5話 嘘に踊らされる馬鹿共
「さぁ、早く行きますよ」
宿の扉を開けながら、マラフィーは後ろを向いて俺を促してきた。
だが何故だろうか。
足が全く思うように進まない。
「先に行っててくれ」
「先に……? そんなことは出来ませんよ。だって私は貴方の監視者なのですから」
そう返されるのは当然だよな。
任務を果たさないと、最悪俺と共に殺されるんだからな。
俺は少し震える足を手で叩き、扉の近くまで足を進めた。
そんな俺を見て、マラフィーは全く感情の読み取れないような表情をした。
「……なんだ?」
「特に何も。……やっぱり嘘です。勇者様でも怖いものは有るのですね」
「当たり前だろ。今なんて人間そのものが怖い」
「そうですか」
なんだよそのそっけない態度は。
お前から質問してきたんだぞ。
「こんなことをしている時間はありません。さっさと行きましょう」
すると突然、俺の右腕を華奢な腕で掴むと、そのまま迷いなく外へ連れ出そうとした。
「ちょ……」
だが俺も反抗するように、体全体に力を入れてその場に踏みとどまった。
「なんです――」
「お前さ……」
俺に急に踏みとどまられた事で頭にきたのか、少し振り返ってきた途端少し怒りの篭もった言葉を発せられたが、容赦なく俺は遮った。
「俺と歩くの嫌じゃないのか?」
「……?」
俺の質問に意味がわからないところがあったのか、顔を傾げて眉を傾けてきた。
「だって俺はこの国の裏切り者だぞ。国の情報を漏らして、見ず知らずの女性に手を出した人間だぞ? そんな奴と一緒に歩いてもいいのか?」
自分で言って置きながら、本当は一切何もしていないんだがな。
当然俺は、そんなの嫌に決まってるじゃないですか、とでも返されると思った。
それなのに、マラフィーは首を傾げるだけだった。
「何を言ってるんですか。私にとったらそんな事はどうでも良いですよ。さぁ、早く行きましょう。依頼達成以外にもする事はあるのですから」
俺はその答えに唖然としていると、もう一度腕を掴まれて、外の世界へと引かれた。
しかし今度は、俺が踏みとどまる事はなかった。
「ねぇ、あいつ……」
「うわっ、ほんとだ。なんでこんなところにいるんだよ」
「とっとと死んでくれねぇかなぁ」
「あんな奴と同じ国に住んでいると思うと吐き気がする」
やはり外に出ると、全く終わることのない暴言が俺に浴びせられる。
嘘の情報に踊らされ、この状況では自分に手出しはされまいと思い上がり、集団で個を殺す。
本当に馬鹿らしい。
俺はいつだってお前らを殺せるのにな。
どれだけ群れようと、俺にとったら所詮はろくに戦うこともできない、ただの人間なのだから。
「あの魔道士、まともな奴じゃないらしいわよ」
「私もその話聞いた。確か仲間の魔道士を何人か殺したんでしょう?」
「そうそう!」
だが、何かしら言われるのは俺だけではないらしい。
俺といるだけで、こいつも悪く言われてしまうようだ。
でも仲間の魔道士を殺した……か。
何か事情がありそうだな。
「なぁ、お前ってさ――」
俺が呼び止めると、マラフィーは足を止めて顰めた顔を向けてきた。
「あの、私のことはマラフィーと呼んでください。これから長い間共に過ごすのに、ずっと“お前”と呼ばれたら困ります」
「あ、あぁ……。わかった」
「それで私に何のようですか?」
無気力な声に無気力な表情。
だが俺に向けられる瞳だけは、何かを訴えていた。
俺に、そして周りに。
「……やっぱり何でもない。それよりこんな所から早く移動しよう」
「そうですね」
そしてマラフィーは、再び前を向いて歩き始めた。