も言われてからしか気づかなかったが、確かに魔法が使われている。
つまりマラフィーは、無詠唱で魔法を使ったってことだよな。
「そんな絶望している場合ではありませんよ。早く私たちをここから通してください」
「ちっ……!」
「早くしないとこの人死にますよ」
「わ……わかったから早く通れよ!」
「ありがとうございます」
マラフィーは律儀に頭を下げてお礼を言うと、壁に押し付けられていた衛兵が、地面にドサっと音を立てながら落下した。
「ゲホッ、ゲホッ! お前達……こんなことをして許されるとでも思って――」
「もしかして、この事を報告して私たちを死刑にしてやろう、とでも思ってますか?」
「そうだ!」
「そうですか。ならここで始末してしまいましょう」
「そうだな。今のことがバレたら俺達ただじゃ済まないからな」
俺もマラフィーに加わって衛兵達を脅した。
確かに衛兵が言うように、このことがバレたら死刑なんて免れないからな。
「だからもし殺されたくなかったら、黙っている――」
「水魔法。大地を貫き、宙をも貫く冷徹の塊。生きる者を貫き殺せ。《アイス・レイヴ》」
だがマラフィーは俺とは違い、本当に衛兵を殺すつもりでいるようだった。
マラフィーを囲うように、鋭利状の氷が出現していき主の指示を待つ獣のように、静かに停止する。
「貫け」
そのたった一言で、まるで獲物に飛びつくように衛兵に向かって一直線に進んで行く。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
「助けてぇぇ!!!」
衛兵達は顔を真っ青にして、腕を使って頭を守るような姿勢をした。
だがそんな努力も虚しく、ナイフのような氷が音も立てずに近づいていき、そして――
「ぁぁ……」
「ぁぇ……」
衛兵達の周りの壁を貫いていった。
「こっちの方が良くありませんか?」
「そう……だな……」
どうやら本当に殺されると思ったらしく、未だに顔を青ざめたまま呆然と立っている。
正直俺も、本当に殺すのだと思った。
「ということで、私たちのことは言わないでくださいね」
「わ、わかりました……」
「では」
マラフィーは手を上にあげて、指を鳴らした。
すると、使用されていた魔法が消えていくのを感じた。
「では行きましょう。ルドス様」
「そうだな」
怯える兵士たちを、マラフィーはもう一度見ていくと、外へと繋がる門を潜っていった。
俺もそれに続いて、門を潜った。
無表情で隣を歩く、マラフィーを俺は横目で見る。
俺はあの時、兵士が苦しみ出す直前に見た。
マラフィーの紫の瞳が一瞬だけ、赤色の瞳に変化したのを。